第二十一条 魔力持ち

 王都に戻ってきてから貴族学院の中途入学試験を申し込んでいたアナはその日、学院へ試験を受けに行った。テオドールやルーシーの古い教材で復習をしたのが良かったのか、思っていたほど大変ではなかった。


 筆記試験が終わり、アナは魔術を教えている教師の面接を受けた。魔力を測るというのはどういった検査をするのだろう、と疑問に思っていた。しかし、その教師もクロードやビアンカのようにアナの顔を見ただけで魔力持ちだと分かったようだ。


「貴女は随分魔力があるようですね。最も得意なのは移動ですか?」


「変幻の方が得意です。移動は近場のよく見知っている場所までしか飛べません」


「えっ、もしかして瞬間移動が出来るの?」


「はい」


 教師に驚かれたことにアナは驚いた。


「具体的にどのくらいの距離が飛べますか?」


「そうですね、ここからだと王都の南門の辺りまででしょうか。あの、私今まで田舎の領地で周りに魔術の知識のある人間が居ない環境で育ちました。無知を承知でお尋ねしますが、瞬間移動という魔術は珍しいのですか?」


 教師は目を丸くした。


「そうですね、王国内では高級魔術師数名しか出来ません」


 そんな貴重な力をアナは辻馬車代を浮かせるためや、危険な夜道を避けるために使っていたのだった。


「魔術科では己が既に持つ魔力を、どう制御して最大に生かすかを学ぶのです。魔力の器というのは生まれた時に既に決まっていて、それを正しく利用するには強い意志と集中力が必要です。貴女の魔力の強さはこうして直に触れなくても、近くに寄るだけで分かりました」


 教師はそこでアナの手に少し触れた。アナはそこから彼女の体に暖かいものが流れ込んでくるのが感じられた。


「あの、魔術師の方なら私が魔力持ちであることが分かるのですか? 先日ビアンカさまとクロードさま、テネーブル公爵夫妻にお会いした時も、お二人共すぐに私に魔力が備わっているとおっしゃいました」


「あのお二人の魔力は桁外れですので、例外です。他の魔術師ではそうですね、やはり数名くらいでしょうか、魔力持ちを見ただけで判別できるのは」


(ああ良かったわ、ニッキーの時に魔力持ちだと分かってしまうとまずいことになるものね)


「何も知らない私に一から説明して下さってありがとうございます」


「いいえ、構いませんよ。それから全ての魔力持ちが魔術師になれるわけでもありません。魔術科を出て、王国の魔術師として登録されると私利私欲のために魔力を使ってはならず、公人として王国の利益と発展に尽くさなければならないのです」


 どうりで幼少の頃母親に、魔力で蝋燭に火を灯したり消したりして遊んでいたのを見咎められて叱られたわけだ。


『周りに教えられる人がいないのですから、魔力を持っていることを滅多に他人に言ったり、人前で使ったりしてはいけませんよ。将来学院できちんと魔術について教育を受けるまでは』


 母親にはそうきつく言われて育った。


「あの、私利私欲のために使ってはいけないとおっしゃいますけど、私今まで馬車代を節約するためなどに瞬間移動を使っておりました……」


「ははは、貴女は正直な方ですね。そのくらいの個人的な使用は許されています。魔力を商売にしたり、他人に害を与えるために使ったりが禁止されているだけです。ところで攻撃魔法はどのくらい出来ますか?」


「少しの炎や水を出せますが、あまり使うことはありません。あと風や空圧も少しできます」


 日照り続きの領地に雨を降らせることもできず、アナが出せる水量では焼け石に水だった。イナゴの大群に立ち向かえるような魔法も使えず、アナは自分の無力さをつくづく思い知ったのだった。


「過剰な魔力で時々体に負担がかかったりしませんか?」


「はい、あります。そんな時は夜中にこっそり外で水を放出します」


「いいでしょう。強い魔力を持って生まれる者はたいていが学院に入学する十二、三の歳くらいまでにある程度制御出来るようになっています。貴女も例外ではないようですね。九月から入学されますか?」


「えっ、私は合格ですか?」


「はい。筆記試験の採点はまだですが、そちらは一般教養科目がどのくらい免除されるかの判断材料です。貴女は中等科を出ていらっしゃるので、個人差もありますが二、三年で卒業して魔術師になれると思いますよ」


「ああ、良かったです。ありがとうございます」


「入学のための書類を持って帰って、期日までに提出してください」


 結局貴族学院へ入れるかどうかは爵位と学費支払い能力で決まるようだった。希望する分野の学問を修め、その専門職へ就けるかどうかは能力と努力による。


 アナはひとまず安心した。軽く弾んだ足取りでゴダン家に帰宅し、ジェレミーと彼の両親宛てに学院入学を許可されたと報告の手紙を書いた。




 それから午後ニッキーになってイザベルの飲み屋を訪ねた。学費は出せるが、テオドールのように教材等の出費もあるだろう。自分の都合で仕事を辞めたり再開したりできるか不安だったが、イザベルは喜んでとりあえず夏いっぱい雇ってくれることになった。


「ルクレール中佐がね、ニッキーが居ないから寂しがっていらっしゃるわよ」


 何とも複雑な気持ちになった。少しでも多くお金を稼ぎたいのもそうだが、ニッキーに向けられるジェレミーの優しい眼差しが無性に懐かしくてここへ戻ってきたようなものである。


 ある晩、ニッキーとして久しぶりにジェレミーに再会した時は喜びに打ち震えた。


「よお、久しぶり。もう辞めてしまったのかと思ったぞ。元気にしてたか?」


「はい。またしばらくこちらで働かせていただくことになりました」


 いつまでもここでピアノを弾いていられるわけではない。アナが学院へ入ると多分学業が忙しくて副業の時間はなくなるだろう。


(もう数か月だけ……この貴重な時間が過ごせるのは。そうしたら大事な大事な思い出として封印するわ……)



***ひとこと***

久しぶりにニッキー再登場です。

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