第十八条 公爵夫妻
晩餐会でサヴァン家の食卓についたアナは、ジェレミーの隣で周りの視線を痛いほど感じていた。何もヘマをやらかさないように緊張していて、折角の素晴らしい料理の味も分からなかった。
主役の二人は誰が見ても仲睦まじく幸せそうな様子だった。二人時々見つめ合ってはリュックがアメリの髪を撫でたり、頬に唇にキスしたりと二人の世界に入り込んでいる。
「全くよお、バカップルにつける薬はねえんだよな……サンレオナール王都サヴァン伯爵家付近に局所的に胸やけ警報発令だ。食べ過ぎのせいじゃねえぞ」
ジェレミーはそう二人のことをからかい、騎士仲間達は大爆笑している。アナは自分たちまで彼らに強要されてキスやら何やら二人仲良い様子を披露させられるのではないか、などと無駄な心配まで始めてしまった。
食事の後、アメリがアナにクロードとビアンカ夫妻を紹介してくれた。クロードはジェレミーの従兄にあたり、王宮魔術院副総裁を務め学院でも魔術を教えている。ビアンカはアメリの親友で、大変珍しい白魔術の使い手である。
男爵令嬢のビアンカは公爵家に嫁ぐためにルクレール侯爵家に養女として入った為、ジェレミーとは義理の兄妹という間柄でもある。
「ルクレールの養父母からアナさんのこと聞いて、主人に言ったのにね、信じてもらえなかったのよ。あのジェレミーさまが婚約なさったってこと」
「信じられるわけがないだろう。ジェレミーの奴がいきなり婚約だなんて。私達が婚約した時から散々からかわれてきたからなあ。見てろよ、今度はアイツが犠牲になる番だ」
「……お、お手柔らかにお願いいたします」
「ところで貴女、魔術院では見かけないが魔術師なのか? 結構な魔力を持っているな」
先程軽く握手をしただけのクロードの言葉にアナは驚いた。
「家の事情により学院は出ておりません。実は今度学院の中途入学試験を受ける予定です。恥ずかしながら今からでも魔術師になる勉強を始めたいのです」
「まあアナさん、貴女これだけ魔力があるからきっと立派な魔術師におなりになるわ」
「ビアンカさまにもお分かりになるのですね。私に魔力があること」
「鍛えがいがありそうだ。楽しみだな」
「クロードさまったら、フォルタン総裁さまと同じ。最近は後継者を育てるのに生き甲斐を感じていらっしゃるのだから」
「ご期待に添えるよう努力致します。魔術の勉強が出来るようになるかもしれないなんて、本当に夢のようです」
アナは弟のテオドールにも調べてもらっていた。この秋から学院に入学したいのだったら、試験は来月までならいつでも受けられるらしい。実技はなく、一般教養の筆記試験だけ受ければよいとのことだった。魔力の強さを測ってもらい、その結果次第で魔術科に入れるかどうかが決まる。
アナは中等科を領地で終了しているため、一般教養の試験の出来次第では専門科目のみの履修で卒業できるとのことだった。
その後アナは一人で手持ち無沙汰になってしまった。知り合いもアメリとアントワーヌ以外居ない。ジェレミーはきっと騎士仲間と楽しんでいるのだろう。出来れば邪魔はしたくない。男性数名の声が聞こえてくるサロンの方へ近付くと中での会話が少し聞こえてきた。
「騎士団きっての人気者二人が揃って結婚を決めてしまうとはなあ、世の中の大半の女が悲しむぞ」
「それにしてもあれだな、俺は驚いたぞ、サヴァン中佐はともかくルクレール中佐の方だ。拍子抜けしたと言ったらいいのか……」
アナはこの次に続く言葉が予想でき、
「一応侯爵令嬢らしいが、あれじゃあルクレールファンの女性達も納得しないだろうよ」
「彼はルクレール侯爵夫人をはじめ、王妃様に妹のフロレンス様という絶世の美女に囲まれて育ったからな、少々薄味の方がかえっていいんじゃないの?」
「美人は三日で飽きると言うがなぁ。それでも彼の女の趣味を疑うぞ。あっちのさ、
ガハハ、と下品な笑い声まで聞こえてくる。アナは青ざめた。
「何よ、あいつら、勝手な事ばかり。失礼ね!」
いつの間にか隣にアメリが居た。今にも出て行って文句を言ってやるぞ、といった勢いである。
「アメリさん、いいのです。あながち嘘でもないですし。あの、でも閨での云々というのは、その、私たちまだ……ただ、私が至らない為にルクレールさまも悪く言われるのが耐え難いのです」
アナは今度は恥ずかしさで真っ赤になった。
「……そんなこと言わなくても分かっているわよ、アナ」
二人はそっとその場を離れて広間の隅の椅子に腰掛けた。
「ねえ自信を持ってちょうだい。私はジェレミーさまが選んだお相手が貴女で本当に良かったと思っているのよ。彼は見た目だけに騙されるような人ではないわよね。って言うか、どんな美人でも彼にはへ〇へのも〇じに見えてるらしいのよー」
「への〇の〇へじ? それは言い過ぎ、でもないですわね」
彼は実際飲み屋では少年姿のニッキーを追い掛け回していたくらいだ。アナはクスっと笑った。
「貴女は十分可愛らしいし、それにジェレミーさまは貴女の内面の輝きや美しさに惹かれて婚約されたのよね?」
それは違うと思ったアナだが、アメリの言葉は嬉しかった。
「アメリさんはルクレールさまと仲がよろしいのですね」
「敬語はやめて、アメリと呼んでね。私だって伊達に彼と付添人を一緒に務めたわけではないのよ。最初は付き合いづらい人だなあと思ったけれど。ひねくれていて、下品なことばっかり言うし。でも私が怪我した時もお見舞いに来てくれて、何かと元気づけてくれたわ」
「はい、分かります」
「実は思いやりがあって優しいのよね。今ではいい友人よ。周りがなんて言おうとあまり気にするようなお方でもないわよね。だから貴女も胸を張って堂々としていらっしゃいな」
アナは少し涙ぐんでしまった。
「ありがとう、アメリ」
結局その後は女性だけでお喋りしていたところにアントワーヌも加わった。
そしてアメリは途中で席を外したので、アナはアントワーヌに領地のことや、ステファンのこと、そして学院の試験のことなど色々詳しく報告した。聞き上手の彼と話すのは純粋に楽しくて、先ほどのへこんだ気分も回復してアナは笑顔になっていた。
そこへジェレミーがそろそろ帰ろうとアナを探してやってきた。彼女はいつもジェレミーに対して遠慮しているのか、いつも恐る恐るぎこちなく微笑むだけなのに、アントワーヌには満面の笑顔を見せていることに彼は少々イラついた。彼女のことを放ったらかしておいたのはジェレミー自身であるが、彼は自分の気持ちに戸惑った。
「これはこれはルクレール中佐、ご婚約おめでとうございます。アナさんみたいな素敵な女性を射止めるなんて運がいいですね」
アントワーヌはアナとジェレミーの婚約が見せかけのものと知らないとは言え、アナの実家がジェレミーに高額の経済的援助をしてもらっているのを承知でこんなことを言う。アナはひやひやした。
「お前は相変わらず胡散臭いな、その歳で」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。ではアナさん、またいつでも何かありましたら相談に乗りますからね」
「ありがとう、アントワーヌ」
そしてアントワーヌは無邪気にニッコリ笑うと、アナの手の甲に軽く口付けて去って行った。
「フン、嫌味な奴」
ジェレミーとアントワーヌは仲が良いのか悪いのか、お互い良く知った間柄のようである。職業も違うし、年も離れているのにどうしてだろうかとアナは不思議だった。
***ひとこと***
ビアンカとクロードも出てきました。次回は王妃さま本格登場で役者はほぼ揃います。
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