#180:地獄絵図でお出迎え

 いつもの移動魔術で辿り着いた町は、これといって賑わっているわけでもなく、廃れていることもないごくごく平凡なところだった。ここから川を遡上して、もう少し歩いた先に広がる森の中に古代遺跡があるようだ。


 新たな場所に来て最初にやる事といえば、やはり情報収集だろう。近くの迷宮で行商をするからには町の相場が非常に重要だし、その迷宮についても知っておきたい。そこで、エクレア以外の四人をスタッシュから外に出し、ちゃんと入都税を支払って町へと入る。


 この町の目抜き通りを軽く見て回ってみると、エマ王国と比べて野菜は意外と安いものの、肉類は結構なお値段だ。いや、エマ王国があまりに安すぎるせいでこれが一般的な価格だろう。それに品質も悪くないし、この町は目立たないながらも良い守護が治めているのかもね。

 続いて道行く人々から迷宮についての話を聞かせてもらうと、その存在自体は知られているけれど、町おこしみたいな動きはないらしい。冒険者もポツポツといる程度だった。


 まだ迷宮が発見されて間もないことで、あまり急を要する事態だと認識していないのかも。ここに来ている冒険者たちは、耳が早くて身軽な人なのでしょう。一攫千金を狙うなら当然のありようだね。でも、残念ながらその夢は叶わない。迷宮のコアは私がいただくので。


 あまり実のある情報はなかったけれど、何もないよりはましでしょう。商品を売りつけようにも冒険者は先を急ぐだろうという予想が立てられるからね。人が少なければ敵が多いということに繋がって消耗品が売れやすそうだし、収集品も買い取りやすいと思う。それになにより、ぼったくりやすい。急いでいる人はまともに計算しないのだから。……相手にされないという可能性もあるか。


「さてと。やることは終わったし、そろそろ迷宮に行こうか」

「あ、待って。さっきパン食べちゃったから歩いていかない?」

「腹ごなしするほど食べてないでしょ」

「歩いていかないとサっちゃんも困ると思うよ。スタッシュの中がゲロゲーロ」

「……美少女エキス配合で売り込めば、あるいは……?」


 私としてはコアな人に売れると思うのだけれど、二人とも真顔で町の出入り口へ向かったので後を追いかけた。その後ろをヴァレリアとベアトリスが付いてきて、不思議そうな面持ちで『宿を取らないのですか?』と聞いてきたよ。


 宿で部屋を借りても使うつもりがないから無駄金でしかない。そんな時間があれば私は商売がしたいし、エミリーとシャノンも狩りをしたいと思う。それに、鷲獅子の爪痕曰く『ベッドなんかで寝たら緊張感が砕け散る』らしい。休息自体は取るようだけれど、ベッドでぐっすり眠るのはすべてが終わってからにしているみたい。

 下層へ行ける他のチームも似たようなことを言っていたし、オアシスはそれなりの快適空間でもあった。私も彼らを見習って、仕入れ以外で戻るつもりはないのです。あとは、攻略した時くらいかな。




 そんな話を迷宮初心者の二人に語りながら川沿いに進み、森の中を歩いていると古代遺跡が見えてきた。それ自体はほとんど森に埋まり込んでいるけれど、周辺に立っていた木々は切り開かれて僅かな空間が広がっている。

 その中央に鎮座する古代遺跡は古代トルコ風が近いだろうか。エジプトとギリシアの様式が混ざったような建築物でことさら異彩を放っている。そして、周囲にはちょくちょくと冒険者が歩いていて、目的地がここで間違いないことを教えてくれた。


「到着だね。あの人たちも迷宮が目当てなのかな?」

「未だに軍隊蟻が出てくるからそれの駆除かもね」

「早く調査しないからこうなるんだよ。どこのアカデミーだろう。今度ママに言っておこう」


 昆虫なのに子犬くらいの大きさらしい軍隊蟻は、迷宮から湧き出している魔物みたいだね。倒しても切りがないと思うけれど、周囲に人はいても迷宮は発見されたばかりだし、道が確立されるまでは様子見が多いのかもしれない。

 それならば、内部で探索中の冒険者たちは時間に追われていそうだから、定食よりも片手で食べられるバーガー類が売れそうだ。サイドメニューも挟み込んだガッツリバーガーとかね。


 そうやって、私が商品の売れ行き具合を考察していたら、ヴァレリアとベアトリスの足取りに遅れが生じていた。


「あの、お姉さま。なぜ平然と歩けるのですか?」

「きゃっ……虫が! 虫が靴の裏に!」

「迷宮だからねぇ……。これくらいで気にしてたら、中でやっていけないよ」


 虫がいても気になるほどではない。むしろ、森の中という条件を考慮したら少し多い程度だ。この迷宮はまだ危険領域に達していないのだろうね。もしかしたら、軍隊蟻がご飯にしているから少ないのかもしれないよ。


 古代遺跡に近付くほどヴァレリアとベアトリスが騒ぐから、虫が嫌ならスタッシュに入るか問うと、それはそれで嫌だと言うので、もう二人は放置して先へと進む。

 遺跡の中に入ると陽光が差し込んでいるだけで、特に気になるようなものはない。そのまま少し歩くと片隅にある床が消えており、どうやらそこが迷宮への出入口らしい。まだ何の囲いすらもなく、ただ大きな石のタイルがぽっかりと抜け落ちているだけだった。


「それじゃあ、入ろうか」

「落とし穴に注意ね」

「そういえばそうだったね。照明は誰が持つ?」

「サっちゃんいるし、ライト使ってもいいんじゃない?」

「あ、そっちのほうがオイルを商品に回せてよさそうだね」


 私としたことが、不覚にも経費削減が可能なことに気付かなかった。魔力供給ができるのだから、ライトの魔術を使えばいいだけだよ。シャノンには後でプリンを献上しよう。


 そうして迷宮に踏み込むと、内部は意外と暖かい。……が、じめじめしていて不快でもある。そしてなにより、昆虫の幼虫がわらわらいて、それを捕食する軍隊蟻の構成だった。背後ではヴァレリアかベアトリスが声なき悲鳴を上げている。


 迷宮の入口付近は地獄絵図を描かなければいけない決まりがあるのでしょうか。大きな蟻が小さな幼虫を食い散らかしているよ。食べるというよりも、体液を吸っては捨てる感じかな。

 というか、その匂いがなんともいえない甘さ。もしかしたら、この幼虫って甘いのかも……。


「これって何の幼虫かわかる?」

「さぁ? 育つまでどれも似たようなものだしなぁ」

「軍隊蟻以外の何かじゃないかな。さすがに同族を食べないと思うし」


 蠢いているだけで特に害はないみたいだし、軍隊蟻の餌にされているだけなので先へと進む。

 ただ、ベアトリスから凄く帰りたそうな雰囲気が漂っていて、その横にいるヴァレリアの顔も辛そうにしていた。迷宮初心者にはきついのだろうね。私は商売や一攫千金の可能性があるから堪えていたけれど、お供で付いてきただけの二人には心の拠り所がない。


 それを何とかできないかと考えながら歩いていたら、少し先行していたエミリーとシャノンが早々に落とし穴を発見した。


「うわ、迷惑だなぁ……」

「あんまり近寄ったら周りが崩れるわよ」

「私なら飛べるから落ちても大丈夫でしょ。ショートカットができたりして」

「落とし穴を抜けた先は、むしむしランドであった……」


 仮に虫地獄ではなく蒸し暑さだとしても御免被りたいので、落ちないように穴を回り込んで先を進む。早道だったとしても虫まみれはさすがにね。シャノンの言葉を聞いたベアトリスが『ひィッ』と明確な悲鳴を上げていたし、私もそれには同意する。




 落とし穴や稀に襲ってくる昆虫を処理しながら歩いていると、少し先から人の声が聞こえてきた。早速商売をしようと近付けば、なにやら人間同士で揉めているようだ。


「――から掘るなと言っているだろ! なぜ危険だとわからんのだ」

「知るかよ。危険が嫌なら冒険者なんか辞めちまえや」

「人が落ちる以外にも魔物が通る。迷宮の氾濫に繋がったらどうするつもりなんだ」

「こんな穴一個で変わるわけねえだろ。バカかお前?」


 迷惑な落とし穴に対して怒気を見せる人といえば、これが迷宮奉行というやつなのかな。

 下手に近付いて『君はどう思う?』とか揉め事に巻き込まれたくはないし、来た道を戻って別方向へ進路を変える。そして、そこから少し歩いた先で、甘い香りが漂っていた幼虫を拾いまくっている冒険者を発見した。


 一心不乱とまではいかずとも、見つけ次第手元の袋に入れているので、ぼったくるついでに甘そうな虫のことを尋ねてみよう。


「あの、ちょっとお尋ねします。その虫って何の幼虫ですか?」

「あん? そんなもん知らん。……だが、食うと甘いぞ」


 前世でも、幼虫とはそれが食べていた餌次第では美味らしいけれど、さすがにこれをパクりといく勇気はない。しかし、気にはなるので覚えておこう。蜂の子――蜂の幼虫はまさに蜂蜜そのままの味わいでおいしいって聞くしね。


 とか何とか余所見をしていたら、軍隊蟻とは違った蟻さんがトコトコ走ってきて爆発した。しかも、飛び散った体液が毒っぽい。顔面にたっぷり浴びたらしい近くのコウモリが、もがき苦しんで死んでいた。……怖っ。

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