#183:古代遺跡迷宮・下層部

 遺跡の調査に赴いたら魔物に追い立てられ、そのまま迷宮を下りてきた学者を含む冒険者のチームには、ひんやり冷たいシェイクが大好評だった。

 ところが、手が届くお値段とはいえシェイクはお金持ち向けの嗜好品に設定してある。そこにぼったくり倍率もかかるので、もっと飲みたくても葛藤が生じているようだ。このままでは、せっかく魔物を倒して得た収集品を安く買い叩かれるという不安もあるのだろう。


 そこで、ちょっとしたミニゲームを提案してみた。時間内にシェイクを最も多く飲み干した一名の料金を無料にするという内容だ。それ以外の者たちからは通常料金をいただくし、それまでに飲んだシェイクの代金もその都度上乗せしていく。

 これだけではうま味に欠けるかもしれないので、優勝者を予想して見事に的中させた人にはマンマ・ピッツァの全店舗で使えるお食事券を一〇枚ほど進呈するよ。


「飲めば飲むほどタダになるかもしれんってのは最高だな」

「自分に賭けておけば、ブルックで人気らしいピザってのも食えるしな」

「わしもまだまだ若いもんに負けはせんぞ」

「では、始めますよ。レディー…………ゴー!」


 おいしい料理をたらふく食べて気が緩んだのか、バカな勝負ということに気が付いていないようだ。しかし、それは一部の者だけでしかなく、他の人たちは呆れた表情ながらも制止の声を掛けていない。きっと、娯楽のない迷宮では楽しめるものがないのでしょう。


 飲み比べ対決を開始したら暇になるので、参加しなかった学者たちにお金を持ち歩いている理由を聞いてみると、家の枕貯金では空き巣の被害に遭う可能性があるそうだ。それに、調査中には道具の破損や紛失する恐れもあり、そうなった場合は新たに用意しなければならない。そのためにもまとまった額のお金を携帯する必要があるのだね。


 事情はよくわかったし、避けられない用心だとも思う。それであるならば、そんな時にこそ銀行の出番でしょう。エマ王国には職業を問わず使える機関があると宣伝しておくことを忘れない。これが原因で何かが起ころうとも、商人の口車に乗せられたほうが悪い――と、周りは勝手に解釈してくれるはずだよ。


 そうやって盛り上がっていると、他のチームもやってきたので同じ手口でぼったくった。

 ちなみに、この対決の優勝者は冒険者の一人だ。しかし、彼は自分には賭けておらず賞品が宙ぶらりんとなったので、全員にマンマ・ピッツァのお食事券を参加賞として配っておいた。これは宣伝なのに割引券では無視されそうだから、一人一枚だけれど無料チケットだよ。




 これで彼らのお財布や荷物袋はすっからかんでしょう。おかげで随分と儲けさせてもらったよ。ただ、こうしてバカな対決をしている最中からエクレアがキョロキョロしっぱなしだったので、休憩を取る前に甘い蜜を出すトレントも探しておいた。


 その時に、楽器の材料として好まれているアクースティック・トレントのそっくりさんや、油の多い果実を付けそうな魔木も発見したよ。そして、エクレアが『ぷもー!?』と雄叫びを上げて突撃していった先には蜜のトレントも探り当て、前回は断念した桃と林檎のような果実を付けるあのトレントまでも見つけたぞ。……もちろん、全部もいだ。おいしい!


 ぼったくりの商売がうまくいき、ほとんど人がいないのでトレントの蜜や果実も食べ放題。とても幸せな気分でベースに戻って仮眠を取っていたら、シェイクの大飲み対決をした冒険者や学者たちが死にそうな顔つきでやってきた。

 まずは話を聞いてみると胃腸薬を求められたのだけれど、そんなものは取り扱っていない。それを説明したら膝をついて大袈裟に嘆くので、一応は用意してあったリゾットを売りつけておいたよ。すると、本当にすってんてんとなったようで、これから地上に帰るとのことだった。


 しかも、お腹を下したのは一部とはいえ、すべてのチームで発生しておりオアシスは無人となってしまい、お客さんを失った私のお店は閑古鳥が鳴いている。こうなってしまっては時間が無駄になるし、下層でお客さんを探しながら迷宮のボスを討伐することになったよ。




 そんなわけで下層へ進んではみたものの、本当の本当に人が少ない。というか、オアシスを出てから一切見かけていないのだ。これでは商売すらままならないではないか。

 オアシスにいた冒険者からは『下層に行った奴らならいるぞ』と聞いていたけれど、今ごろは既に事切れているのかもしれない。なにせ、人はいないのに敵は非常に多いのだから。


「またアンデッドが出てきたね。……量が尋常じゃないけど」

「なんかゴーレムも鉄が混じってるのが多いし、やりにくいったらないわよ」

「でも、サっちゃんの狙撃がかなりの精度で……おろ?」

「また何か新手でも出――え、これって……オーブ?」


 話している最中にシャノンが立ち止まったので、魔力支配で辺りを探りながら目をやれば、地面には丸いスキルオーブが無造作に転がっていた。

 あまりに突然であり、そしてあまりにもぞんざいな登場の仕方ではあるものの、これは脳内メモに刻まれているスキルオーブの形に相違ない。我が目を疑う珍事だけれど、これの価値は皆がよく知っているので誰かが手を伸ばすこともなかった。


「ちょっとちょっと。スキルオーブですよ、皆さん」

「うん、そうね。たぶん、その色だと無属性の魔術じゃないかな」

「あれ、スキルオーブだよ? 喜ぶところじゃないの?」

「わたしもミリっちも無属性は覚えてるよ」


 私のヘンテコ魔術は元が無属性だからと、二人揃って無属性魔術のスキルオーブを購入していたそうだ。ここにはいないけれど、グレイスさんとクロエちゃんも買ったと言っていたし、ほんの一時だけ無属性魔術のオーブが高騰していたみたいだよ。おそらく、これは何かあると深読みした人たちもオークションに参加していたのだろうね。

 あそこで落札価格を探ろうにも時間がかかりすぎるから参加は難しく、相場のように手出しができなかった。毎回の情報を偽りなく流してくれる伝手もないので調達が困難なのだ。


「ヴァレリアとベアトリスはどう?」

「お姉さまの足下にも及びませんが、もちろん使えます!」

「わたくしも買わされ――いえ、習得しております」

「……ミランダのお土産にでもしよう」


 誰もいらないのならば――と、身体のどこにも当たらないようスタッシュに吸い込み、下層のさらに奥を目指して歩を進めた。

 これをオークションで売り払ってもよいのだけれど、今の私からしたら大した金額でもないでしょう。それなら、何かとがんばっているミランダにあげたほうが好感度を稼げそう。この迷宮が片付けばエミリーとシャノンは町に滞在するだろうし、また家庭教師をお願いできそうだものね。ミランダのやる気があるうちにいろいろと教えておきたいのです。


 それにしても、スキルオーブが普通に落ちているとは驚いた。本当に人がいない証拠かも。オアシスができるほど成長していたのに、遺跡の真下という条件が重なって発見が遅れた影響なのだろう。まだまだ落ちているかもしれないので、注意しながら歩いていこう。


 その後はお母さんお気に入りの蜘蛛や、子供に人気だったツナみたいなヘビを見つけたので捕獲しまくった。これはすぐに在庫が切れて困っていたのよね。スキルオーブも大事だけれど、うちの売れ筋商品を作るための材料だから余さず持ち帰りたい。

 それらを見つけ次第サクッとトドメを刺して、スタッシュに吸い込んでは先へ進む。




 下層の道順は魔力の乱れを探して辿ればいいだけだから、割とあっさりメイズコアの近くに到着した。道中の魔物はエミリーとシャノンがサクサク倒してくれたし、人型のアンデッドを見かけなかったのも精神的に楽だったかな。


 そうして対峙した迷宮のボスは巨大な昆虫で、蟻と蜘蛛を融合したような外見をしていた。しかも、外骨格が鉄よりも硬い上に部屋の間取りが最悪で苦戦を強いられている。


「やれなくはないけど、ちょっとしんどいわね」

「魔力が乱れて魔術が出ないよう」

「お姉さまには指一本触れさせんぞ!」

「帰りたい帰りたい帰りたい……」


 私も乱れる魔力の調整をしているけれど、複数のフロアコアがこのエリアにあるのだ。そのせいでカバーしきれない。さらに、足場が砂地でまったく安定せず、そちらの固定もしないといけない状況だった。


「ヴァレリア、ベアトリスの護衛に付いてくれる? エクレアは私に付いてきて!」

「ぷも!」

「サラ、何かする気?」

「コアが遠すぎてスタッシュで吸えないし、天井落として魔物の動きを止めてみる」

「わかった。わたしとミリっちはその後で攻撃したらいい?」

「うん。コアは私がやるから、魔物の対処をお願い。――いくよ!」


 かなり強引な手段だけれど、ぼったくって溜めた魔石を大量投入して転移爆弾で天井の一部を崩落させ、土砂や岩石に埋められて動けなくなったボスなどを安全圏から狙ってもらう。

 その間にも私はメイズコアまでのろのろ走り、それをスタッシュに吸い込んだことで迷宮の崩壊が始まった。

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