結婚

第二十五条 友情

 ある日の朝、目が覚めたアナはゴダン家の自分の部屋の窓の外に止まって彼女の方を見ている鳥に気付いた。その灰色の鳩は遠慮がちに窓をくちばしでコツコツと叩いている。


 アナが近寄って見るとその鳩の足には小さな筒がくくり付けられていた。


「まあ、何かしら?」


 アナが窓を開けると、鳩は筒の付いた方の足を持ち上げて中を調べてみるように、と身振りで言っているようだった。アナは小さなふたを開け、中から折り畳まれた文を取り出して読んだ。


『アナさん、お早うございます。ビアンカです。


 突然驚かせてしまってごめんなさいね。この子の名前は灰被り姫サンドリヨンです。女の子で、体の色が灰色だからよ。手紙や小さなものを運んでくれます。


 賢い子だからアナさんの言葉も少しは分かる筈です。今日は特に用事はないのですけれども、サンドリヨンを紹介しておきたくて手紙をしたためました。


 アナさんがお返事をもし書いてくれるなら、彼女が公爵家でも王宮の魔術塔でも、私の所までまたすぐに戻ってきてくれます』


「まあ、ビアンカさまは白魔術をお使いだから動植物とお話が出来るのだったわね。サンドリヨン、一言お返事を書くから待っていてくれる? お水飲む?」


 アナは水差しから小さな器に水を汲んでサンドリヨンの前に置き、小さな紙切れにビアンカへの返事を書いた。


「本当に賢いのね。ビアンカさまとこんな手段で文通できるなんて。今度は貴女の為に豆を用意しておくわね、気を付けてお帰り」


 次回サンドリヨンはビアンカから小さな鳩笛を持って来てくれた。ビアンカに手紙を送りたいときにこの笛を吹くと、サンドリヨンがすぐに飛んできてくれるらしい。


「ビアンカさまに時々手紙をお出しできるようになって嬉しいわ。サンドリヨンありがとう、貴女のお陰よ」




 今は怪我で休職中のアメリは、王妃に頼まれてラングロワ家に嫁いだジェレミーの妹フロレンスを時々訪れている。ただラングロワ家にお邪魔してお喋りをするだけなので、ある日アメリがアナも一緒にどうか、と誘ってくれた。


 先日フロレンスは王妃の所へ一人で来ていたが、幼い息子を一人屋敷に残して出かけることはなるべくしないようだった。嫁いで以来あまり王妃の居室にも実家のルクレール家にも来なくなったし、フロレンスが少々ふさぎ込むこともあるのが王妃には心配なのだった。夫のラングロワ侯爵はほとんど領地にいるらしい。


 初めてラングロワ家を訪問した時にアナは、フロレンスの息子ナタニエルの可愛らしさに目を奪われた。ラングロワ侯爵には会ったことはないが、どう見てもフロレンス似で、ジェレミーの小さい頃にもそっくりらしい。


 フロレンスと同じ金髪に青緑色の目の小さな貴公子にアナはメロメロになってしまった。


「ナタンは今何歳ですか?」


「にさいです!」


「まあ、お利口さんね」


 このままジェレミーと結婚して、もし彼が子供を欲しがったら喜んでお腹を貸すわ、などと考えた。こんな素晴らしい子をルクレール家の為に産めるなら、そしてもしその子を自分の手元で育てることが出来るなら、最高に幸せだろう。


 アナの女性としての本能がうずいた。フロレンスの話し相手をしに来たというのに、アナはずっとナタニエルと遊んでばかりだった。


「今日はナタンもご機嫌ね。ずっとアナさんに遊んでもらって」


「フロレンスさま、またお邪魔してもよろしいですか?」


「ええ、もちろん。二人とも今日は来て下さってありがとうございました」


 こうして夏いっぱいアナは度々ラングロワ家にフロレンスを訪ねた。学院に入って勉学で忙しくなってからも、出来るだけ定期的に訪れるようにしたいと思っていた。アナは自分で良ければいくらでもフロレンスの話し相手になってもいいし、ナタニエルの成長も見たかった。


 王都に出てきてからアメリやビアンカ、フロレンスといった同年代の友人が出来たのがとても嬉しかったのだ。




 ルクレール家で開かれる婚約披露晩餐会の前に、テレーズはアナに屋敷の一部屋に通され、婚姻までそこを自由に使ってよいと言われた。昔フロレンスが使っていた部屋だそうだ。


 式の後に夫婦の主寝室に移ることになるが、そちらは今改装中だった。その主寝室はありがたいことに二部屋に分かれており、出入りも別々にできる。中は扉一枚で行き来が出来るようになっていた。


 そうでなければアナはジェレミーを煩わせない為にも自分に別の部屋を与えてもらうか、離れに住まわせてもらうように頼むつもりだった。正式に結婚してしまえば屋敷の中では使用人の目を気にせず、仮面夫婦で通してもいいだろうと考えていた。


 主寝室のアナが使うことになる方の部屋は彼女の好きなように内装を変え、家具も買い揃えて良いと言われた。


 アナにしてみれば別に家具も壁紙も傷んでないのに何も新しくする必要はないように見えた。テレーズが使っていた家具はそのまま使うことにし、桃色の花柄の壁紙だけは明るい青色のものに変えてもらうことにした。それにしてもジェレミーがこの部屋に入ってくることもまずないだろう。




 晩餐会には主に侯爵夫妻の知り合いに招待状が送られた。アナは知らない人ばかりである。ジェレミーでさえも知らない人の方が多いかもしれない。


 彼は先日サヴァン家で友人のほとんどに会って報告しているから、特に呼びたい客もいないようだった。アナ側からは伯父一家と弟のテオが呼ばれていた。アナはボルデュック領に居る父親にも声は掛けたが、彼はあまり社交的な人でもないし今回は失礼だが欠席との返事が来た。結婚式にはもちろん何を置いても駆けつけるとのことだった。



***ひとこと***

アナとジェレミーの結婚準備は着々と進んでいます。次回は波乱の?晩餐会です。

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