#188:ドライブデート

 魔力アシストエンジンは複数の魔道具工房にて共同開発されたものらしく、既に試運転まで終えていて完成状態に近いそうだ。あとは、第二自転車工房や、それを取り締まるヱビス商会から承認されるだけでよいみたい。


 ここまで自力で辿り着いているのにそれを勝手に売らないあたりは、よくできた人たちなのでしょう。もしかしたら、リアカーのアタッチメントを勝手に作って無断で売っていた商会の末路を知っているのかも。


 正直なところ、私は詳しい事情を知らないままに事が終わっていた。スチュワートが『例のリアカーに関わっていた商会ですが、こちらで処分致しました』としか教えてくれなくてね。自然と耳に入ってくる噂ですら曖昧で、すべての話に共通していたのはエドガー銀行の用心棒が大勢集まっていた事くらいだ。……商会の人たち、生きているのかな?


 そんな終わった話よりも、今日は魔道具職人さん達が集まって開く説明会に参加しなければならない。いつもならスチュワートに任せるところだけれど、あまり頼りすぎもよくないから私が出向いているよ。


「――という点からして、労力が大幅に軽減され、尚かつ速度も向上すると試算した。実際に我々が行った実験では、総合的に見て現在の魔動車を上回る結果が出ている」

「元々は魔動車に使われていた動力部を改造したものなんですよね」

「そのとおり。今以上の力を出すことは可能でも、機関自体が重くなりすぎたのだ。この四輪自転車であれば少ない魔力でも補助として役立つだろう。それと、これは検証用に使ってくれ」

「大きさも問題ないですし、こちらで実地テストをしてみます」


 簡単にいうと、燃費問題が解決できなかったから、もっと軽い物を動かす方向にシフトしたようだね。いくら性能を上げても巨大化しては意味が薄くなる。それを乗せて走る限りは重量という足枷が付きまとってしまうよ。魔術が存在する世界であろうとも、小型で軽量な高性能エンジンなんてそう簡単には作れやしないみたいだね。


 私は先ほどの説明で十分だから、詳しい話は自転車工房の工房長に任せ、共に参加していた他の職人さん達と連れ立ってこの場を後にした。そして、検証用として渡された魔力アシストエンジンを試すべく、これを彼らに預けて私は事務所へと戻る。




 説明会の翌日。カーゴちゃんへの取り付けを任せておいたら、昨日の今日で作業が完了したらしい。さらに最低限の走行テストも済ませてあるそうで、その知らせを受けたスチュワートが試乗の支度を進めてくれている。


「お嬢様、試運転の手筈が整いました。念のためにこちらの兜をお被り下さい」

「ありがとうございます。では、確認がてらにドライブと洒落込みますか。ミランダも来る?」

「はい、行きます。楽しそう!」


 もう一つヘルメットを用意してもらい、私のヘンテコ魔術で強化も施しておく。これを被る義務はないけれど、最近かわいさが増してきて美人姉妹級の成長を見せているミランダの顔に傷でも付いたら一大事でしょう。

 なお、事務所を無人にはできないのでスチュワートは留守番だ。休憩時間にしてほしい。


 四輪のカーゴちゃんは二輪のリンコちゃんよりも車幅があるので、町の中を走れない。町の外に用意されていたそれに近付くと、第二自転車工房の工房長と昨日の魔道具職人さんがいて操縦法を説明してくれた。


「バスタクシー用のカーゴちゃんなんですね。使い方も覚えました」

「会長さんが本気で魔力入れたらぶっ壊れちまうだろうから、気を付けてくれよ?」

「わかってますよ。じゃあ、ミランダ。出発しようか」

「はい。後でわたしも運転してみたいです」


 工房長ともなれば私の力を多少は知っているようだね。その発言を聞いた魔道具職人さんは『そんな簡単に壊れはせぬ』と言うけれど、用心するに越したことはないでしょう。プレゼンテーションに来た人の前で爆発なんて起こせば気まずい空気になりそうだ。きっと、許容量を上げる改良に踏み出して、製品化が遅れそうな予感もする。


 早速、エンジン部分に組み込まれている蓄魔石に爆発しないよう魔力を注ぎ込み、説明してくれた人たちに別れを告げて、ミランダとのドライブに出発した。

 ゆっくりとペダルを踏み進めていると、早くも違いがわかってきた気がする。以前のカーゴちゃんと比べたら驚くほどにペダルが軽いのだ。それこそ、リンコちゃんよりも楽々と進めるくらいで、魔力エンジンのアシストがバッチリと効いている。


 これならミランダでも大丈夫そうなので、竜神山の麓あたりまで私が運転してから交代した。さすがに座席は大きいようだけれど、ペダルを回せばカーゴちゃんは進む。そうして、暫くはミランダの後ろ姿と景色の移り変わりを楽しんでいたら、急に速度が落ち始めて停止した。


「どうしたの? 膝でも打った?」

「重いぃぃ……」


 どうやら蓄魔石の魔力が尽きたようで、エンジンが動いていないと余計に重いらしい。私と交代して漕いでみても何とか動かせる程度でしかなく、取り付け前よりも遅くなっている。

 結局は、魔力回復促進剤の支給を続けるしかなさそうだね。よほどのことがなければ魔力の枯渇はないと思うけれど、もしもに備えて車体に搭載しておこうかな。自給可能なフロアコアを組み込もうにも、魔物の卵をばらまきながら走るとか迷惑すぎるし。


 というわけで、立ち往生したから魔力の充填をしていたら、笑顔を浮かべて『お姉さま~!』と叫ぶヴァレリアが駆け寄ってきた。


「お出かけになるなら、わたくしをお呼びになってください!」

「新商品のテスト中だよ。ヴァレリアも巡回中じゃないの?」

「はい、これから帰るところでした。こちらのカーゴバイクはわたくしが操縦いたしますので、お姉さまは後ろの座席へお乗りになってください」

「え、まだ魔力の充填中――」


 後部座席へと押しやられるようにして腰を下ろすと、運転席に入ったヴァレリアが勢いよくペダルを踏みしめた。すると、自転車らしからぬ速度でカーゴちゃんが走りだし、ハンドルを握るヴァレリアは速度を維持したままケルシーの町まで帰り着いた。

 ざっくりとした計算だと途中で魔力が切れるはずなのに、ヴァレリアは最後まで涼しい顔をしていたよ。途中で身体強化を使っていたみたいだから、いいところを見せたかったのかも。


 試運転は滞りなく終わり、魔力アシストエンジンはすぐさま製品化の工程に入った。魔力が思ったよりも早くなくなったのは検証用の機材だからで、本仕様だと蓄魔石の容量はしっかりと確保されているそうだ。そして、早くも卸先を希望する商会から営業もきたので、販売額は一台三千から五千エキューってところで協議中だよ。


 これはヱビス商会で製品を仕入れて販売するから儲けは少ないけれど、最初から組み込まれている新型カーゴちゃんを春のお祭りで発表する。庶民向けにパフで増量されたチョコレート菓子の量産も順調だし、当日になるのが楽しみだ。




 そうして私が一九歳となる春分の日は、ヱビス商会四周年イベントに絡めて魔力アシスト型カーゴちゃんを大々的に宣伝する。既存のものにも取り付けが可能なので、早期申し込みには割引キャンペーンも用意しておいたよ。


 それと、ドーナツ一個とコーヒー一杯が無料の効果か、兵士の態度が目に見えてよくなった。周囲に威圧的なのは変わらないけれど、私とその関係者には愛想がいい。見回りには毎日必ず来るので、柄の悪い連中はヱビス商会の関連店舗に寄りつかなくなったようだ。

 街道で襲っても決済カードからお金を引き出さねばならないため、どうしても町に来るしかない。その手の輩が入りにくくなっているようで、治安が向上してきたみたい。


 この成果が領主の耳にも入ったようで、町の予算が運ばれてきたついでに労いの伝言を受け取ったよ。ケルシーの町と領都を繋ぐ行商がとても楽になったらしい。これは是非とも王都でもやっておきたいね。


「王都でも買収可能なパン屋さんとお菓子屋さんを探してきますね。あとをお願いします」

「畏まりました。エドガーさまにご助力いただいてはいかがでしょう」


 確かにそのほうが楽そうだね。銀行の建設や調整などで忙しいワイルドお爺ちゃんと連絡を取って、手が出せそうな店舗を見繕ってもらう。

 ところが、他で買収した噂を聞いていたのか、それともよくある話なのか、店主が買収額をふっかけてきた。もちろん、ここで折れるつもりはないからエドガー組の人たちに後の処理を任せ、マンマ・ピッツァ周辺で探していたら一店舗目よりも安く買収できたよ。


 最初の頃は仲が険悪だったのに、毎日バンズを買っていたのが良かったのかな。ひつじパンやドーナツなどの製造販売はパン屋さんとお菓子屋さんに委託するつもりだし、兵士の態度がましになる――という効果も大きそうだね。


 そうやって王都で仕事を済ませて帰宅すると、二年がかりでパイプオルガンが完成していた。さすがに巨大な楽器なので他と比べて随分かかったのも仕方がない。その音量もすごいことになっていて、誰かが行った悪戯演奏に周辺住民が怒鳴り込んでいたらしい。

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