#182:古代遺跡迷宮・中層部
中層からお出ましするゴーレムと入れ替わるようにして、上層から活発に動いていたスケルトンやゴーストの姿を見かけなくなってきた。アンデッドは厄介な魔物ではあるのだけれど、楽々と倒せるエミリーとシャノンがいる今ならゴーレムよりもましだと思う。
なにせ、アンデッドは数発――うまく当たればただの一撃で倒せるのに、ゴーレムは何度も切って叩いてようやく動きを止められるのだ。身体が真っ二つに別れたくらいでは這ってでも寄ってくるし、しぶとい上に魔石の場所もわかりづらい。そのせいで戦利品の回収にも時間がかかってしまい、お客さんとはサッパリ会えなくなってきた。
「ゴーレムって、なんでこんなに面倒なんだろうね」
「素材だけ残して倒せる魔術があればいいのに。サラなら何かできるんじゃない?」
「ダメだよ、ミリっち。サっちゃんに無茶ぶりしたら全部燃やしちゃうから」
「ほう……。お風呂の温度調節もお手の物な私にその発言とな?」
すべてを加熱の魔術で燃やし尽くせば早いけれど、魔石まで跡形もなく消えるから困るよね。魔石の買い取り店がなかなか稼いでくれているので、小さな欠片も無駄にしたくないよ。
あそこには、お金持ちの駆け出し冒険者が魔石を買いあさりに来ると思っていたのに、意外にもその手の人は訪れなかった。皆無というわけではないものの、冒険者よりも魔道具や薬の材料として売れるほうが明らかに多かったのだ。そのお値段もそれなりの額なので、私としては不満なく稼いでくれている。だからこそ、多少の手間が掛かっても魔石は持ち帰りたい。
「そういえば……。お姉さま、なぜゴーレムとスケルトンは同士討ちを起こさないのですか?」
「……なんでだろうね? 魔物のアンデッドは縄張り争いしてるの見たことあるけど」
「きっと、彼らも家に帰りたいのではないでしょうか。わたくしには痛いほどよくわかります」
「それは今のベアトリスでしょ。でも、ないとは言い切れないのかな?」
廃坑迷宮ではお母さんも似たようなことを言っていた。あの時も人型のアンデッド同士での争いは見なかったけれど、魔物を相手にしての戦闘ならしていた記憶が確かにある。それに、近くに人間がいればそちらを優先的に襲ってくるそうなので、もしかしたら彼らの帰巣本能を刺激しているのかもしれない。冒険者に付いていけば家に帰れる――とかね。
単純に、新鮮なお肉が食べたいとか、綺麗な装備品が欲しいという可能性もあるので、この事はあまり深く考えないでおこう。死んでしまった彼らとは言葉が交わせないし、もしも理由を知れたとしてもアンデッドは焼却処分が法で定められているからね。
魔物が弱くなった代わりに時間はかかるという中層も難なく切り抜けて、そのままうろうろしていたらオアシスに到着した。その直前に立ちはだかったフロアコアは破壊せずに回収だ。これには多くの魔力が篭もっているし、通信事業のアンテナに使えるかもしれない。
その時に知ったのだけれど、フロアコアをスタッシュに吸い込んでしまえば魔物が湧いてこなくなった。本当に、スタッシュとはどれだけ有能なのだろう。これがあるだけで世界征服もできそうな気がするよ。
「もう、どうなってんのよ、サラの魔術は。何をどうしたらそうなるのか教えてほしいわ」
「そうだよね。フロアコアごと吸い込むとか前代未聞だよ、サっちゃん」
「いやいや、二人もめちゃくちゃ強くなってるじゃない。私の出番は全然なかったし」
「これもすべて、お姉さまの――いえ、女神の御業に相違ありません!」
「まあ! 洞窟の中に緑がありますわ。しかも、ほのかに光っていてなんと幻想的な……」
眼前に広がるオアシスを目にして、まともな反応を示しているのはベアトリスだけだった。むしろ、私を含めた他の四名はオアシスを見てすらいない。その状態でヘンテコ魔術の埒外さを噛み締めながら、野営するのに手頃な泉を探しに向かう。
迷宮に入ってすぐはそこそこ人がいたけれど、中層に近付いてからは道中であまりお客さんと会えなかった。稀に遭遇できても買い取りばかりをしていて食品はほとんど減っていない。
その代わり、山の湧き水はよく売れた。じめじめなせいで冷たい水が恋しいのだろう。他の飲料も持ってきているのに、それを出すよりも先に、お客さんがすぐに移動したのが敗因かもしれない。
まだ対抗者が少ない今の段階では、いかに早く正解の道を見つけるかが重要だものね。地図を作って売っている人とかいそうだよ。迷宮の内部構造は変動するけれど、一瞬で変わるわけではないから大筋さえ書かれていれば商品になるはず。
それに、最も大きな点として、多少は間違えていても売れてしまいそうなのだ。道が変わることは冒険者の知るところなのだし、苦情を言っている暇があれば自力で修正したほうが時間を無駄にせず有意義だ。しかし、あまりにも違いすぎると信用を無くすだろうから、ほどほどかつ急いでいるって感じかな。
オアシスまでの道順なら脳内メモにバッチリ残っているし、そこまでの経路を細かく記した地図を販売するのもよさそうだよね。普通はこんな機密情報を外に出すわけがないので、嘘と決めつけて売れない可能性もあるけれど。
これはお客さんにこっそりと売るような、裏メニューとして取り扱うべきかな。いや、それだと私のお店まで辿り着いているわけだから、自分たちの足跡くらいは覚えている冒険者には売れないか。妙案だと思ったら、なんとも扱い難い案件だった。
そんなことを考えながらオアシスを歩いていると、見覚えのあるものがいくつも目に映る。
ここも以前の廃坑迷宮と似たような景色だね。詳しく調べたら違うのかもしれないけれど、軽く見ただけではわからない。淡く緑色の光を漏らす樹木や、どこかにある泉のおかげなのか、空気が清々しくて心地よいのはとても嬉しい。
「あれ、この先に集団の反応があるよ。なんか魔術使ってるみたいだけど」
「ん~……魔物が入り込んだっていうより、野営で焚き火でもしてるんじゃない?」
「あ、ほんとだ。これは着火っぽい魔力の流れだね。ということは――」
「サっちゃんショップの開店かな?」
人の居るところには商売の兆しあり。早速そこへ近付いてみると、割と大きめな泉のほとりには一〇名以上で構成される集団を発見した。その中の一人が集めた小枝に火を熾しており、そこから細い煙が上っている。そして、付近にも別の冒険者チームがいるものの、廃坑迷宮と比較したら僅かなものでしかないようだ。
あまり儲かりそうには思えないけれど、ここまで来たのなら腰を据えてぼったくろう。そう思いながら大所帯のチームに声を掛けてみれば、学者だと名乗るグループも混じっている。
「遺跡の調査中に大量の魔物が出てきて驚いたわい」
「そのまま魔物から逃げて、こんな深くまで潜ってしまいましたよ」
「念のために雇っておいた護衛の冒険者がこんな形で役に立つとは。なんとも数奇な導きだ」
まるで迷宮観光に訪れたかのように、どこかのんきさが漂う学者たちだった。
その一方で冒険者はというと、疲れ果てた顔つきで座り込み、その身を休めている。
「どうせ長くなるだろうからって、携帯食は多く持ってきていたが、それが徒になるなんてな」
「迷宮に追い込まれてからは、何かあるとか言って帰らねえしな、あの先生たちは」
「上層は珍しかったけどよぉ、中層からは他と変わらん普通の迷宮だろ? ……って嬢ちゃん達にはわからんか」
望まぬ迷宮探索であるなら期待が持てそうだ。他人の不幸を喜ぶのは見苦しいかもしれないけれど、商人としてはそこにありがたみを感じてしまう。性格が悪く見えようとも、ぼったくれるチャンスを無駄にはしたくないよ。
そんなわけで、皆にも手伝ってもらいながら露店を開いてみると、我先にとお客さんが詰めかけてきた。そして、今までほとんど売れなかった食品類がどんどんその数を減らしていき、さらにはデザートとしてかシェイクが大好評だ。
基本のミルクをはじめ、イチゴやメロンにブルーベリー、他にはコーヒーなども用意して、おまけでバナナとチョコレートソースのセットもある。ただし、チョコバナナは客寄せ用って感じで売るつもりはない高級品だよ。
そんなものを持ってきた理由は私が飲むためである。どうしてもと言うなら金貨で売ります。
「いやぁ、こんなところでまともな飯に有り付けるとは。携帯食には飽き飽きしていた」
「しかし、高いですね……。それでも、冷たいやつはもう一杯欲しくなる」
「そういえば、どこかの迷宮でもオアシスに商人がいたらしい。こんなぼったくりの値段でな」
「俺も聞いたことあるぞ。そこが討伐された頃から見なくなったんだってよ」
「なるほどな。……死んだか」
それは私です。まだ死んでいません。
状況から見ればわかりそうなものなのに、こんな死亡説すら信じられる世の中だから仕方がないのかもね。ある意味では好都合だし、この調子でどんどんぼったくっていこうではないか。幸いにも学者の先生たちはお金を持っていたから、搾り取れるだけ搾るのだ。
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