#189:捨てちゃうんですか?
通常業務の傍らに、エミリーとシャノンの遊び場となっている迷宮農場は月に一度の割合で掃除をしている。迷宮内の魔物がほどよく育つように加速させていると、ひと月も経てば二人では対処が困難になるからだ。そこで、私が赴いてヘンテコテコリンと一掃するわけだね。
その間は、うっかりと巻き込まれないように帰還してもらい、家に帰るか楽器の練習小屋で待機してくれているよ。二人には日付表示機能付きの懐中時計を一つずつ渡してあるし、私が知らせに行かずとも自力で帰ってくる。
「お待たせ、サラ。今日の曲は、なんかかわいらしいわね」
「ふぅ。今日も大漁、大漁。妖精が踊ってる感じの曲かな」
「おかえり~。いつもの机にジュースとか用意してあるよ」
今日は仕事が速く片付いたので、二人を待つ間にヴァイオリンの練習をしていた。せっかく覚えたのだから各種楽器は今でも続けているよ。その練習曲はチャイコフスキーのバレエ組曲くるみ割り人形から、
そして、二人と入れ替わりで私が迷宮に入り、色褪せた世界の中で綺麗サッパリ掃除した。毎度のことだけれど、迷宮農場はヤバいほどに稼げる。エミリーとシャノンからも魔石などを買い取っているので、実のところ在庫が飽和状態だ。ヱビス商会と仲の良いお店へ安く卸しても余っているくらいに。そのせいか、他の町より安く買えるからと行商人も増えている。
ケルシーの町から領都までのアンテナ設備が開通してからは、作業員がそのまま王都方面に合流したので、そろそろあちら側のアンテナも敷設工事が終わるはず。
ここから王都への最短ルートは竜神山沿いの道なのに、よく出向に同意してくれたと思う。
エドガー組の用心棒が護衛に付いているとしても作業員には危険な領域だ。ただでさえ魔物が生み出されるトラップ付きの機材を扱うのに、竜神山に生息する少し強めの魔物に怯えながらの作業となってしまう。
いったい、エドガーさんは何を考えているのやら。私が王都方面に向かわせたわけではないので、これは彼が出した指示としか思えない。支店間を跨ぐ預貯金の引き出しや、決済カードの普及についての確認もあるし、エドガーさんに連絡を取ってみた。
すると、近々時間を取ってくれるそうなので、当日は手土産を持ってエドガー邸を訪ねる。
「こんにちは。先日はパンやお菓子の件でお世話になりました」
「ああ、構わんぞ。これからの稼ぎを思えば、あれくらいの手間なら気にせんでいい」
こんなことを言っているけれど、買収話を持ち込んだら面倒くさそうな顔を隠さなかった。銀行の設立で王都中を動いているから仕方ないのだとしても、この変わりようは腑に落ちない。何か隠してやいないかと世間話をしながら様子を窺ってみれば、口髭にお砂糖の後があった。……ドーナツ食べたな、このお爺ちゃん。
「どうした。俺の顔に何か付いてるか?」
「あ、いえ。……ところで、アンテナの敷設作業はかなり順調なようですね」
「そうだな。もう暫く経てば街道側は終わるだろう。その分、町中は難儀するが……」
「その事なんですけど、ちょっと作業員の労働環境がきつくないですか?」
まだ苦情は何も届いていないけれど、アンテナに仕込んだフロアコアから魔物が生まれるという現象は作業員に知られている。後になってからそれをネタに強請られたら厄介だ。せめて、労働環境は改善して悪印象を抱かれないようにしておきたい。
「きつい? 奴らに気を遣う必要なんかないぞ。あれは強制労働所から身請けしてきたからな。作業が終われば処分する」
「処分って……」
「何を言っとるんだ。仕組みが知れ渡ればまずいだろう?」
「それはそうですけど……う~ん……」
私の憂いを見たエドガーさんから『割り切れ』と言われた。しかし、私が気にしているのはそれではない。処分すべき人間は確かに存在する。青臭いきれい事なんて言う気になれない。ただ、せっかく使い潰せる労働力なら、他でも活用すべきだと思っただけだ。
「その人たちを捨てるなら私に譲ってもらえませんか? もちろん、代金はお支払いします」
「構わんが……何をする気だ?」
「捨てても惜しくない人がいるなら使おうと思っただけですよ」
「今はうちの者が近くにいるから言うことを聞いているだけだろうが……まぁ、好きにしろ。負けておいてやる。質の保証はせんからな」
これで将来的に水夫として使う人材を確保した。最低でも竜神山付近で仕事をできるだけの胆力は持っているから、船上生活でも堪えられるでしょう。わざわざ奴隷市場まで買いにいく手間が省けて助かったよ。能力の見極めなんてできないし、それを誰かに任せるための経費も抑えられて一石二鳥だね。
それからは、町中というか、銀行の屋根に建てるアンテナの擬態デザインについて話したり、決済カードを使った支払い方法をさらに広げるアイデアを考えたりして時が経つ。
そして、話にある程度の目処が付くと、エドガーさんが思い出したように話題を変えてくる。
「ここのところ、随分と調子がいいようだな。ヱビスのピザ屋が番付に入っていたぞ」
「そうなんですか? だからかぁ……」
特に珍しくもない話だけれど、人気の商店に順位を付けて喧伝する――という催しが一部で行われている。
それがいつから始まったのか定かでなく、誰が発行しているのかも不明な上に、多少の偏りはあるものの、大きな不満もないらしい。そこには詳しい感想が書かれていることと、羊皮紙が貼り付けられているので、暇な貴族の仕業だと噂されているよ。
そのランキングに我がヱビス商会のマンマ・ピッツァの名前が載っていたそうだ。しかし、その影響なのか王都店は営業妨害が発生し始めた。以前の悪い噂では逆に利益となったけれど、今回は少々面倒なもので頭を悩ませている。
お店では配達以外に予約も請け負っているので、注文だけして受け取りに来ないという迷惑きわまりない行為が多発していた。
先に代金を請求しても、ぐずぐずと不平や不満を口にするだけで接客の邪魔となり、渋々と受け入れたら不良在庫が築かれる。どちらを選ぼうとも損害でしかなく、今のところは従業員のお腹に収まってはいるものの、さすがに押し売りするわけにもいかなくて困っているよ。
今後はマンマ・ピッツァでもピザ一切れのサービスを取り入れるので、ドーナツの時と同様に寄ってきた兵士が抑止力となってほしい。
そろそろお暇しようとしたら、エドガーさんが新型カーゴちゃんの話を振ってきた。大抵の場合は自分か相手の去り際に本題を持ってくることが多く、彼も例に漏れないようだ。
その内容は『買収の時は協力しただろう?』という遠回しの催促だったから、気前よく一台プレゼントする約束を交わしたよ。そうしたら『銀行が繋がれば息子たちの移動も大変になるだろうな』とか言い出すので、こちらは割引券で手を打ってもらった。
何というか、迂闊にこの人を頼ると後が大変だね。馬いらずなのに馬車と変わらない速度で移動できる新型カーゴちゃんを欲しがるのはわかるけれど、手痛い出費だったよ。これからの対応はできる限りスチュワートに任せておこう。
地元に帰った翌日からは、ヱビス商会の営業所を王都にも作っておく仕事をこなしていると、ケルシーの町と領都、そして王都までを繋ぐ通信アンテナがすべて開通した。
これにより、エドガー銀行の王都支部が堂々オープンすることになる。私はその記念式典にお呼ばれしているので、ベアトリスのチェックを受けて豪華なドレスに着替え、ヴァレリアも護衛に連れて王都へと旅立った。
そして、内通り沿いの一画であり、貴族街門のド真ん前に聳え立つエドガー銀行王都店――正確には王都中央店に到着すると、この町で商売を営む商会主たちの姿が目に入る。その人波を避けてエドガーさんに挨拶した後は、ルーシーさんと小声でお喋りしながら式典を見守った。
どうせ催し物をするならお祭りに合わせたらいいと思われそうだけれど、既に王都の商人には話を広めてある。当日に銀行が混み合うことを懸念してオープンを遅らせたのだよ。
それにしても、王都店の豪華さはケルシーの町本店に比べて拍車が掛かっている。しかも、この土地はエドガーさんがかなり安く買い叩いたらしい。あまり詳しく聞かないほうがよい類の話なのかもしれない。
なお、王都は街の規模が規模なので、平民向けに東西南北の門前に四箇所、貴族街にも左右で二箇所、それに中央のここを入れた計七店舗だよ。本物のお金持ちって資金力がすごいね。まさに桁違いってやつで寒気がする。
そんな銀行の入口前には、エドガーさんがどこからか連れてきたガードマンも立っている。これは利用者に対して安心感を与えるための措置らしい。これで入りにくいと思うようなら、碌な奴ではないのだとか。
もちろん、これは各店舗でも既に導入しているので、明らかにおかしな人は近寄ってこない。ただ、人相の悪いお金持ちは割と多いから、安心できるかどうかは人次第かも。
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