#184:戦利品の整理

 迷宮の核となるメイズコアを失っても魔物は動き続けるものの、最も厄介だった巨大な昆虫のボスはその動きを封じられており、エミリーとシャノンによって危なげなく処理された。

 そして、迷宮が揺れ始めるより先にフロアの戦利品をかき集め、メイズコアと共に持ち帰る。


 ここに来た目的は迷宮の入手なので、このメイズコアは私個人のものにすることを皆は受け入れてくれている。しかし、心の底では納得しきれない気持ちもあるでしょう。たとえ友人間でも金銭トラブルは枚挙に暇がないし、ちゃんと一人一〇〇万エキューずつ渡すつもりだよ。……分割払いで。


 さすがに今すぐ全額を渡せるほどの蓄えはない。家のローンすらまだまだ残っているのだ。それに、自転車工房にはより作業に適した専用の工具を用意したいし、ピザ店では時間を取られがちなピザ生地の製作を自動化したい。チョコレートのお店でも生産ラインを増強させたい。これだけでもお金が足りないのに、今後は通信事業で大金が飛んでいくことも確定とみてよいだろう。これらの事情から、もしもお金があったとしても渡せないわけだね。


 ここにエクレアも入れて五〇〇万エキューが必要になるけれど、メイズコアがもたらす利益を考えたら何てことない額だと思うよ。むしろ、私だけが儲けすぎだと言われても仕方がないくらいだと予測している。よって、私はここまでの戦闘で得た収集品の分配を辞退した。


 それらはエミリーとシャノン、そしてヴァレリアで均等に分けて、その余りをベアトリスにということで落ち着いたよ。目立った働きをしていたのはエミリーとシャノンではあるものの、二人を抜けてきた魔物はヴァレリアが倒していた。ベアトリスは直接的には戦闘に関わっていなくても、なんだかんだで皆のお世話をしてくれていたからね。受け取る資格は十分にある。

 その代わり、エクレアは戦闘中に頷いているだけだったので分け前はない。まともに参戦したのは私がメイズコアに突撃した時だけだから、貰ったとしても僅かなものが妥当でしょう。


「サラの露払いで倒した魔物の魔石くらいはいいんじゃない?」

「それと、サっちゃんが狙撃で倒した分とか?」

「ありがとう。じゃあ、それを売ったお金でお肉でも買おっか」

「ぷも!」


 とりあえず、迷宮を出てからは皆の記憶が薄まる前に最低限の取り決めを交わし、いつもの移動魔術でケルシーの町に帰り着いた。その後は、一気に押し寄せてきた疲労によって数日の休暇を取ることが決まる。

 私が不在の間に家やお店を任せていた皆はしっかりと仕事をしてくれていて、至急の案件はなかったよ。優秀な人たちがいると身も心も楽でいいよね。




 翌日はゆっくりとお昼まで眠って過ごし、ご飯を済ませてから戦利品の整理に取り掛かった。手始めにシャノンの祖父を呼んで、通信事業に使えそうなものを選んでもらったよ。

 大きな魔石やフロアコア、魔物の骨にトレントの枝など。実際に試さなければ実用に耐えるかは不明なので、それらを私が買い取ってから工房まで運び込んで後を任せてきた。


 その代金と残ったものを事前に決めたとおり分配したら、私にとってのメインともいうべく大事なイベント――メイズコアの設置に赴いた。

 お金が湧き出る源泉に等しい迷宮の場所は、楽器の練習小屋がある沖合の小島と決めてある。そこの地下に迷宮農場を広げるのだよ。そして、そこで魔石や魔物の素材などを収穫し、我がヱビス商会を通して市場に売り出すわけさ。


 問題は、どうやれば迷宮として機能する空間が出来上がるかわからない事だけれど、適当に穴でも掘ってメイズコアを埋めておけばいいでしょう。他に要因が思い浮かばないし、勝手に迷宮が形作られるのではないかな。

 そんな妄想とも言えそうなひらめきに基づいて転移爆弾で地面に穴を開け、スタッシュからメイズコアを放り出して土で覆ってみた。


「よし、こんなもんでいいでしょ。ダメだったらまた考えよう」

「そういえば、サっちゃん。迷宮があるところって魔力溜まりが多いらしいよ」

「へぇ、魔力溜まりかぁ。どうやって作るんだろう……」

「花に水やりする感じでさ、魔力でも掛けておけばいいんじゃない?」


 暇だと言って付いてきたエミリーとシャノンから助言があったので、念のために魔力をかき集めてメイズコアに注入しておこう。本当に、植物に肥料をあげるような感覚だよ。これが何かの種だったら面白いかもね。性悪そうな花を咲かせそうで。


 それが終わればメイズコアの時間を大幅に加速させて、内包する魔力が地下へ広がるように伸びていくのを確認したら手頃な岩で穴を塞いでおく。その上で、蓋となる岩や周辺の時間を停止させておけば、魔物が溢れてくる心配もないでしょう。

 迷宮の内部はころころ変化するのに、出入口は固定というのが迷宮のおかしなところだよ。まるで訪れる人を呑み込んで成長の糧にしているようだ。……あながち間違っていないかも。


 さて、これで迷宮農場は完成を待つばかり。メイズコアにかなりの加速を与えておいたから、季節が一つ廻る頃には何らかの結果を見られるはずだよ。取らぬ狸の皮算用だけれど、いくら儲かるか想像するだけでも今から楽しみで仕方ない。

 それと、エミリーとシャノンは長いこと働いてくれたので、それに見合うだけの感謝を伝えたいね。具体的には半年から一年程度の有給休暇かな。


「これで迷宮関係は一息吐けそうだから、二人ともお休みに入ってね」

「休みなんか別にいいわよ。ぶらついて何か食べてただけだったし」

「迷宮はあったけど、サっちゃんが喜ぶ面白いもの探しの成果はなかったしね」

「でも、石のコレクションはかなり増えてたわよね?」

「ぼちぼちでんな~。ミリっちこそ、刺繍のデザインが覚えきれないとか言ってたような?」

「お休み中の行動は自由だから適当に何かやっててよ。あ、お給料は出すから安心してね」


 割と楽しんでいたようだけれど、私の第一希望である迷宮の発見を果たしてくれたから何も問題ない。それでも、お給料を貰えるのに働かなくてよいことが不思議なのか、はたまた本当に暇だからなのか、急ぎの用事なら遠慮なく言ってくれとのことだった。


 これで話はまとまり、そろそろおやつの時間なので町に戻ろうとしたら、なぜか魔術が発動しないではないか。ひとまず魔力支配に問い合わせてみると、周囲の魔力をメイズコアに注ぎ込んだことで転移に使う魔力が足りないそうだ。しかも、微量とはいえ私たちの魔力もメイズコアに吸い込まれているらしく、それの成長が落ち着いて地上への影響が出なくなるまで待つしかないようだ。


 そのおかげで事務所と連絡すら取れずに小島で遊ぶしかなかったよ。久々に魔術や商売とは関係なく、マルバツゲームや棒倒しを楽しめたので心が安まったかも。……意外と疲れていたのかもしれない。




 少しだけ延長した休暇が終わり、通常の業務に戻ると、王都にあるマンマ・ピッツァが営業妨害されていたと聞かされた。先日は何も問題なしと言っていたのに、あれは何だったのか。妨害されたままで放置なんかしたら、相手側が調子に乗ってしまうよ。


 そこで話を聞いてみると、ハンバーガーのパティは人肉を使っているとか、コーヒーは汚水に炭粉を入れたものという悪評をばらまかれたらしい。ところが、どこの世界にも変人はいるようで、怖いもの見たさで来店してはバーガーを食べ、コーヒーを飲み、逆に絶賛してくれて売り上げが倍増したのだとか。


 ということは、解決していたから問題なしってことだったのかな。疲れていた私への気遣いなのだろうけれど、それでも報告は欲しかったよね。こんな時のためにもミランダを事務所に置いているのだし、スチュワートが仕事を抜けることも可能なはずだよ。


 たとえ解決した事柄であっても気にはなるので、時間を捻出してマンマ・ピッツァ王都店へ視察に行ってみた。

 すると、そこでは大勢のお客さんで賑わっており、被害と呼べそうなものは見当たらない。その客層についても別段おかしな人はいないようで、若者が少々騒いでいるくらいだった。


 ここまで来たのだから店長に詳しい話を聞いてもスチュワートの認識と同じらしく、下手人はいったい何がしたかったのか見当も付かないや。もしかしたら、ハンバーガーとコーヒーが大好きだけれど素直に応援できないツンデレさんなのかもね。商品を独占したいがためだけに、自分の好きな物を悪く言ってしまう人は存在するのだから。


 そうやって店長たちと話をしていると、お店の外から『なぜですの!?』という悲鳴じみたキャンキャン声が聞こえてきた。きっと、あの派手な人がピザを買いに来たら混んでいたから癇癪でも起こしたのでしょう。無闇に関わると面倒そうだからスルーしておこうか。


 こうして様子を見た限りでは、確かに私を呼び出すほどの事ではなかったね。スチュワートの自己判断で間違いもなかったし、事後報告としてあげた感じなのかな。とても優秀な人材がいて嬉しい反面、それについていけない私の不甲斐なさに泣けてくる。

 あと、報告といえば、前から要望の出ていた野営地までの道が一応は開通したみたいだよ。

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