#198:美人最強

 やはりと言うか、マンマ・ピッツァ王都店の営業妨害はキャンキャンの仕業だったようだ。あの対決を境にしてピタリと止まっている。しかし、何がしたかったのか判然としない。狙いがまったく読めないのだ。それに、多重スパイとなったベアトリスに探りを入れてもらっても、今ひとつ合点がいかない情報しか集まらなかった。


 まずは私が予想したレシピの横取りだけれど、そんな事をしたらパクり商品として後ろ指を指されるだけでしかない。ヱビス商会そのものを潰すにしても、もっと楽な部門が他にある。ぼったくり行商なんて最たるものだ。一応は、事務所に直通の連絡腕輪や空間圧縮袋にロックを掛けるなどの対策を講じていても、場所が場所だから狙われたら危ういだろう。

 もう、ただただ私の邪魔をしたかったか、いつでもピザを食べられるようになりたかったとしか思えないよ。


 それでも、得たものは確かにあって、現王妃を擁する前王妃派閥は私を嫌っているようだ。正確には厳重に警戒されているというべきかな。この情報が真実であれば、私に対して下手な手出しは考え難いから、キャンキャンがこの派閥と仲良しというのは嘘っぱちだろうね。

 そして、これ、たぶん、お母さんがアレに何かやろうとしているのが原因ではないのかなと邪推してしまうのが止められない。


 そういえば、お邪魔虫と言えば盗賊団。こちらは意外とあっさり終わったみたい。

 雪が積もっていないのに馬に乗った騎士から逃げられるわけもなく、魔力不足でアシストが停止してしまい、そこに追い付かれてあえなく御用となったらしい。

 大した魔力もないのに調子に乗ったツケだね。本当にバカ集団だ。よくわかりもしない物を使うのに調べないからこうなるのだよ。


 なお、実際にカーゴちゃんと追いかけっこをした騎士から注文が入るかと期待していたら、まったく連絡が来なかった。それとなく田舎領都の知人たちに様子を聞いてみれば、団内では欲しがる声が上がったものの、騎士とは馬に乗ってなんぼだという意見が尊重され、導入案は流れてしまったらしい。

 町の兵士にしてもそこまで意欲的に働かないし、冒険者は大きな買い物を嫌う傾向にある。何というか、うまくいかないものだね。騎士や兵士なんて大口契約ができそうなのに。


 こうして、私が最近の出来事を整理しながら振り返っていると、出かけていたスチュワートが事務所に戻ってきた。


「ただいま戻りました。お嬢様が連れ帰られた彼らですが……」

「はい。どうでしたか?」

「やはり事業の実現は難しいかと。勝手ながら、系列店に案内して参りました」

「やっぱり、そうですよね。ありがとうございます。お疲れさまでした」


 ここでも軽くアイドル商法を取り入れてみようかと思ったのだけれど、扱いが難しかった。この町にはグレイスさんとクロエちゃんという二大美女がいるので、勝ち負け以前に並べない。少しかわいい程度では美人姉妹を知っている皆は見向きもしないだろうとのことだ。本格的に事を始める前に、チョコレートのお菓子屋さんなどを使ってテストしてもらった結果だよ。

 今後は貸し出し可能な看板娘のような売り子として雇うしかないかな。それとも、広報係にでも使おうかしら。彼らには冒険者もいるのだし、街道を移動できるだけの力があるものね。




 今月も迷宮農場の掃除日になったので現場に赴いた。エミリーとシャノンはさらに強くなり、そして迷宮にも慣れたことで上層に敵は残らない。そこで、海水を流し込むやり方は見直しており、中層のオアシスには秘密の農園や休憩所を作っている。

 なにせ、ここは年間を通して気温や湿度が安定しているのだ。しかも、この迷宮は全体的にほどよく暖かい。こんなもの、天然の温室――ビニールハウスとして使うしかないよね。


 ちなみに、いつだったかに持ち帰ったポマトが意外と食べられたから、オアシスで量産している。地上ではなぜか育たなかったのだ。気になるお味はというと、熱したらトマトソースで煮込んだジャガイモとそっくりだったよ。……生食は吐いた。青臭さとえぐみが強すぎて。


「エミリー、シャノン、おまたせ。エクレアはどこに――ああっ! 私のバナナ食べてる!?」

「えっ、好きに食べていいって言ってたじゃん。ほんとはダメだったの?」

「違うの、それじゃないの。そっちは特別製なの」

「あぁ、サっちゃん専用だからこんなにおいしいのかぁ。……もう一本食べよ」


 二人のおやつにと思っていたのは実らせすぎたチョコバナナ用のものだったのに、単品でも甘くてみずみずしい上に、凍らせたらバナナアイスクリームになる逸品――デザートバナナが食べられていた。

 いや、食べるのは別に構わない。勘違いだし仕方がない。しかし、どうせなら熟してからにしてほしかったよ。あと少しで本当にデザートのような甘さに化けるのに……。


「へぇ。これ、まだおいしくなるんだ」

「もう十分なくらい甘いよ?」

「フフフ……、私が本当のデザートバナナってものをお見せしましょう――」

「ぷもー!」


 私が一房のデザートバナナに加速の魔術をかけようとしたら、竜神山は飽きたらしく最近は迷宮で遊んでいるエクレアが輪に交じってきた。

 とろける甘さに仕上がったそれを皆で食べ、休憩が終われば下層に潜り、私の案内でボスに挑む。これが今のサイクルだけれど、今回も二人と一匹では勝てそうになかったので、毎度の水攻めでサックリ倒しておいた。


 いくら手っ取り早くても、最下層にまで水を運ぶにはスタッシュでの往復が必要だから結構大変なのよね。使った水の後処理も面倒なので、ここにも小型転移装置を持ってこようかな。そうすれば、片方の扉を海に沈めるだけでボスが倒せるし、事が終われば沈めた扉を引き上げるだけで水抜きも可能になる。転移装置がメイズコア付近で動くことは以前の廃坑迷宮で確認済みなので、動作に支障もないはずだ。




 寒さもやわらぎ始め、春の足音が遠くに聞こえてきそうな今日この頃。春のお祭りに向けた執務に励んでいると、ひらめいた事がある。

 業務用としてなら日に日に売り上げが伸びている中濃ソースだけれど、これは想定していた客層とは違うのだ。私がターゲットにしていた主婦が買わないのよね。トマトケチャップは割と家庭でも売れているのに謎だった。こうして困っていたら、今まさに天啓を得たのだよ。


 これはおそらく、使い方がわからないのだろう。であれば、手本となる料理を示せば勝手にアレンジし始めるはず。そこに問題があるとすれば、中濃ソースと相性がよい食品は揚げ物というところだろう。

 しかし、油は高い。一般家庭では魔力を節約するためのランプに使われるくらいでしかない。もちろん、料理でも使用されるものの、その量は本当に少ないのだ。


「かいちょ、何を思い付いたの?」

「ソースの宣伝方法だよ。うまくいけば、もっと売れるはず!」

「では、試験の場を整えて参ります。良い結果が出れば春祭りに起用されますか?」


 ソースが主体かつ揚げ物以外の料理といえばお好み焼きでしょう。それと、焼きそばも出しておこうかな。必要不可欠な麺は、スパゲッティーを重曹入りのお湯で茹でておけば問題ない。実際に、コンビニなどで売られている焼きそばパンの麺はこうして作られているはず。

 どちらもソースを味わう料理に他ならないだろう。食材はマンマ・ピッツァの保存庫や自宅に揃っているし、鉄板ならすぐに作れると思う。ただ、残念ながらタコがないので、たこ焼きは機会があればだね。




 そうして、ぼったくり料理の代表格である粉ものの王者を皆に試食してもらい、賛成多数でお祭りへの出品が決定されたころ。それに関する仕事をこなしていたら、見知らぬ中年の男女が私を訪ねてきた。


 ここから少し離れた町にある商工互助組合の代表と名乗り、見た目は汚くなく言動もまともだったので、事務所の応接室に招き入れて応対する。そして、改めて挨拶を交わして二人の話を聞いてみれば、ただのクレーム――それも、怒鳴り込みだった。


 なんでも、私が元難民にやらせている工房への苦情らしい。こんなに安くされたら自分たちの首が絞まるとか何とかで、この町の総合ギルドに文句を言いに来た。ところが、ギルドには『ヱビス商会が元凶だから』と、うちへ行くように指示されたそうだ。


 確かにごもっともな意見だとは思うけれど、正直なところ面倒くさい。今はリンコちゃんやカーゴちゃんなどの部品だけでなく、他の商会や工房の下請けもしているのだ。

 彼らの主な業務は、木を切る斧や農作業に使う鍬の柄など、専門的な知識がなくとも行えるようなもので、孤児院があればそこに割り当てられるような内容だ。しかし、さすがにこの町でも孤児が出てきてしまっているけれど、その数はまだまだ少ない。既に確立された事業だし、今更やめるわけにはいかないよ。


 もしも廃業に追い込まれたら全員をうちで雇うと約束し、お土産を持たせてお帰り願った。あちらも言うだけ言いに来たような感じだったので、特に揉めるようなこともなく素直に引き下がっていたよ。誰かさんみたいに嫌がらせもしてこないし、悪い人たちではないのだろうね。

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