#197:アイドル商法

 正々堂々とか掲げておきながらキャンキャンは邪魔ばかりしてくるから、この町で協力者を集めるのは難しいだろう。しかし、一方的にやられ続けるのはストレスが溜まるし、意趣返しとしてアイドル商法を実行したいと思っている。

 そこで、近隣の町や村に出向いて使えそうな人材を探し、何とか見つけ出して連れ帰った。


「ここからは歩いて行きましょう。盗賊団と間違われそうなんで」

「ああ、捕獲依頼が出てたよな」

「なんか、派手に暴れてるらしいわね」

「あの乗り心地と便利さなら、欲しがるのもわかる」

「たしか、何とかって商会がめっちゃ怒ってるって噂だぞ」

「そりゃあ、商売の邪魔されたら誰でも怒るっしょ? いきなり奪うとか最低よ」


 その何とか商会の会長が二台のカーゴちゃんに分乗して案内したのは、どこの工房に入ろうか迷っていた見習いくんや、転職を考えていた売り子ちゃんに、仕事中に負った怪我の療養中だった冒険者などと、職種はバラバラな五名の美男美女だ。


 この中には、今帰り着いた領都に住んでいた人も居るには居る。それも、今回の対決で店舗兼自宅を奪われたところの娘さんらしい。

 声を掛けたときは食って掛かってきたけれど、私の事情を話してキャンキャンに一矢を報いようと誘ってみたら乗ってきたのだ。ある日突然にして仕事と住居を奪われたのだから、恨みも募るってものだろうね。


 そんなこんなでお店まで連れ帰り、今はキャンキャン一味に乗っ取られている元実家を恨めしそうに見上げる同志の娘さん達は、上階に迎え入れて部屋を宛がった。

 私たちの人数ではまだ空き部屋があるので、ひとまずはそこで過ごしてもらうつもりだよ。宿屋さんに行っても、ここで働いていることがバレたら追い出されるだろうしね。


「さて、明日からいろいろと覚えてもらうので、今日はゆっくり過ごしてください」

「あ、えっと、店長……って呼べばいいの?」

「店長でも会長でもマドモアゼルでも何でもいいですよ。でも、女神だけはやめてくださいね」

「女神って……。そんなことより、誰も協力してくれないってやつなんだけど」

「うん。なんか急にダメになったんですよね。どうせ裏であの人が動いてるせいだろうけど」

「こっちから頼んでみようか? たぶん、知り合いの職人とかなら話聞いてくれると思う」


 私がこの娘さんを連れ帰った理由はもうおわかりですね。元住人な上に中央通りのド真ん中でお店を持てるほどなのだ。そこの娘でも何かの繋がりを持っていると予想した。だからこそ、出会って早々の喧嘩腰でも手に入れておきたかったのだ。もちろん、美人でもあるしね。



 翌日からは、男性三人のトリオと女性二人のデュオに別れ、それぞれがアイドルとして振る舞えるように私が直々に特訓していく。それと並行して、同志の娘さんには知り合いだという職人さん達を辿りに辿ってもらい、ガラス工房に仕事を依頼できるよう話を付けてくれた。


 今から焼き物なんて間に合わない。ガラス製品は高く付くけれど、アイドル商法を取るなら問題ないだろう。それに、多少割れやすくても疑問を抱かれないだろうし、そもそも高級品だ。濁りのないガラス窓なんてものは、お金持ちでもなければ手を出せない。よくて薬剤が入っているような色付きの瓶くらいしか一般庶民に馴染みがないよ。


 今回は色付きガラスのコップにする予定で、職人さんに補助されつつアイドル候補生が作るのだ。炉に入れる火から彼らの魔術を使うので、ファンアイテムとしては垂涎の一品でしょう。あとは、お客さんにどれだけ媚びを売れるようになれるかが勝負所だね。


「はい、そこで萌え・萌え・きゅんっ!」

「……それ、本当にしないとダメなの? 何回説明してもらっても意味わかんないんだけど」

「私だってよくわからないよ。これはこういうものって割り切って」

「ぷふっ……いいじゃん。かわいい、かわいい」

「はい、そこの暇な男子。ちゃんと練習してるの? サボってたらお給料出さないよ!」

「大丈夫だって。もう完璧だから。それよりもコップ作るほうが疲れる」

「じゃあ、休憩入れたら他の商品説明も覚えてね。男女で担当違うから注意して」


 こうやって、日中はひたすらコップを作り、夕方からはアイドルの特訓に励み、夜になれば受け持つ商品に対する知識や売り方などを学んでもらっている。私も対決中のお店があるから指導に集中できず、時々様子を見るくらいが限界だった。




 冬のお祭りに滑り込むほどのギリギリさで支度が調い、今ではアイドルとなった彼ら彼女らが店頭に立って、列を成すお客さんの対応に追われている。

 目玉商品となるガラスコップの売れ行きは好調だ。素材の都合や制作者が付け焼き刃なことも重なって、本当に脆いから同じ日に買い直す人も珍しくない。


「ごごごめん、また割っチャぁ。同じのください……デュふッ」

「もう、ダメじゃないですかぁ~。怪我してませんか? 今度は大事にしてくださいね!」

「今はこっちで働いてんですね。いきなりいなくなるから本当にもう心配で心配で探しに――」

「ありがとうございます。こちらがご注文の商品です。次の方どうぞ」

「――おい、いつまで喋ってんだよ。さっさと退けよ。買えねえだろ!」


 女性デュオの列ではお客さん同士での諍いが頻繁に起こる。いつまでも話していて離れない人が出てくるからだ。剥がし係員なんて雇っていないので、こうなった場合は無視して商売を続行するように言ってあるよ。そうすると、なぜかお客さんの中で揉め事が解決されるのだ。

 不思議なことだけれど、意外にも聞き分けのいい人が多いみたい。


「割れちゃったから全色ください! 水も全部に入れて!」

「ダメじゃないか。破片は危ないから気を付けるんだよ? でも、また来てくれて嬉しい」

「ねぇねぇ、さっきの人、別に割ってなかったよ?」

「在庫ならまだあるから安心しろ。それより、これを買わないか? うまいぞ」

「あ、ちょっと、割り込まないでよ! 水が零れたらどうすんのよ!?」


 男性トリオのほうでもお客さん同士の諍いが多発中だ。しかも、こちらはそのままの勢いでキャットファイトに発展することもあり、コップの売り上げが伸びている。それは嬉しいのだけれど、やるなら列から離れてほしい。周囲の人もこっそりと参戦しているから。


 それと、男性トリオが担当する商品――シロップ入りの濃厚ミルクとヨーグルトのセーキもよく売れる。冬場だと牛乳が手に入らないからだろうか。やはり食欲を刺激するのは正解だね。

 そして、女性デュオが担当する商品――ほんのりチーズと濃厚ミルクのソフトキャンディも負けていない。この世界特有の食材を使い、グミのような食感に仕上がった飴玉だ。チーズはおいしくて栄養も高いから、どこでも人気なのだろう。


 これらとは別で、パイナップルアップルパイが一般人にヒットした。これは元から冬祭りで出そうと思っていたものだ。名前には入れていないけれど、隠し味にベリー系も混ぜてあるよ。そのアクセントがとてもおいしい。




 冬のお祭りが過ぎると後半戦に突入し、圧倒的大差を付けて私のお店が勝利した。

 最初のうちはサクラの行商人にお金を渡して買わせていたので、マッチポンプ過ぎて嬉しくないというか、正直恥ずかしい。それもすぐに邪魔されたけれど、後半からは協力者となった人たちが連日にわたって来てくれていた。


 橋が直って以後はキャンキャンに与さなかった商店から仕入れていたし、この領地に幾ばくかの富をもたらしたと言えるかも。勝負には勝っても試合に負けた気分。……一応、真っ黒の黒字だけれど。ベアトリスのお腹くらいに。


 こうして、貴族令嬢の戯れは幕を下ろした。キャンキャンは悔しがっていたけれど、住人の前で宣言していたから反故にはできないのだろう。ここで勝者の権利を主張しても逆恨みとかで面倒そうだし、何も希望しないでおいた。それとなく近付かないでと言ったくらいかな。

 ところが、あちらも引くに引けないようで、稼いだ売上金をすべて置いて帰っていった。


 捨てるくらいなら貰うけれど、お店を奪われて路頭に迷っていた人がいるのだ。このお金はその人たちに渡しておいたよ。……え、偽善? まさか。これが原因で問題でも起こったほうが損をしそうだからに決まっているでしょう。もちろん、私が稼いだ分はすべて持ち帰ります。元手もかかっているから当然だよ。


「皆さん、長い間お疲れさまでした! ……さて、私たちも帰ろうか」

「お姉さまがこちらで雇われた者も連れ帰るのですか?」

「うん、そういう契約もしてたからね。あと、使ったお店は私が買い取ることになってるよ。工事してマンマ・ピッツァかマンマ・バーガーにする予定」

「あら、送りの馬車が見当たりませんわ。キャンディスさまは帰られましたのに……」


 そう。キャンキャン達は怒って帰ったから馬車がない。審査員もとっくに姿を消している。スタッシュには人集めで使ったカーゴちゃんが残っていたからいいものの、せめて最後くらいはサービスしてほしいよね。

 仕方がないので、皆でヒャッハーしながらケルシーの町に向かったよ。

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