#178:ちょっと寄ってかない?
新居の確認が終わったので、仕事を調整したら早速引っ越しだ。家具なんかは既に運び入れてあるし、宿暮らしだったことで荷物も少ない。それをスタッシュに入れてもまだまだ余裕があるくらいなので、皆の分もまとめて詰め込み早々に片付けた。
問題はここからで、我が家自慢の小型転移装置はシャノンでも連続運用に耐えられなかった代物だ。メイドさん達が満足に動かせる保証はない。しかし、今は試作された通信アンテナを試運転がてらに設置してあるから多少はましなはずなので、使い方だけでも覚えてもらいたい。
そこで、メイドさん達には荷物を寮の自室に運んだら本館の厨房に集まるよう通達しておき、新入りも含めて皆が揃ったところでレクチャーを開始した。
「では、使い方の説明をしますね。ここに魔力を注ぎ込んでから、このレバーを上げると門が開いて水が出ます。水量はレバーと連動するんで、そこで調節してくださいね」
「かしこまりました。とても便利そうな道具ですね」
「ええ、そうですね。これで重たい水汲みから解放されますよ」
「身体強化での魔力疲れが悩みでしたから、この道具には心が惹かれます」
「魔力疲れは……どうでしょう。ひとまず、スチュワート。試しに水を出してみてください」
「はい。お任せ下さい」
小型転移装置に取り付けてある蓄魔石にスチュワートが魔力を注ぐと、みるみるうちに彼の内包魔力が減っていき、蛇口から水が出るより先に呼吸を乱して膝をついていた。
その後もメイドさん達が交代で魔力を注入するものの、三人いれば何とか門が開く程度で、五人でようやく使い物になる有様だ。どうやら実用化はまだ早かったようです。いや、意識を失っていないだけ省エネ化は成功しているのかしら。
「やはり、お嬢様ほどの使い手でなければ常用は難しいようですな」
「近いうちにもう少しましになると思うんで、それまでは普通に水汲みするしかないですね」
「いえ、こちらのほうが圧倒的に便利です。数名で取り掛かればよろしいかと」
「それで大丈夫そうなら皆さんの判断に任せます。くれぐれも無理はしないでください」
他のメイドさん達の意見も同じらしく、毎日山まで水を汲みに行くよりは楽だということで、転移蛇口は当番制になるようだ。空調設備や照明の魔道具も蓄魔石タイプだから、気が付いた時にでも私が魔力を詰めておこう。
そういえば、なぜ使用人が就職先の一大ジャンルとして成り立っているのか気になっていたのだけれど、今回の一件で答えを見つけたかもしれない。
こうして魔道具を扱う機会が増えるので、魔力量の多い者が求められる。そんな人は他でも欲しがられるから、それなりのお給金が支払われるわけだ。仕事内容は家事なので、少しでも楽で収入の高いこの職に就くという人が多いのだろう。
それに、雇用先は自分で言うのもなんだけれどお金持ちの家だ。基本的に住み込みで制服も支給されるから、衣食住を確保できるという点も大きいのだと思う。そして、魔力だけでなく学もあり、仕草や態度も整った人が多い上に、極めつけは貴族の娘ですら選ぶ職。専属の側役となれば秘書と家政婦が融合したようなものだから、好待遇で当然なのだろうね。
なんだか、喉のつかえが取れた気分。今日からは毎日お風呂に入り放題だし、身も心も綺麗になってぐっすり眠れそうだよ。空飛ぶひよこ亭の別館もとても素敵なところだったけれど、我が家にはインナースプリングのベッドがあるからね。寝心地は負けていないと思う。
少し不安だった転移蛇口は私がこっそりと充填するまでもなく、使用人の皆が協力して魔力の維持を行っているようだ。自分が使ったついでに魔力を入れておく程度でも、誰かが倒れたという報告は届いていない。
そうやって快適な新居で過ごしていると、エミリーとシャノンが春祭りより少し早く帰ってきた。今はリンコちゃんをメンテナンスするため自転車工房に寄っているそうなので、スチュワートに仕事を任せて迎えにいき、新居の前までお喋りしながら歩いてきた。
「……本当にこの家なの? 間違ってない?」
「うん。ちゃんと二人の部屋もあるよ」
「……でっか。……でっか!」
「やっぱり大きいよね。私も最近はちょっとやりすぎかなって思えてきてる」
現状では、上流側に近付けば近付くほど遮るものがなくなっており、離れたところからでも我が家の姿が目に入る。それを見上げるようにして歩く二人を連れて中に入ると、美人姉妹を筆頭にして左右二列に並んだメイドさん達に迎えられた。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
「ただいま戻りました。部屋に行くので、あとでお茶をお願いしますね」
「なにこれ。出迎えとか、もう貴族の家じゃないの」
「天井たっか! ……首が痛くなってきた」
「それよりさ、先頭の二人に見覚えがあるような気がする」
「あ、ほんとだ。隠れ家亭の人じゃないかな」
「とりあえず、部屋に行こうか。三階だよ」
空調設備のおかげで廊下や階段までもが暖かく、そこを通って二人の部屋まで案内していると、大事な話があるらしく少し広めな私の部屋に行き先を変更する。そして、グレイスさんとクロエちゃんによってお茶とお菓子が届けられ、これから至福の時を過ごせる喜びも束の間、エミリーとシャノンから重大な報告が上がった。
グロリア王国の、とある地方に佇む古代遺跡の地下で迷宮が見つかったそうだ。
今から三年くらい前、ぼったくりまくった廃坑の迷宮へ赴く前に向かっていた目的地だね。あの時に行っておけば、今ごろはもっとお金が……いや、たらればはやめよう。虚しくなる。
私たちが行き先を変えたあの後、古代遺跡に群がる軍隊蟻は無事に駆除された。ところが、
その依頼を出していた調査隊が訪れないまま放置されてしまった。そして、最近になってから調査に乗り出され、地下に広がる迷宮の存在が露見したようだ。
しかも、今までに見たことがない編成の迷宮だという噂も一部で流れていたとかで、あまり冒険者に踏み荒らされていないみたい。
ようやく迷宮が見つかったようだね。できれば未発見がよかったけれど、贅沢は言えないでしょう。終わりの見えない出張を続けてくれた二人は本当にお疲れさまだよ。感謝の気持ちを込めてお菓子を譲ったら、それよりもカフェ・オレのほうが欲しいと言われてしまった。
「確かにおいしいけど、そんなに気に入ったの? 苦いのって苦手じゃなかったっけ」
「ほら、あたしらも大人になったってことよ」
「あまにが~いのがおいしい」
「……あ、お砂糖入れまくってるね、二人とも」
冬場はミルクが入手困難だけれど時間を停止させて保存している分があるので、それを二人に好きなだけ飲んでもらうとしますか。もちろん、お砂糖もたっぷり付けよう。
そうやって話を続け、お茶もお菓子もたらふく食べたエミリーとシャノンは、これで仕事に区切りが付いたと部屋に一直線だ。どうせならしっかりと休んでもらいたいので、先にお風呂へ放り込んでおいた。
ヘンテコ魔術は瞬間湯沸かし器にもなるから本当に便利だよ。温度設定も私が身を以て調整できるようになったから、湯船いっぱいのお水ですら一瞬でお湯にして進ぜよう。
翌日は、お疲れの二人にはゆっくりと休息を取ってもらい、そのまた翌日の今日は、我が家の完成披露会を行うことになっている。ヱビス商会の関係者や領主令嬢のフィロメナさまに、他にも希望者がいれば招いて社交パーティを開くのだ。一部からは自慢とも受け取られそうだけれど、この催し事は執事からの強い提案だった。
「お久しぶりです、フィロメナさま。楽団のほうは順調だそうですね」
「お招きに与りありがとう存じます。サラさまもお変わりないようで安心いたしました」
「お呼び立てしてしまい申し訳ございません、ルーシーさん」
「いえいえ。昇竜の勢いを捉えたヱビス商会ですもの。何があろうと参加いたしますわ」
こうして私は延々と来客者に挨拶を続けていて料理を楽しむ暇もない。サラスヴァティー・フィルハーモニー管弦楽団からも精鋭部隊が来てくれたけれど、弦楽四重奏などを背中で聞きながらの挨拶三昧だ。その際に、新築祝いで贈り物をいただいてギフトの山が築かれていく。
しかし、さすがに一度では入りきらないので、挨拶を終えたら帰る人が多数いた。
そうやって、後から移住してきた人とも面識を持てたよ。わざわざ遠くの町から来る人もいて『我が商会に楽器を卸してくれないか』と言われたけれど、まだ独占していたい。代わりにリンコちゃんや調味用のソースを出せばそれでも構わないのだとか。もしかしたら、そっちが狙いだったのかもね。
あとは、ブルックの町から来た人すらいたものの、その大半は美人姉妹に阻止されていたよ。私のところに通されたのは、羊飼いの隠れ家亭と懇意な人ばかりだった。
そんな挨拶の嵐が吹き荒ぶ中、総合ギルドからも人が来ていたので、ヱビス商会の事務所の向かい側――倉庫群の中央辺りにギルド支部が来るよう手配しておいた。今まで渋りに渋って返答を濁していたけれど、この場には領主の娘さんがいて、私と彼女は仲が良いし楽勝でした。
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