#179:迷宮への出立準備

 今年も私が一八歳となる春分の日に春のお祭りが開かれた。あまり自由に行動できない冬場の鬱憤を晴らそうと散財する人も多く、それらに向けて各商会の意気込みも確かなものだ。

 私も負けじと港通りで商品の宣伝をしていると、先日の新居完成披露会が及ぼした効果なのか、ヱビス商会三周年イベントはかなりの盛り上がりを見せた。


 銀行の富くじも好評で、冬が過ぎた開放感も相まって当選金は大幅に上がっている。見事に当選した人には暖かな春の陽射しが差し込み、落選者の懐は冬の寒波に逆戻り。これはもはや、お祭りでは見慣れた光景となりつつあった。


 そんな春祭りが終わると、古代遺跡の地下迷宮への出発準備に取り掛かる。

 既に存在を知られているのなら急ぐことはないし、人がいるならぼったくり行商を行いたい。手軽に食べられるピザやバーガーを大量生産しなければならないので、時間が必要だったのよ。決して、お祭りを楽しんでから行きたかったというわけでは……ないような気がしなくもない。

 あと、高くても飛ぶように売れた定食を買い込むことも忘れてはならない。現時点での人気推移を探るためにもお祭りへの参加は必須だったのだ。……そう、これはお仕事なのだよ。


 お仕事といえば、エミリーとシャノンは迷宮に来てくれるのかな。見つけてきてとは言ったけれど、行商の手伝いまで頼んでいなかった。私一人でやるよりもエミリーが呼び込みをしてくれたほうが明らかに売れていたし、シャノンの怪しいお会計もありがたかった。


 ひとまず、その話をしておこうと二人の部屋に向かったら、三階へ繋がる階段の先――二階までが吹き抜けになっているサロンの真上にあたるリビングで寛いでいた。


「エミリー、シャノン。見つけてくれた迷宮で行商する予定なんだけど、二人はどうする?」

「う~ん……どうしよっかな。今のあたしは両手剣だから、護衛するなら装備揃えなきゃ」

「私もこれから準備するし、それくらいなら余裕あるよ」

「サっちゃんがいたら何かやらかし……えっと、面白そうだし、わたしは行くつもり」

「やらかすの前提かい!」


 何だか失礼な期待をされているけれど、それは裏切って差し上げましょう。大人しく商売をやっていれば何事もなく過ぎていくはず。私も物産展のおかげで少しは接客スキルが上がっているし、値段はぼったくりでも態度に出さなければ大丈夫だ。




 早速装備品の調達に行くとのことなので、二人を連れて家を出る。行き先は違っても方向は同じだし、途中までは一緒に行くのだ。

 そうしてやってきたのは、つるっぱげの武器・防具店。他にもお店はあるけれど、つるぴか店長にはエミリーが帰ってきたら連れてくると言ってあるからね。それに、ここなら安くしてくれそうという魂胆が無きにしも非ずなり。


「こんにちは~。迷宮に行ける装備ください」

「んぁ、ヱビスの会長か。ぃらっしゃ――お、おぉぅ!?」

「あ、どうも」

「ミリっちのご来店~」


 私に続いて入ってきたエミリーを目にした驚きからか、無い髪をかき上げるようにおでこを撫でるつるっぱげを余所に、私は店内の片隅にあるワゴンコーナーへ目を走らせた。もちろん、販売額から買い取り価格を読み取るためで、ワゴン品を買い込んで転売しようという気はない。


 手入れ用のオイルは売れるし、砥石の貸し出しも利用されるけれど、装備品は誰も欲しがらないからだ。これは迷宮だけに限らず、使い慣れていないものを選ぶ冒険者がいるわけもない。命を預ける道具なのだから当然の選択だろう。

 それでなくとも、狩場では冒険者が何らかの事情で手放した装備品を拾えるのだ。わざわざお金を払ってまで欲しがる人なんか見たことがない。売れる物は消耗品ばかりだったよ。


 そんなわけで、エミリーにとって使いやすい武装を探していたらその会話が聞こえたらしく、つるっぱげが張り切りすぎて『これからピッタリなもんを作ってやるよ』と言い出した。知り合いの鍛冶職人――私が抱え込んでウェインくんと組ませた彼に協力を要請するようだ。


 迷宮探索に出てからのエミリーは両手剣に持ち替えたので、片手武器と盾を用意しなければならない。私の護衛もあるけれど、迷宮は逃げ場が限られるせいだ。狭いと思い切り振り回せないものね。大ぶりの両手剣よりも短槍やショートソードなどが好まれる傾向にあるみたい。


 一応、以前使っていたグラディウスとバックラーはエミリーの部屋に置かれている。しかし、あれから時が経って彼女の実力は上がっているそうなので、装備の新調は必要事項だ。いくら私がヘンテコ魔術で時間停止の強化を施しても、駆け出し冒険者並の武装では心許ないだろう。特に、物理的な面積はどうしようもないのだから。


 作るかどうかは別としても、エミリーやつるっぱげ達との話し合いには参加できないので、私は行商用の仕入れに向かうことにした。それと、シャノンから見たエミリーの動きも参考にするらしく、私は一人でつるっぱげのお店を後にする。




 最初の行き先は、春のお祭りで人気を集めていた飲食店だろうか。マンマ・ピッツァには既に話を通してあるし、様子見なら後に回しても構わない。そこで、いつものように時間加速と空中短距離転移の連発で件のお店に到着した。


 そこであれこれ注文しまくると、心なしか表情を引き攣らせた店員さんに『何か催し物でもされるんですか?』と問われたけれど濁しておく。なにも、転売が心苦しいわけではないよ。いつかは孤児たちに任せている行商のスポンサーになってもらいたいので、今は好感度を稼ぐための大量購入だ。


 そんな腹づもりをひた隠して適当な会話をしていると、これ以上深く突っ込んでこない辺り、私もお金持ちの一員という認識になっているのかも。お金持ちの機嫌を損ねたらどうなるか。それくらいは想像に難くないものね。


 そうして、この町の人気飲食店で大量の予約注文を入れて回り、最後にはまたつるっぱげのお店に戻ってくると、エミリーの剣と盾は新規の製作で決まったそうだ。もしも時間がかかりそうなら私も手伝う――と、鍛冶職人さんに伝言をお願いしておいた。彼ならこれだけで意味が伝わるはず。


 その間に、私が不在となるため各支店への指示を出していたら、荷車業者から陳情が届いた。

 内容は『三年間様子見したが、このままだと自分たちが廃業に追い込まれる』とのことだ。その原因はリアカーで、どこぞの商会が勝手に外部アタッチメントを作って売っているらしい。それを使えば馬で牽引できてしまい、荷馬車や荷車の売り上げが右肩下がりなのだとか。


「そんなことを言われても困るんですが。商売なんて、基本は奪い合いですよ」

「彼らにも彼らの矜恃がありますからな。一筋縄では参りませぬ」

「では……勝手に部品を売っている商会の摘発と、荷車業者との対談でしょうか」

「畏まりました。急ぎ、場を調えます」


 商会の摘発はまだだけれど、荷車業者とはすぐに連絡が取れたので事務所までご足労願った。

 そして、自転車工房で修行を受け、ヱビス商会の傘下に入るならリンコちゃん関係の販売を許可する。売上金の一部を納入することが条件だね。しかし、軸受けが無理だろうから、そこはウェインくんの工房から買い取るように同意させ、それでも廃業に追い込まれたのならば、ヱビス商会に雇い入れることも約束しておく。




 急に舞い込んだ案件も含めて迷宮行きの準備を進めていると、エミリーとシャノンの支度が調った。お店のことはミランダ達に、家のことは美人姉妹や執事たちのメイド部隊に任せておき、エクレアも護衛に連れていざ出発――しようとしたら、ヴァレリアに呼び止められた。


「お姉さま、わたくしもお供いたします!」

「別にいいけど、準備は……できてるね」


 こうしてヴァレリアがチームに加わった。ベアトリスはどうするのかと思ったら、こちらも一緒に来るようで大量の荷物を背負っている。ただし、もの凄く嫌そうな顔で。


「あの、嫌なら来なくてもいいよ?」

「誰がお世話をなさるのですか。迷宮とは非っ常ぉに不衛生な場所だと耳にしております」


 迷宮にお世話係を連れて行くのもおかしな話だけれど、上から――大臣からの命令ってことなのかな。お世話係も大変だね。この際だからグリゼルダさんも誘ってみると、今のチームがあるから不参加なのだとか。お母さんも王都支店で抜けられず、最も頼りになりそうな鷲獅子の爪痕は依頼を受領中で連絡がつかなかった。




 これで準備は万端なので、四人と一匹をスタッシュに吸い込んでグロリア王国へと移動する。そして、ブルックの町にあるエミリーの実家に立ち寄り、予約しておいたパンを受け取った。

 私は季節ごとにお向かいのピザ屋さんへお金の徴収で戻っているけれど、エミリーにとっては久々の対面だろう。そこでいくつか言葉を交わしてお土産のパンも貰い町を発った。


 その後は、悪党どもに狙撃された地点で懐かしさを感じ、古代遺跡からほど近い町まで移動する。事前にエミリーとシャノンから場所を聞いている上に、脳内メモにも情報が残っていたから迷うこともなく辿り着けたよ。

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