#181:古代遺跡迷宮・上層部

 索敵や戦闘はエミリーとシャノンに任せ、私は脳内メモによるマッピングに専念して進んでいると、後ろを歩くベアトリスとの距離が開いてきた。

 元は見習い騎士をしていたヴァレリアはまだしも、ベアトリスの体力は限界に近いようだ。廃坑迷宮の時は私以外が冒険者だったけれど、現在同行中のベアトリスは側役になっただけのお嬢様でしかない。迷宮の内部はかなりじめじめしているし、そんな状態で歩き続けていたらへとへとになって当然だった。


「エミリー、シャノン、そろそろ休憩にしよう」

「ん? ……あぁ、ごめんごめん。初日から飛ばしすぎたわね」

「あ、ビービーがいつかのサっちゃん以上にヤバそう」

「いえ、わたくしのことは、お気になさらず……」

「お姉さまのお気遣いですよ? ありがたく賜りなさい」


 迷宮には階段というものが存在しないから、現時点で何階くらい下ったのかがわからない。懐中時計を見る限りでは、迷宮に入ってかれこれ八時間も経過していたようだ。普通に考えて疲れるよね。ベアトリスも身体強化などの魔術を使って何とか遅れまいとしていたのだろう。


 ふらふら状態で歩いているベアトリスに早く休憩を取らせるためにも、私がスタッシュからテントなど野営道具一式を取り出すと、エミリーとシャノンが手早く展開してくれた。そして、私がお金に物を言わせて購入したふわふわの毛皮絨毯も出してベアトリスに座らせる。

 もちろん、じめじめするから冷却の魔術での除湿や、彼女への魔力供給も同時に行っておく。さらに、安くておいしいブドウジュースも取り出して、皆にも配って私も休憩だ。


「申し訳ございません。本来なら側役のわたくしがやるべき事なのに……」

「初めての迷宮なら仕方ないって。今はゆっくりしててね」

「ありがとう存じます。気のせいかもしれませんけれど、魔力が戻ってきたように感じます」

「おぉ、まさに女神の祝福! さすがはわたくしのお姉さま! お隣におられると、どこからともなく力が漲るように――」


 いつもの発作が始まったヴァレリアは放置するとして、ベアトリスの気が紛れるよう愛鳥のことを聞いてみた。すると、いきなりのことで驚いたのか、持っていたコップを少し揺らしてから『鳥の世話は使用人に任せております』とのことで問題ないそうだ。

 元から放し飼いだったようだし、お腹が空いたらエクレアも自分で獲物を狩っていたから、それほど気にする必要はないみたいだね。


 その後は交代で仮眠を取ったのだけれど、ヴァレリアとベアトリスは落ち着かないらしくて何度も起きていた。私が番をしている間は冷却の魔術があるので快適に眠れるはずなのに、虫や魔物が近寄ってきやしないかと気が気でないそうだ。

 しかし、これは慣れてもらうしかない。常に戦場で過ごすことが迷宮探索者の日常なのだ。まだ商品の在庫がたんまりとあるから仕入れに戻らないし、ケルシーの町まで連れ帰ったとしても、留守を任せた皆へ説明している間にお客さんが来たら堪らない。魔物の警戒なら私たち経験者が行うので、二人にはとにかく身体を休めてもらいたいね。




 翌日からも迷宮をうろつき回り、お客さんになりそうな人を見つけては押し売りをかまし、仮眠の時間が訪れるとベアトリスが涙目になる。そうやって、さらに奥へ奥へ進んでいると、珍しい構成の迷宮だという噂の意味がわかってきた。


 まだ迷宮奉行を見かけることがある上層から、スケルトンやゴーストが出てくるのだ。

 その元となる死体が冒険者でなければ、その場で死んだ魔物でしかない。しかし、この迷宮では大して冒険者が来ていないのに人型のアンデッドをよく見かける始末。本来なら下層から現れるはずの魔物が上層を歩いているので、下層でやっていける力量がなければ入った瞬間に殺されかねない。ここは非常に危険な迷宮となっているようだね。


 この遺跡を作るに当たって人柱などで一緒に埋められたのか、はたまた墓地の上に建築されたのか。もしくは地下に広大な墓地があったのかもしれない。それに、当時は死体から魔石を回収しなかったのだろうか。ある日突然にしてアンデッド化が始まったとは思えないし、多くの作業員が事故に巻き込まれたという可能性もあるよね。

 何にしろ、ここはすごく疲れる迷宮だよ。魔力支配で事前に存在を察知できていたとしても、暗闇に佇む骨人間のスケルトンは何度見ても心臓に悪い。


「また出てきた。やっぱり遺跡と関係があるのかな」

「だろうね。数が多すぎるわよ。死んでも変な集会とかやってそう」

「あとは、未発見の遺跡が近くにあるのかも。サっちゃんサーチで見つけられない?」

「いや、無理ッス」


 いくらヘンテコ魔術でもそれは難しい。迷宮自体が魔力を持っているせいで魔物を見つけるのがやっとだよ。もしも可能であると仮定すれば、埋まっている魔道具なんかが丸裸だものね。世の中そんなに甘くはないってことですよ。




 まだまだ昆虫など小型の魔物が多い上層を進んでいると、冒険者チームらしき反応を捉えた。それはつまりお客さんでもあるので様子を窺いに行くと交戦中だ。それが終わるまでは静かに待機しておき、戦利品の回収が終わると同時に彼らのところへ近付いていく。


「こんにちは。町で人気の定食や、つめた~いお水なんていかがですか?」

「なんだ、嬢ちゃん達……って、お貴族様の御一行か」

「いえ、行商人ですよ。持てなくなった素材の買い取りや、消耗品の販売も行ってます」

「おぉ、そりゃありがてえ。さっき言ってた水をくれ」


 さすがはじめじめした迷宮だ。お水への食いつきが尋常ではないね。ご一緒にご飯もいかがですか――と勧めてみれば、こちらは仲間たちと相談を始めた。

 そして、私がお薦めするサイドメニューを挟み込んだガッツリバーガーではなく、お祭りで人気だった料理を注文されたので、出張費込みの価格を告げると顔を顰めている。


「くそ、高いな。もっと安くならんのか?」

「特殊な魔道具を使って温かい料理をここまで運んでますからね。持ち合わせがなければ素材での支払いも大歓迎です。邪魔な荷物がおいしいご飯に化けますよ」

「そう……考えれば得、なのか……? まぁ、何でもいい。こいつで払うぞ」

「はい。うけたまわり――ま、し、た……」


 このおっさん、料金の全額を甘い虫で支払うつもりのようで、それがパンパンに詰められた革袋を私の手に押し付けてきやがった。そこから立ち上る甘い香りが何とも憎たらしく、中で蠢く振動が手のひらに伝わってきて気色悪い。


「あの、他にないですか? もっと、こう、魔石的なアイテムとか……」

「その虫、甘くてうまいぞ? 食ってみろよ」

「いや、でも…………これを?」

「焼けばかなり食いやすくなる。お貴族様の砂糖菓子ってこんな味なんだろうな」


 そこまで勧めてくるのに料理の対価として出すのだから、彼らにしてみればその程度の価値なのでしょう。いや、ここはグロリア王国だから料理の代金に銀貨を要求している。そう考えたらそれなりの値打ちではあるようだ。……って、納得すると思ったか!

 そこら辺にいる虫が銀貨と同等なわけがないじゃないですか。彼らが僅かに持っていた魔石も併せて徴集しましたとも。もちろん、シャノンの怪しい査定でね。




 私との取引に対して『スライムに纏わり付かれた気分だ』という失礼な発言を残した冒険者チームを見送り、また奥へと進んでは仮眠を取る。そんな状態を続けていると、まだこの迷宮に訪れる人が少ないせいか、落とし穴を見かけなくなってきたのでエクレアをスタッシュから外に出した。これで戦力がかなり増えるだろう。


 その後も冒険者がいたら商売するものの、ファストフードの売り上げが芳しくない。片手で食べられて便利なのに読みを外したようだ。ところが、町の食堂で買ってきた定食はあっさりと売れる謎現象。なんだか、予想とは真逆だったよ。それ以外だと、お水だけを買い逃げするような冒険者しかいなかった。


 そうやって迷宮探索を続け、相手がアンデッドであろうともエミリーとシャノンがサクサク倒している。久々に二人の戦闘風景を見るけれど、えらく強くなっているね。特に、シャノンがヤバいほどの成長っぷり。


 もう息をするように無詠唱でバンバン魔術を放っていても息切れしていないのだ。エミリーも炎剣の維持が安定しているし、溶かすように魔物を切り捨てている。

 慣れない迷宮なのにヴァレリアもがんばっているものの、どうにも魔物が相手では今までと勝手が違うらしい。

 ちなみに、ベアトリスは戦力外だ。後ろでキャーキャー悲鳴を上げている。


 そんな彼女らとは違い、エクレアはあまり手出ししていない。というか、何かの監督みたいに戦闘を眺めながら『ぷもぷも』と頷いている。私はこんな仕草を教えていないし、いったい誰に影響されたのやら。いつもはヴァレリアやシャノン親衛隊の面々と町周辺で警戒を行ってくれているので、彼らの様子を真似ているのかな。

 それからも奥へ進むとお馴染みのゴーレムが歩いていたし、もう中層に入ったようだね。

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