#187:もふもふ***パン

 まずはケルシーの町と領都までを繋ぐべく、作業員によって通信アンテナが建てられていく。使われた素材の影響で魔物が生み出されることから、街道とは距離を置いたところに等間隔で設置されたこのアンテナ。計算上はそこそこ離れていても問題はないみたいだ。そのおかげで設置場所には割と自由が利いて、予定していたよりも幾分早く開通しそう。

 さすがはフロアコアだね。砕けた粉ですらも高値で取り引きされているだけはあるよ。この調子で王都方面も頼んでおいた。


 それとは別で、無駄に……いや、大量に溜まった魔石の処分に困っている。迷宮農場からは本当に予想以上の魔石がとれたのだ。こんなものをまとめて売りに出しでもすれば、魔石相場はたちまち値崩れの危機にまみえるでしょう。

 しかし、ヱビス商会には魔石の専門店がある。この町での流通経路を掴んでおいて助かったかも。新人冒険者からぼったくる計画は失敗に終わったけれど、経営を続けておいてよかったよ。それでも処分に困っているのは事実で、嬉しい悲鳴というわけさ。


「かいちょ、なんか楽しそう」

「そりゃね。これだけ順調なら笑顔になるって――あ、おかえりなさい、スチュワート」

「ただいま戻りました。買収の件ですが、先方は首を縦に振りました」

「お疲れさまです。もっと難航するかと思ってましたよ。さすがの手腕ですね」


 もちろん、迷宮農場の収穫物はこれらだけではない。甘い香りが漂う蟻蜂の体液を蒸留して煮詰めると、お砂糖らしきものが出来上がった。一匹あたりで角砂糖一個分足らずだけれど、お砂糖みたいな甘い粉になったのだよ。

 これはもう、世紀の大発見だと思う。チョコレートの菓子職人と知り合いの食品工房に加工を頼んでおいたら、こうして驚きの結果を見せてくれてね。


 ところが、そこの工房が悪巧みして危うく利益を掠め取られるところだった。私に断りなくお砂糖の横流しを計画していたのだ。そんな時にチョコレートの菓子職人から密告があって、即座に情報規制して事なきを得たよ。

 その後、そこの工房と従業員をヱビス商会で囲い込んだのは言うまでもない。僅かな量でも高値で取引されるお砂糖を、安価に入手できる情報が漏れでもしたら大変だもの。


 そうして隠れた騒動はあったものの、今となってはお砂糖の余裕は甚大なものとなった……のだけれど、一度に出せば魔石と同じく値下がりは必至だろう。この蟻蜂以外にもオアシスには蜜を出す魔木もいるので、手始めにどちらも使えるパンケーキを売り出してみた。


 しかし、ここでも製パンギルドと一悶着が起こってしまった。表立った妨害はないけれど、ネチネチと嫌味を言ってくるのだ。バターと卵を使えばパンだってお菓子になると言い張ったのがいけなかったのかな。この状態が続くと疲れるから、グレイスさんとクロエちゃんの力を借りつつ、スチュワートが主導でパン屋さんを買収したよ。新規開業は難しいからね。


 人口の増加に伴ってパン屋さん自体も増えているので、製パンギルドの買収は無理だった。その代わり、スチュワートの尽力で最も古参のパン屋さんを手中に収めてある。

 そこで販売するためのパンケーキや新商品も考えていたら、事務所に美人姉妹がやってきた。


「お仕事中に失礼いたします。パンケーキについてご相談があるのですけれど……」

「急にごめんね。早めのほうがいいかなぁと思って」

「はい、構いませんよ。スチュワート、お二人にシロップたっぷりのパンケーキを」

「畏まりました。ホイップクリームもお付けしては?」

「いいですね。もちろん、スチュワートとミランダの分も忘れないでください」

「おぉ、かいちょが太っ腹。ふわふわパンケーキ!」


 わざわざここまで来るなんて、家では話しづらい内容なのかな。あまり仕事を持ち帰らないようにしているので、二人も口に出しにくかったのかもしれないね。

 スチュワートが買いに行ってくれている間に、ゆっくりと話を聞いてみよう。


「ありがとう存じます。わたくしども空飛ぶひよこ亭でもパンケーキを扱いたいと思いまして、本日はお邪魔させていただきました」

「できれば、うちでも作りたいな~って。パンだけどパンじゃないもんね!」

「そうです。パンですがパンではありません。お菓子でもないんです。だから大丈夫ですよ」


 いつものようにパン屋さんで焼いてから空飛ぶひよこ亭まで運んでいたら、時間がかかるし冷めてしまう。そのパン屋さんこそがヱビス商会で買収した店舗なので、焼き立てを提供する許可を求めに来てくれたのだろう。


 今までたくさんお世話になっているのだから、遠慮なんていらないのにね。製菓ギルドにはチョコレートで貢献しているし、パン屋さんを手に入れたことで製パンギルドはもう怖くない。私でもこうなのだから、空飛ぶひよこ亭と羊飼いの隠れ家亭からの人脈を使えば、苦情なんて黙殺できそうな気がするよ。力のある人ほどルールを遵守するという説は本当の事みたいだね。……その力ある人がルールを作る側だという話は別として。




 空飛ぶひよこ亭には二つ返事で承諾の意を示し、その後も仕事に戻って新商品を思案する。そして、その新商品――もふもふメロンパンを売りに出そうと試作したのだけれど、試食した皆には不評みたい。


「どう見てもメロンじゃないわよ、これ。もっと、まぁるくさせなきゃ」

「メロンの味も匂いもしない。しても甘いキュウリ味のパンとか嫌だけど」

「何でもよろしいではございませんか。お姉さまがご考案なされたものですよ」

「妙に手がべとつき――あっ、衣が剥がれてしまいました。申し訳ございません」

「……チョコチップとかカスタード入りもあるんだけど、なんだかダメみたいだね」

「かいちょ、甘くておいしいよ? 外側だけもっとほしいです」


 味自体には何ら問題ないどころか、揃っておいしいとのことだ。ただ、名称が受け入れられないだけなようで、ひつじパンと名を改めて売り出すことに決定した。……中にイチゴジャムでも入れてやろうかしら。


 それと、もう一つの新商品――ドーナツも販売する。こちらは穴が云々と言われる前に、皆はドーナツの虜になっていた。今試食してもらっているのはありふれたオールドタイプのものなのに、メロンパンとは違って文句も言わずに完食されたよ。


 なお、クルーラー系の再現は難しかった。あのふわサク感は真似できそうにない。形だけはそっくりに近づけたのに……。

 その分、クリスピータイプが驚くほど好評で、冬祭りに発売して以降は人気が集中した。


「おう、今日も一個頼むわ」

「おいおい、ちゃんとお願いしますって言えよ。ここの会長を怒らせたら貰えなくなるだろ?」

「あ、あぁ、そうだな。買うと高いもんな……」

「もうこれのために働いてるようなもんだろ。ちぃと甘すぎるのが困るところでもあるんだが」


 ドーナツと言えばおまわりさん。見回りの兵士には一人につき一日一個まで無償で提供している。その効果なのか態度も改まってきたし、希望があればコーヒーも一杯だけサービスしてやろうではないか。宣伝ではないから焙煎しすぎた処分品を使うけれど。


 そして、私の本命ともいえるチョコレートも安く作れるようになるだろう。しかし、今度はカカオが不足するかも――という報告が届いており、結局は生産量に大きな違いが出ていない。それでも、チョコレートに対する富裕層からの需要は極めて高く、庶民の期待に応えるための価格改定を行うには、コーンパフなどで内容量を嵩増しするしかないでしょう。……カカオの仕入れは年に二回だから、回避のしようがないのだよ。


 今はこれで誤魔化せていても、早めにその点を改善すべく、貿易船の購入を検討している。一応は買う方向で話を進めていて、業者はルーシーさんからの紹介だよ。新商品を披露する際に相談したら、いろいろと教えてくれたのだ。


 たとえば、水夫は犯罪奴隷を使うのがおすすめらしい。安いということもあるけれど、海の上では逃げ場がないから働くしかないそうだ。発着時には現地で警戒されているので逃げ出すことも難しく、使い終わったら『海にお捨てくださいませ』とか怖いことも言っていた。


 それと、カーゴちゃんの存在を知った複数の魔道具工房から、シャノンの祖父を通じて事業提携の打診があった。既に販売中の魔動車がどうにも行き詰まっているらしく、カーゴちゃん用に調整された魔力アシストエンジンを私に買い取ってほしいとのことだ。


 きっと、バスタクシーの運転手が苦労しているという話が耳に入ったのだろう。タイミングが良すぎるし、彼らの誰かがお客さんとして利用されたのかもしれない。それならば、ヱビス商会で仕入れる意思があることを伝えてみると、後日に説明会を開いてくれるそうだ。


 これでバスタクシーの速度が遅すぎる事と、山道しんどすぎ問題に解決の兆しが見えてきたかもね。支給している魔力回復促進剤の経費もバカにならないし、私からしてもありがたい話だったよ。ついでに二輪タイプにも頼んでおいたけれど、エンジンの小型化はかなり難しくてこちらは望み薄かも。

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