第四十八条 仲直り

注:いわゆる朝チュンです! 時刻は夕方ですけれども。安心して皆さまお読み下さい。きわどいオトナな場面を期待されていた方々には申し訳ありません。

***




 ジェレミーはそのままアナを担いで部屋に入り彼女を寝台に下ろす。ニヤニヤしながら寝台の上で固まっているアナを見下ろし、上着を脱ぎ捨てた。


「さて、どっから喰い始めようかなぁ?」


 長い間飢えていた後やっと獲物を見つけた狼のようである。そして機嫌良さげに舌なめずりをしながらアナの上に覆いかぶさってきた。


「えっ、食うって、あの旦那さま……あっ、うっ」


 子羊アナの口は狼ジェレミーのそれによって塞がれた。




************




 寝台の上でジェレミーの逞しい胸に寄り添うアナは幸福感でいっぱいだった。しかし、これだけは言わせて欲しかった。


「旦那さまのイジワル……」


 ジェレミーに散々いじめられたのである。


「何言ってる、これ以上無いほど優しくしてやったぞ。さっき涙ぐんでたのはそれくらいヨかったからだろ?」


「そ、それは…………ハイ……」


「正直でよろしい。屋敷に戻ったら第二回戦開始だ、もう一回可愛がってやる」


「ええっ!? あの……」


 そこでジェレミーはむっくりと起き上がり、ズボンだけ履くと扉の方へ向かった。


「とりあえずそこの野次馬どもを追い払うとするか」


「だ、旦那さま、何を?」


 彼が急に扉を開けると、そこに居た伯父夫婦とテオがよろけた。三人で扉に寄りかかって耳を押し付けていたのだろう。アナは羞恥心で真っ赤になり掛布団の中に隠れた。


「これはこれは、ゴダン伯爵夫妻にボルデュック次期侯爵殿。ご無沙汰しております」


 平然と言ってのけるジェレミーだった。


「コホン、いや、その、侯爵様。アナが昨晩尋常ならざる思い詰めた様子で出戻ってきたので、大変心配で……今日は夕食にも下りて来ませんし……」


「姉上、ご無事ですか?」


 ジェレミーは今にも部屋に乗り込みそうなテオをジロリと睨み、堂々と言ってのける。


「いえ、良くある夫婦喧嘩です。お騒がせして申し訳ありません。たった今仲直りしましたのでご安心ください」


(な、仲直り!……)


 アナは益々真っ赤になり布団の中から出られなくなってしまった。


 ジェレミーの神経が信じられない。髪も乱れ、上半身裸、ベルトははめず、ズボンの一番上のボタンは外れたまま、気だるい雰囲気をムンムンさせたまま扉を開けるなど……しばらくは伯父たちと顔を合わせられない……なのに……


「侯爵さま、よろしかったらアナと夕食を召し上がっていかれますか?」


 伯母の声が笑っている。


「はい、ありがとうございます。お言葉に甘えて頂きます」


 ジェレミーは伯母の誘いに承諾の返事をしている。今度は青くなったアナだった。どんな顔をして食卓につけばいいのだろう……




 三人が去って、ジェレミーが扉を閉めたのを確認するとアナは布団を体に巻き付けて自分の下着とドレスを探した。ジェレミーに脱がされて床の上に散らばっている。


 これもあの三人にしっかり目撃されてしまったのだろうか? アナは羞恥心で消えてなくなってしまえる、と思った。


「おい、晩飯ここで食っていくことになったぞ。早く服着ろ」


 ジェレミーは床のドレスと下着を拾ってアナに渡しながら言った。


「ハイ、聞こえておりました……」


 アナは涙目で、シャツを着ているジェレミーを睨んでみた。


「なんだ、俺に着せて欲しいのか? しょうがねぇなぁ、手伝ってやる」


「い、いえ。自分で出来ますから!」




 その後、夕食の席で気まずい思いをしているのはアナとテオだけのようだった。伯父と伯母は不気味なほどニコニコしている。ジェレミーもだった。ニッキーもシャルボンもこんなに機嫌のいいジェレミーを見たことはない。


「とにかく、昨晩はアナに何て声を掛けていいやら、そのくらい落ち込みようはひどかったから、本当に良かったわ」


「そうだよ。アナは私たちの娘同然だからいつでも帰ってくるのは歓迎だけどね、昨晩みたいなアナはもう見たくないからね」


「私も今朝、うちの執事にこってり絞られました。とにかくどちらに非があるにせよ、夫である私が折れてアナに謝って来い、と。どうせ私の方が悪いのだろう、と彼には決めつけられました」


「まあ、アナはルクレール家の使用人の方々とも上手くやっているようですね」


「ええ、はい。私などよりもよっぽどアナの方が慕われています。とにかく、夫婦の間にあった大きな誤解も解けたことですし、もう今回みたいにご心配をおかけすることはない、とお約束します」


 猫被りジェレミーは隣に座っているアナの手をギュッと握った。アナは恥ずかしさのせいで食事も喉をあまり通っていない。


「侯爵さま、美味しい焼き菓子をありがとうございました。生地がパリパリで香ばしくて、絶品ですわ」


「うちの料理長が焼いたものです。アナの好物だから持って行けと執事に渡されました」


 グレッグ料理長の渾身の焼き菓子は食後のデザートとして出されていた。ボルデュック領のりんごを使ったものだった。


「そうそう、侯爵様、先日とても珍しい外来の蒸留酒が手に入ったのです。この後、一杯どうですか?」


「私も蒸留酒は好きでよく嗜みますが、今晩はもうおいとまさせていただきます。早く屋敷に帰って仲直りの続きがしたいですから。なあ、アナ?」


 などとジェレミーが言ってのけるものだから、アナは焼き菓子を喉に詰まらせそうになった。お茶を口にしている時だったら、お行儀は悪いが絶対吹き出していたことだろう。


「だ、だ、旦那さま!? ゴホッゴホッ!」


「あら、まあ、おほほ……微笑ましいこと」




 食事の時は終始無言だったテオは二人の帰り際に一言だけ発した。


「ルクレール様、姉をよろしくお願いします」


「ああ、任せとけ。今まで心配かけて悪かったな、義弟おとうとよ」


 テオには婚約中も結婚してからも、どう見ても幸せそうでないアナのことを大層気にかけていた。ジェレミーもそれが分かっていたのだろう、彼はテオの肩に軽く手を乗せてそう答えた。




***ひとこと***

伯父さま伯母さまテオ君、盗み聞きとは趣味が悪いですね! でも気持ちはよぉく分かります!


ここから最終話までラブラブバカップルが暴走します。ジェレミーもアナもそれぞれ本性を現し?ます。(のでご注意ください)

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