第三十三条 制裁
注:登場人物の一人が少々下品なことを言います。年齢制限をかけるほどではないでしょうが、一応注意喚起いたします。
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時間は少し
平民の服を着たアントワーヌが人ごみに紛れて二人が無事馬車に乗り込むのをほっとした様子で見守っている。そこへ十歳くらいの少年が現れ、小さく折りたたまれた文をアントワーヌに渡した。
「いつもありがとう」
彼は少年に小銭を渡し、その暗号で書かれている文を読んだ。
(ははあ、これで芋づる式に全員の尻尾をつかめればいいけれど……)
そしてアントワーヌは新郎新婦の馬車がルクレール侯爵家の方角へ向かうのを見届け、すぐに行動に出た。
帽子を目深に被り、早足で歩いて王都の中心部に向かった。彼がたどり着いたのは彼の屋敷ペルティエ家からはそう遠くはない、平民ばかりが住むプラトー地区の例の家だった。扉を叩くとすぐに開けられ、アントワーヌは中に招き入れられた。
薄暗い殺伐とした部屋の中には二人の人物が居た。一人は椅子に座っている、と言うよりも椅子に縛り付けられている。十五、六の少女だった。
もう一人は若い男で、その隣で鞭のようなものを持って立っている。
「この娘がゴダン家に送り込まれて花嫁衣装をほつれさせたようです。先ほどは大聖堂前でアナ様を吹き矢の様な器具で狙っておりました。モードという名前です」
「あのような卑劣な行為を企てる人間に忠誠を尽くしても、利用されて捨てられるのがおちでしょうに」
「……」
縛られているモードは無言ではらはらと涙を流し始めた。
「何か、弱みを握られているのですね?」
「びょ、病気の母と幼い妹がどうなってもいいのかと……アナお嬢さまにはとても良くして頂いたのに……こんな形で裏切ることになってしまって……うっ、うっ」
モードは声を出して泣き出した。アントワーヌは少女の前に座って言った。
「良くお聞きなさい。貴女が私たちに協力すると約束するなら、今すぐにでも貴女とご家族を私の屋敷に引き取りましょう。貴女は侍女として働いてもらい、母上には適切な治療が受けられるように取り計らいます。妹さんは屋敷から学校へ行き、台所の雑用を手伝ってもらいましょう」
「よろしいのですか? 家族さえ安全なら、もう決してあのような悪事に手を染めません」
「アナさんも分かってくださいますよ。彼女もとても家族思いですから」
「あ、ありがとうございます」
「さあ、これで涙を拭きなさい。縄をほどいて差し上げますから、敵の情報を教えてください。もう二度と貴女達一家に手を出させないようにします」
その夜、ルクレール家では晩餐が終わり新郎新婦に続いて客が踊っていた。アナはとりあえず今のところは何も粗相はなく、少し安心していた。
その頃屋敷の中、客用寝室の一つでは先程の若い男がある女を羽交い絞めにし、首に短剣を突きつけている。部屋の中は暗く、彼女には男の顔や姿は見えなかった。
「な、何者! 大声出すわよ!」
「大声出して困るのはそっちの方だぜ、マチルダ・シャルティエ伯爵令嬢さんよ。ルクレール家の人々に、特にジェレミー・ルクレール侯爵様に一人で気を失って失禁している所を発見されたいか?」
「なっ、何ですって!」
「人が来る前にアンタを素っ裸にひん
「うっ……」
「まあそういう事だ。裁きを受けたくなければルクレール侯爵夫人にこれ以上危害を加えるのはよせ」
「証拠も無いのに裁けるものですか!」
「フン、証拠だと? そんなもん要るか。誰がこの王国の司法院に行くって言ったよ? そんな手間暇かける必要はねぇんだよ。俺らはな、陰の社会に生きてるんだ、アンタのことは何とでも出来るのさ。敢えて呼ぶなら私刑、私的制裁だな」
「お、お前一体何者?」
「俺の主人以外の人間に言う名前はない」
「私をどうするつもり? まさか、お前のような人間にお嫁に行けない体にされてしまうの? イヤッ!」
「おいおい、勘弁してくれよ。俺はそっちの方は十分間に合ってるし、男側にも選ぶ権利はあると思うしな。ルクレール侯爵だってさぁ、家同士の付き合いがあるからしょうがなくアンタに邪険にしないだけだって。男は全て手玉に取れると思ったら大間違いだぜ」
「わ、私だってお前みたいな汚い男はお断りよ!」
「その気の強さだけは褒めてやる。とりあえずアンタのことはいつも見張ってるからな。これ以上アナ様に手を出さないように。あと、アンタの手下だか崇拝者だか知らんがあの男女も先ほど脅しておいた。少々痛めつけたら速攻降伏したぜ、忠誠心の欠片もないな、あいつら」
「何ですって!」
「そう言えば以前あいつらを使って酔っ払いにアナ様を襲わせようとしたよなあ、アンタ。同じ目に遭わせてやろうか。酔っ払いを一人二人調達して、効果を上げるために媚薬も盛ってさ」
「えっ……」
「ついでにアンタにも媚薬を打ってやるよ。獣の如く奇声を発しながらズッコンバッコンとヤッてるところを憧れのジェレミー様に目撃してもらうか? 俺はそれを高みの見物とするかな」
「イヤッ、汚らわしい!」
「そんな純情ぶっても無駄無駄。どうせアンタもう生娘じゃないだろうが。お嫁に行けない体にされるのぉ、なんてどの口が言ってんだか?」
「ど、どうしてそれを……」
「とにかく、相手が悪すぎたな。大人しくしておけば伯爵令嬢として適当なボンクラ貴族に嫁いで、のうのうと余生を過ごせることを保障する。さもなくばあんた一生顔を上げて表を歩けなくなるぞ。じゃあな」
吐き捨てるようにそう言うと彼はマチルダの腹に拳で一撃を与え、失神させた。
「おっ、汚ねぇな、既に漏らしてやがる。ま、全裸は勘弁してやってもいいか。十分懲りただろうし」
そして彼は部屋のバルコニーから出て、そっと闇の中に姿を消した。
***ひとこと***
用事があるから結婚式には行けないと言っておきながら、何をしているのでしょうね、アントワーヌ君は。
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