第五十二条 落着
ある夜、アナはずっと気になっていたことをジェレミーに聞いた。
「前々からお聞きしたかったのですが、旦那さまはニッキーのどこがそんなにお気に召されたのですか?」
「そんなん決まってるだろ、いじめ甲斐がありそうなところ。一目見て分かった」
「いじめ甲斐……でございますか」
「ああ。初めてキスした時と、その次に馬車の外でキスした時のアイツの顔はヨかったよなー。思い出すだけで飯三杯はイける」
「めしさんばい?」
「あーあ、さっさとニッキーとヤッとけばよかった。イザの奴、俺を牽制するために嘘つきやがって。お前のこと未成年だって言ってたんだぞ! 『ルクレールさま、ニッキーは知り合いから託された大事な子なんだから、気軽に手出ししないで下さいね』だなんてさぁ」
「そうでしたか、イザベルさんが。でもどっちみちアナとして婚約していたので、ニッキーは旦那さまに体を許すことはありませんでしたけど」
「ニッキーの細腕で騎士の俺にどうやって抵抗出来るって言うんだよ」
「私、魔術師のタマゴですもの、いざとなれば何とでも」
「グッ……」
「ところで、アナのことはいじめ甲斐があるとは思われなかったのですか?」
「あまりに変な声掛けられ方したからそんな見方は出来なかった。それにあの時はもうニッキーのことが好きだったし。なんでそんなこと今更気になるもんか?」
「正直、旦那さまがあそこまでニッキーに執着されているとは思ってもみなかったのです。テレーズさまに私の入学前に結婚を勧められた時、旦那さまはあっさりと了承されてしまったことですし」
「そうだなー。俺もなあ、侯爵家の跡取りとして、ピアノ弾きのニッキーと将来どうこうっていうのは無理だって分かっていたからな」
「だから、アナと形だけの結婚をしておいて、ニッキーは愛人として離れに住まわせようとされたのですね」
「だから、もうそれを言うなよ。俺も自分にだけ都合良くてズルいとは十分承知だったんだから」
「いえ、責めてはおりません。そういう契約を持ち出したのは私の方ですから。でも、旦那さまにそこまで愛されているニッキーにアナは時々嫉妬しておりました」
「何だよ、それ。だからお前俺がニッキーに会いたいって言っても化けてくれないのか?」
「ば、化ける? 私最近なぜだか魔力があまりなくて、ニッキーに長時間変幻できそうにないのです。ですから年末年始の休みの時にでも、と思っているのです」
「約束だぞ。俺も今度仕事納めで正装するからその晩は着替えずにシてやる」
「本当ですか? 嬉しい……」
「グッ、お前その顔、反則」
ということで、後にジェレミーが『ニッキープレイ』『制服プレイ』と呼ぶことになる、それぞれの要求は後日満たされることとなった。彼に言わせると単独のプレイでも燃えるが、その二つを合わせた『ニッキーと制服でプレイ』はもっとヨかったらしい。
ビアンカは仲直り後の二人に会ってやっと安心した。と言うのも結婚後のアナに会った時、この夫婦がまだ契っていないと気付いてしまったのである。
時々自分の魔力のせいで知りたくないことまで分かってしまうのはしょうがなかった。ビアンカはその夫婦の秘密はそっと自分の胸の中にしまっておくことにしていた。
しかし、つい先日会ったアナは悲愴感も負の感情もすっかり無くなっており、幸福感に満たされていた。ジェレミーは相変わらず不愛想で素っ気ないが、アナのことをそれは大切にしていて実は彼の方がアナにベッタリなのが良く分かった。
(あのジェレミーさまがここまでアナさんを溺愛するようになるだなんて。ともかく良かったわ。それに……すぐにおめでたい知らせが聞けそうね)
ビアンカは一人でこっそり微笑んだ。
アメリにしてもそうである。アナとジェレミーは自分たちより後に婚約、そしてすぐに結婚してしまったにしては全然新婚らしくないと感じていたのである。
年末にフロレンスを一緒に訪れた時、以前にもアナにした質問を再びする。
「何なのよ、ジェレミーさまは! 『休職している間に太ったんじゃねぇか?』なんて失礼なことおっしゃるのよ! やっぱり想像できないわ! ジェレミーさまっておうちで貴女と二人っきりでも横暴で意地悪で下品なことばっかりおっしゃるの?」
今回アナは真っ赤になって消え入りそうな声で答えた。
「……あの、外での主人とほぼ変わらないと思います……」
アメリはそのアナの様子に絶句して、聞いた彼女の方が恥ずかしくなってしまう。
「あらやだわ、もう。アナったら」
(ちょっと何なの? この反応……いつの間に! これは王妃さまに早速報告しなくっちゃ!!! そうだ、アントワーヌにも!)
彼女は心の中でニンマリと笑っていた。そしてアメリは次にジェレミーに会った時に何と
「ジェレミーさま、私たちのことバカップルにつける薬はない、なんて散々冷やかして下さいましたわよね! この言葉、貴方がたにもそのままお返しできると思うのですけど!」
と言ってのけた。ジェレミーは平然としている。
「バカップルのことをバカップルと呼んで何が悪い。大体俺はお前らと違って見境なく何処でもブチュブチュベタベタやってないだろーが!」
アナは青くなってこれ以上ジェレミーが何も言わないことを願った。
(確かに人前ではベタベタしませんけど、ジェレミーさまは……でも……)
「ブチュブチュですって? 失礼ですこと。それはそうと、私年明けから職場復帰しますのよ。取りあえずは王妃さま付きとして。これから王宮でもお会いすることが多くなると思いますので、どうぞよろしくお願い致しますね」
アメリはニンマリと笑った。
「ゲッ……」
対するジェレミーはそのまま黙ってしまったのでアナは目を丸くした。
後でアメリはニタニタしながらアナに教えてくれた。
「ジェレミーさまはね、王妃さまに私があることないこと色々吹き込むことを恐れていらっしゃるのよ。ふふふ。貴女も夫婦喧嘩でもしたら王妃さまに相談なさいな」
「さ、参考にしておくわ」
怪我が随分良くなったアメリは年明けからまた侍女として働き始め、そして春にはリュックと結婚する。
「貴族の奥さまとしてのうのうと過ごすのもね……私はやっぱり体を動かして働いてないと駄目なのよ。王妃さまや王太子さまも是非戻ってきてくれとおっしゃることだし」
「私も早く学院を出て、魔術師として働きたいわ」
アナのその目標は予定よりも少々遅れて達成されることになった。
***ひとこと***
一度雨降って地固まると、アメリの言うように安定のバカップルぶりです。
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