第十七条 晩餐会
ジェレミーが招待されたサヴァン伯爵家の晩餐会は、長男のリュックとアメリの婚約披露の場だった。丁度いい機会なのでジェレミーもアナを婚約者として連れて一緒に出席することにしたのである。
アナはその晩餐会の為にテレーズの見立てで作ってもらった、美しい青色のドレスを着た。去年の夏に切った髪も少し伸び、まとめ髪が結えるほどにはなっていたが、今日は付け毛も使ってより綺麗にまとめてもらった。
リシャールとエヴァの二人は伯父伯母のひいき目で、まるでお姫さまのようだと手放しで褒めてくれた。ゴダン家にアナを迎えに来たジェレミーは紺の礼服を着ていて、アナにしてみれば彼こそ王子さまのようだった。
ジェレミーと並んだアナを見た伯母はほぅとため息をついた。
「二人とってもお似合いよ。今夜は楽しんでいらっしゃいな」
アナは本当に似合っているかどうかは疑問だった。ジェレミーはアメリと付添人をしたことによってしばらく身辺が静かだったと聞いたが、彼女となら長身の美男美女で良くお似合いだ。
(ジェレミーさまの隣で私はまるで引き立て役? 男性のジェレミーさまの方が数段美しいなんて)
アナの頭の中では少々後ろ向きな考えが堂々巡りである。浮かない気持ちのアナとは裏腹にジェレミーの方は何だか楽しそうである。馬車の中でアナは彼にお祝いを言った。
「ルクレールさま、騎士道大会準優勝おめでとうございます」
「ああ。まあ特に今年はな、サヴァンの奴に花を持たせてやれた。別に手加減した訳じゃないが」
やはり機嫌がいいようである。『ああ』『いや』以外の文章も言っている。
「そうでございますね。サヴァンさまたちはご婚約まで漕ぎつけるのに紆余曲折があったと聞きました。なおのこと嬉しいでしょうね」
「あいつらは無駄に意地を張るからな。特にアメリの方」
「仲がおよろしいのですね」
アナは同世代の友人というものがあまり居ないので、アメリへの嫉妬もまだ少しあるが単純に羨ましかった。
中等科の年から領地のこと、弟や妹に時には父親の世話まで忙しかったので友人を作っている暇もなかった。領地の学校では領主の娘ということで敬遠され、その上貴族社会には縁もなく、仕方がなかったのだ。
だからアメリは王都で出来た貴重な友人だった。アントワーヌの方は友人と言うにはおこがましいくらい、アナの方が一方的にお世話になってばかりだ。
「もうそろそろ着くぞ。アンタと一緒に現れて周りに一泡吹かせてやるか」
「そこまで驚かれるものでしょうか」
「ああ、以前アメリと騎士団の食堂で二人食事した時なんか、周りがしーんと静まり返った」
アナは初めて二人で公の場に出るため緊張していたが、ジェレミーは楽しんでいる。彼の楽しそうな様子を目にするだけでもアナは嬉しかった。
案の定、サヴァン家に着くなり二人は人々の注目を浴びた。リュックの両親、サヴァン伯爵夫妻に出迎えられ屋敷の中へ入る。今夜の主役二人に挨拶しようとすると、アメリには特に驚かれた。
「まあ! アナさん、婚約するっておっしゃっていたの、ジェレミーさまとだったの!?」
「知り合いだったのか?」
「ええ。ちょっとしたことで知り合って、アメリさんが南部にいらっしゃった時も手紙のやり取りをしておりました。お二人ともこの度はおめでとうございます。本当に良かったですわ」
「ルクレール、お前婚約だなんていつの間に! 今日同伴者連れて来るっていうからさ、アメリと一体どんな人連れてくるのか楽しみにしていたんだよ。アメリの友達とはねぇ」
(俺たち散々バカップルだなんてイジラれてるからな! やっと仕返しができるぞ!)
リュックは心の中でほくそ笑む。
「まあ、な」
しかし婚約者を紹介する時でさえジェレミーは素っ気ないのにアメリとリュックは拍子抜けした。
今夜はそれほど大勢が呼ばれているわけではなかった。サヴァン家と親しい人々にリュックの友人や同僚などである。食事の前にジェレミーとリュックは騎士仲間と歓談、アナはアメリとお喋りした。
客の中にアントワーヌを見つけたのでアメリと一緒に挨拶をしに行った。彼には色々とお礼を述べたかった。アントワーヌはアナと同じくらいの歳の男性と話しているところだった。
「あの、お話し中失礼いたします。アントワーヌさんも今日こちらへ呼ばれていたのですね」
「はい、アナさんはもしかして婚約者の方とご一緒ですか?」
「ええ」
アントワーヌと一緒にいたのはリュックの弟クリストフで、文官としてアントワーヌの先輩にあたるらしい。
「ちぇっ、可愛い子に限って売約済みなんだよなぁ……」
クリストフは肩を落としブツブツ言いながら去って行った。
「彼、兄上があまりに幸せそうだから羨ましいのだそうですよ」
「まぁ……私、先日ボルデュック領から戻ってまいりました。ステファンさんを紹介していただいて、お礼のしようもありません。とても頼りになる方ですわ。彼のお陰で色々改善されました」
「それにアナさん、以前に増してお綺麗になりました」
「ありがとうございます。婚約者の方に、私にはもったいないほどのドレスやアクセサリーを買っていただいたのです。私のいつものみすぼらしいなりで向こうの家に恥をかかせるわけには参りませんもの」
アナはそう言ったが、本当はドレスなどのお陰ではなく、苦しく切ない恋をしているアナ自身が美しくなったのだ。
「それにしても何だか想像できないわ、あまり。ジェレミーさまって貴女と一緒の時も仏頂面で時々意地悪を言ったりするの?」
「外でのルクレールさまとほぼ変わらないと思いますけど……」
「え、アナさんのお相手って……」
「そう、あのジェレミー・ルクレールさまよ!」
「ええ? あ、そうだったのですか」
アントワーヌの反応はただ驚いただけでなく、何か含みがあった。
「ね、アントワーヌ、びっくりしたでしょう? 私もついさっき知ったばかりなのよ!」
アメリまで、ニコニコと言うよりニヤニヤしている。
「へぇ、アナさんがルクレール中佐とね……」
アントワーヌは一人でうんうんと意味ありげに頷いている。そこで食事がそろそろ始まるということで皆食卓に移動することになった。
***ひとこと***
リュックの弟クリストフ君は今作でも彼女募集中です。
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