#185:慌ただしく新事業

 早くも道が開通して驚いたけれど、それの確認に赴いてみれば、ただ倒木などを取り除いただけで砂利すら敷かれていない非常に簡素なものだった。これを整備と呼んでよいのだろうか。行商から帰ってきた孤児たち曰く、口を揃えて『ないよりはましじゃね?』とのことだ。


 私は計画にノータッチだったし、一応は僅かな金額を支援した程度でしかない。それで文句を言えたものではないとしても、これはお粗末すぎるのではないかしら。

 見方を変えれば、冒険者からの要望に応えつつも現状を維持したと言えなくもないのかな。


 つい先日、四輪カーゴバイクの試作機が仕上がっているし、これの投入に打って付けと判断できなくもないような……。こんなに半端な工事なら、前のほうが利益を独占できそうだったから何もしなくてよかったのに。

 しかし、道は通ってしまったのだ。ここで出さなければ、売り込む機会を逸してしまう。


「スチュワート、ちょっといいですか? 急なんですけど、例の事業を秋から始められるように調整しておいてください」

「畏まりました。まだ定員に達していませんが、開業可能なだけの人員は揃っております」

「さすがですね。それじゃあ、ミランダ。第二自転車工房まで行って連絡してきてくれる? 社用車使っていいからね。あと、暑いから帽子も忘れずに!」

「はい。いってきます」


 前もって行商で使わせておき、その便利さを理解させてから発売するつもりだったけれど、現状ではそうも言っていられないので計画を前倒しするしかない。優秀な執事のおかげでそれも可能みたいだし、試作機での走行テストなどを早めに行ってもらうのだ。


 ちなみに、うちの社用車は前方二輪で後方一輪の三輪カーゴバイクだよ。私には移動の魔術があるし、スチュワートはヱビス商会用のゴンドラを操舵できても、まだ子供のミランダでは体格的に難しかった。しかし、今日のような業務連絡は避けられない。

 そこで、あまり広くない路地だから急ブレーキを掛けた時に転倒して水路に落ちないよう、二輪よりも安定性のある三輪車を導入したのだ。あれこれと試作している最中に私が思い付き、失敗作や端材を使って第一自転車工房に用意してもらったよ。


 そんな社用車に跨がってキコキコと漕いでいくミランダを見送り、私は事務作業に戻る。

 困ったことに、もう秋のお祭りが迫っているのよ。それなのに、すぐにでも量産体制に持ち込まなければ、四輪カーゴバイクの発表は間に合わないことが悩みどころだった。

 それと並行して、まだ完成していない商品の宣伝方法を考えるという非常に面倒くさいこともしなければならない。頭にエネルギーを送り込むためにも、チョコレートの消費が増えるのは仕方のないことだよ……ね?




 あの後、ミランダが色よい返事を持ち帰ってきたので、その翌日には第二自転車工房へ視察に向かった。第二と付いているのはリンコちゃんの工房とは別物だからで、町の外周を流れる太い水路沿いにあるところだよ。


「こんにちは~。進捗具合はどうですか?」

「お、会長さんか。今んとこは問題ないぞ。さっきまではカーラの嬢ちゃんもいたんだがな」

「そうなんですか。昼休みに来てくれてたんですね」

「連絡受けた昨日の今日だからな。自分で設計したもんだし、気になったんだろ」


 以前から二輪のリンコちゃんに関わり、オフロードタイプを製作するに当たっては率先して作業を進めてくれたことで、ここの工房長に抜擢した元木工職人さんに話を聞いていく。

 その間にも、四輪のカーゴバイクはローラーの上に置いて室内走行テストが為されている。


 これの性質上、四輪のカーゴバイクもオフロードタイヤを履かせていて、四つのタイヤにはサスペンションも備えているので馬車よりも快適だろう。設計者のカーラさんを悩ませたのはこのバネ部分であり、うまく弛まずに私が見ている前で車体が折れたこともあった。それでも彼女は何度も考えを巡らせてくれて、工房の職人さん達とも密に連携し合い、こうして試作機を仕上げてくれたのだ。

 しかも、この話を持ち込んだのは昨年の秋祭り頃だったから、たったの一年弱という短期間。普段はマンマ・ピッツァの店員も兼任しながらなので、その苦労は相当なものだったと思う。あとで臨時ボーナスを出しておこう。


「まったく問題ないみたいですね。もう、これで量産に入ってください」

「ああ、実はまだ決まってないところがあってな。会長さんからも助言をくれないか?」

「いいですけど……商品名ですか? それだったらカーゴちゃんがよいのでは。リンコちゃんに肖ってみました」

「いや、違えよ。その言い方してるの会長さんだけだろ。決まってないのは警笛のことだ」


 警笛といえばホーンやクラクションのことだね。私は自己を主張するための装置だと思っているから耳に障るような甲高い音を指定していた。しかし、丁度よいものが見つからなかったらしく、軽くぱふっと鳴るラッパか、低くブオーンと鳴る角笛が候補に挙がっているみたい。


 どちらも一長一短ありそうだけれど、ここまで絞れているなら選択制にしておけばいいかな。購入者が好きなほうを使えばいいと思うし、他の音がよければ自分で用意させるのも悪くない。この町にある音響関係の工房といえば楽器のところだけだし、自由度を上げる建前で結果的にはヱビス商会にお金が入ってくるものね。




 秋のお祭りまでに商品の数が揃うよう、第一自転車工房からもその人員を割り振っていると、通信事業でアンテナ製作をお願いしていたシャノンの祖父から連絡が入っていた。どうやら、懸念していた魔力関連の問題が迷宮で入手した素材によってほぼ解決できたらしい。

 これさえクリアすれば敷設が可能なので、私は仕事を切り上げて魔道具工房へと向かった。


「こんにちは。アンテナが順調と聞いて見にきました」

「おぉ、サラちゃんか。シャノンから迷宮の話は聞いとるぞ。良い素材を持ってきてくれたな」

「いろいろありましたけど、どれが当たりだったんですか?」

「これじゃよ。まだ中に組み込んでおらんが、見覚えはないかえ?」


 ゴチャついた作業台に目をやると、アンテナの本体となる柱の部分からは管が伸びており、その先には異彩を放つフロアコアと繋がれていた。それに加工と呼べそうなものは一切なく、迷宮で見かけた姿のままだ。そして、これこそが救世主であり、高耐久かつ周囲の魔力を吸収して自立可動する装置らしい。

 ただし、これには極めて危険な問題点が存在する。それは魔物が生み出されてしまうという笑えない事なのだとか。


 魔物とはいえ、あくまで卵や種が出てくるだけだから直ちに害はない。孵化しても同士討ちするからほうっておけばいいけれど、それに巻き込まれてアンテナが倒れでもしたら厄介だ。これはさすがに無視できない案件なので一旦持ち帰り、エミリーやシャノン達も交えて対応策を相談した。


 そうして考え出されたのが、魔物落下死誘導案。アンテナを高所に設置して、生み出される魔物はそのまま地上へ墜落するように仕組むのだ。アンテナ自体も不自然なく擬態させておけば、遠目には樹木か何かだと錯覚させられるでしょう。


 これを作るためには敷設作業員とその護衛が必要だけれど、そこから情報が漏れて妨害されたら困る。その点はエドガーさんと相談し、あちらの用心棒が同行してくれるみたいだよ。

 なお、この件に関わる作業員は、私もエドガーさんも名前を明かさずに雇うと決めている。土着信仰のモニュメント建設だと説明しておいた。


 この人員が集まるまでは他の部品を作ってもらおう。それの加工に時間がかかるみたいだし、そもそも現時点でフロアコアの在庫はないのだ。迷宮農場から収穫するまでは、やりたくても作業に入れないのよね。




 そんなこんなで秋のお祭りが訪れると、いつものように港通りが大盛況だ。我がヱビス商会もそこに四輪のカーゴちゃんを展示しているよ。さらに、希望者がいれば搭乗させて、町の外をぐるっと一周するデモンストレーションも実施している。


 もちろん、これはアトラクションや特別なイベントではなく、運行バスのようなタクシーとして宣伝するためだよ。このために運転手の募集をしていたし、秋祭りの翌日から営業できるような段取りで執事が準備を進めていたのだ。

 明日からこれの運転手となる人たちも、第二自転車工房での走行テストに付き合ってくれていた。実際に乗るのは彼らだから、カーゴちゃんに慣れる意味も兼ねられて一挙両得だよね。


 あと、駅馬車の組合にも荷車業界を通じて話を付けてある。バスタクシーの運賃は安いのだけれど、馬車と比べてあまり荷物が積めない。運行路にしても、馬車が通れないような狩場や山奥の村などがメインであり、キッチリと住み分けができているから問題ないとのことだ。


 ところが、秋祭り以後は瞬く間に広まったバスタクシーに苦情が殺到した。お客さんからは『遅すぎる』と言われ、運転手は『山道しんどすぎ』と愚痴をこぼしている。

 私はお祭りの最中に抜けられないし、室内テストしか見ていなくて気付かなかったよ……。

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