第五十四条 ニッキー

― 王国歴1033年初秋-1036年初夏


― サンレオナール王都



 アナは学院卒業後、魔術師として王宮魔術院に勤め始める。


 どのプレイが功を奏したのだか、しばらくすると第三子の妊娠が判明した。前回や前々回と同じく、ビアンカはアナ自身が気付くよりも先に分かっていたみたいだった。




 アナの在学中に総裁に着任していたクロードに妊娠を報告したところ、彼は喜んでくれたが残念そうにもしていた。


「そうか、貴女は四年もかかってやっと魔術師になって、さあしごいてやるぞと思っていたというのに」


「総裁さま……」


「いや、別に責めているわけではない。子は何にも勝る宝だ」


 魔術師としての自覚がない、などと言われるかもしれないと、少々びくびくしていたアナだったのだ。


「ルクレール家は皆子宝に恵まれていいな。しかし、私が引退する前に貴女を一人前の魔術師に育て上げる時間はちゃんと取ってくれよ。いや、これはジェレミーの方に頼まないといけないか?」


「はい?」


 アナは少し赤くなった。そもそもクロードが引退するのは何十年も先のことだろう。アナだって多分これが最後の出産になると……多分、そう思っている。


「体に気を付けて元気な子を産めよ」


「ありがとうございます」


「さて、ジェレミーの奴に今度会ったらどうしようか、何て言ってやろうかな」


「そ、総裁さま……」




 今回もジェレミーは周りに揶揄からかわれていたが、気にしている様子はなかった。


「おいルクレール、お前の家系は繁殖力強いよなぁ。それにしても奥さんやっと就職したばっかりだろう。少しはなぁ……」


と言った感じであった。




 そして数か月後アナは無事出産、今度は女の子でミレイユと名付けられた。ジェレミーを始め上の二人の喜びようといったらなかった。


「まあ、ミレイユは我が家の男性三人に思いっきり甘やかされそうね」


 赤ん坊の頃のミレイユは金髪に瞳も金色だったのが、成長するにしたがって髪も瞳も少しずつ濃く茶色になった。顔立ちがアナ似の彼女は奇しくもニッキーそっくりになってきたのである。


 そしてある日ジェレミーが『ミニニッキー』と呼び出してからは舌のまだ回らないアンリは『ミニー』と呼んでいる。何でも聞きたがる年頃のギヨームは不思議に思っていた。


「父上、どうしてミレイユをミニニッキーとお呼びになるのですか?」


「秘密」


「まあ、旦那さまは全くもう。そうね、ニッキーはお父さまの大事なお友達なのです。ミレイユがあまりに良く似ているからミニニッキーと呼んでいるのですよ」


 ジェレミーに代わり、アナは幼い息子にそう説明してやったのだ。




「ミレイユがあんなにニッキーに似てるのはな、絶対ニッキーとヤった時に出来た子供だからだ」


 ジェレミーはアナと二人だけの時に得意気にそう力説していた。アナは何の根拠も関係も無いと思っている。しかしジェレミーがあまりにも確信を持っているので好きに言わせている。


「だってさ、黒髪のギヨームは仲直りしてすぐ出来たろ、あれって俺らが『ニッキープレイ』を始める前だったからな。アナとシた時の子供だ」


「では金髪のアンリは?」


「アンリはお前の碧眼を受け継いでるからやっぱりアナが母親だ」


「そうでございますか」




 ある夜、ジェレミーは自室で本を読んでいた。子供たちが寝る時間に夫婦二人共在宅していれば、男の子二人はアナが、ミレイユはジェレミーが寝かしつけるのが習慣になっていた。


 子供たちも皆休み、少し前まで隣の部屋でアナが湯を使っている音が聞こえてきていた。その時アナの部屋につながる扉を控え目に叩く音がした。


「今晩は早いな、アナ」


 扉が少し開いてそこから覗いたのはアナではなく短い茶色の髪の頭だった。


「ジェレミーさま、こんばんは」


「ああ、お前かニッキー。久しぶりだな、会いたかったぞ」


 寝衣に部屋履きのニッキーはそう言って微笑んだジェレミーに駆け寄ると、彼の膝の上にぴょんと飛び乗って彼の首の後ろに両腕を回した。


「今晩は何を弾きましょうか?」


「そうだなあ。でもその前にキスさせろ」


「はい。キスでも何でも、ジェレミーさまのお気に召すように」


 ジェレミーはニヤッと笑ってニッキーを抱きしめて口付けた。




 以前は一階の居間にあったピアノをジェレミーは自室に運び込ませ、ニッキーが来た時に弾けるようにした。彼女は当然ジェレミーが居る時に彼の部屋にしか現れないからだ。


 アナも良く子供たちにピアノを弾くが、ジェレミーは気まぐれにやってくるニッキーが彼のためだけに演奏するのを見るのも好きだった。


 二階の反対側で眠っている子供たちを起こさないように今夜もニッキーは小さめの音量で一曲弾いた。演奏し終わりまだピアノの前に座っているニッキーを後ろから抱きしめてジェレミーはそっと囁く。


「ありがとう、ニッキー。お前に出会えて本当に良かった」


 ニッキーは微笑みながらジェレミーを見上げて聞いた。


「いきなりどうなさったのですか?」


「いや、何となくな、幸せを噛みしめていたんだ」


「私もジェレミーさまにお会い出来て良かったです。ただのピアノ弾きのニッキーを見つけてくれてありがとうございました。そうでなければアナもジェレミーさまにお声を掛けておりませんでした」


 ジェレミーは彼女の額に軽く口付ける。


「そうだな、アナの奴があの馬鹿げた契約を言い出してなかったら今の幸せはなかったし、素晴らしい子供たちにも恵まれてなかった。アナのお陰だ」


(あまり俺がニッキー、ニッキー言ってるとアイツ、また妬くんだぜ、全くわけ分からん。ちょっと持ち上げておかないとまた後で面倒なことになんだよな)


 ジェレミーが何を考えているか分かったようにクスクスっとニッキーは笑った。


「ええ、ジェレミーさま。そしてあのまま消えてしまうのではなくて、今もこうして時々会いに来ることが出来るなんて、私も幸せ者です」


「ああ俺の、俺だけのニッキー。愛してる」


 その言葉にニッキーは立ち上がり、ジェレミーの胸に頬を寄せて優しく両腕を彼の背中に回す。窓から入る心地よい初夏の風が二人を包み、夜は静かに更けていった。



     ――― 完 ―――




*** 本編完結記念おまけ ***

周りがなんと言おうが、『ジェレバ会』(ジェレミーを馬鹿呼ばわりしちゃおう会)が止めようが、ジェレミーを愛し憧れてやまない人たちランキング発表!


第一位 アナ 「堂々の第一位はもちろん妻であるこの私です」

第二位 ニッキー 「出会いもキスも私の方がアナより先です」

第三位 シャルボン 「お互い全裸でたわむれ合ったのはこの私が一番最初ニャのです」

第四位 マチルダ 本人のコメント取れず。病的なまでの愛が間違った方向へ暴走

第五位 ロイックの悪妻 シャルボンの毛の黒いうちはルクレール家にはもう一歩も近付けず

第六位 エティエン王太子 「叔父さま、いつの日かひがんの騎士道大会ゆうしょうを!」

第七位以下 ルクレールファンの女性たちが続きます

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