#177:家ができた

 炬燵は予想以上のヒットを飛ばした。主な客層はお金持ちな人たちで、空気調節の魔道具と併用しているようだ。冷え込む足下をどうにかしたいのだろう。以前のように売れ残りの机を使ったわけではないので、最初のうちは脚の長いそれが売れていた。

 しかし、販売開始から間もなくして『家にある机に取り付けてくれ』という依頼も舞い込んでおり、彼らの中ではそちらが主流を占めている。


 空調設備を持たない庶民にもそれなりに売れていて、こちらは腰を掛ける以外に使いようのない椅子を所持しない人が多いので、脚が少し長い程度の炬燵が人気だった。

 わざわざ追加料金を支払ってまで自慢の机に拘る人もおらず、ただの量産品でも十分に満足してくれているようだ。そのおかげで自転車工房の片隅で作られている炬燵の在庫がどんどん減っている。


「お疲れさまです。熱波マシン持ってきましたよ」

「お疲れさん。いつものところに積んでおいてくれ」

「は~い。……あれ、今度は机が不足気味なんですか?」

「そっちの資材はもう発注してあるぞ。明日にでも届くんじゃねえか」


 無属性の熱波マシンはあまり売れないから生産数が少ないけれど、お店の在庫は潤沢にある。いや、見方を変えれば不良在庫とも言えるだろう。今回はそれが捌けるので、シャノンの祖父が経営する魔道具工房にとっても嬉しい商売になっていると思う。


 ただ、富裕層にしろ、一般庶民にしろ、炬燵のセットに付属する革のカバーでは不満が多いらしく、皮革工房に行列ができる日もあった。さらに、カバーもそのままでは味気ないとかで、お婆ちゃんの手芸教室兼工房も繁盛しているよ。革に刺繍を入れたり、その上から布製のものを掛けたりするようだね。


 その反面、木工工房は儲かっていない。自転車工房には元木工職人さんが多いので、簡単な机くらいなら自分で作れるからだ。発売当初は木工工房へ注文していたのに、お金持ちは自宅の机に取り付けを選ぶから仕事を回せなくなって申し訳ない。


 こんな調子でじわじわと浸透している炬燵だけれど、冬祭りの宣伝はあまり振るわなかったそうだ。あの時は私がいないことよりも、美人姉妹が揃って不在だった影響に違いない。

 これは事前にわかっていた案件だから、その対策として港通りの路上に置いた炬燵からエクレアが顔を出してすやすや眠るという方法を採っておいた。それがうまく当たって、辛うじて観客を繋ぎ止めたみたい。


 今回は何とかなったものの、あの二人には頼りすぎていた。今後を思えば別の手段を考えておくべきだろう。老若男女問わず、相手が人間であれば美人は有効打を放てるのだから、あのクラスは無理だとしても綺麗な広報を雇うしかなさそうだ。

 どこかの町では、お祭りの催しものでミスコンやミスタコンが開かれていると聞く。目処が立てば、この町でも似たようなことをしてみようかな。




 近所の広場が市場だけではもったいないので、家具の展示販売会場として使えないかの相談や広報担当者の見繕い。他にも、いつもどおりマンマ・ピッツァの他領進出計画を練っている。

 そんな仕事をしながら日々を過ごしていると、春祭りを前にしてとうとう私の家が完成した。


 齢一八を目前にして豪邸を建てるとは。私も遠いところにまで来たものだ。……というか、無駄遣いじゃね、これ。

 そこそこ名の売れている商会主がボロ屋住まいだと問題があるけれど、もうちょっと地味めにしておけばよかったかな。だって、見る人によっては領主の館だもの。さすがにお城とまではいかずとも、それに近い風格を醸し出している。


 全体的に角張った佇まいで、屋上付きの三階建て。ところどころに丸みを持たせているし、威圧感はないと思う。それでいて、元から建ち並んでいる豪華な家屋に引けを取らないというバランスの良さ。この町にいる大工さんや木工、石工の職人さん達がほぼ総出で仕上げただけはある。特に、石工細工がヤバいのよ。


 そうやって、この事務所の真裏にある新居を思いながら仕事をしていると、そろそろお昼の休憩を取ろうかと思った頃に、グレイスさんとクロエちゃんが新築祝いを持ってきてくれた。

 どうやら建築に携わった職人さんに話を聞いたらしく、お菓子の詰め合わせをいただいたよ。その後は三人で昼食を摂り、食後はスチュワートに促されて新居へ行くことになった。


 事務所の真裏に当たる新居には勝手口もあるからそれを使えば早いのだけれど、やはり最初は正門側から入りたいね。そこで、美人姉妹と共に事務所を出て、ヱビス商会の倉庫予定地をぐるりと回り込んで表へ向かっていたら、敷地を囲む壁にすら職人魂が宿っていた。


「うわ、こんな所にまで花の彫刻が……。すごいですね」

「こちらはバラでしょうか。夕日が当たれば陰影が際立って映えそうですわ」

「見てみて、ちゃんと棘もあるよ! 細かく作ってるなぁ」


 まさにそれ。こんなに細かな彫刻とかよくやったなぁ。少し離れるだけでまったく見えないのに。夕日に当たっても、花があることを知らなければただの模様だよ。それに、繊細すぎて掃除をするのも大変そうだ。下手にいじって棘が折れでもしたら、私だったら泣いてしまう。


 そんなことを考えながら角を折れると、正門前にはズラリと並ぶ人たちがいる。もちろん、皆は見知った顔ばかりというか、ヴァレリアやベアトリス、それにメイドさん達などで、これから共に暮らすことになる面々だ。

 私がそこへ近付くと、並んだ人たちが一斉に頭を下げて迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、おさま!」

「え、まだここ初めてなんだけど……ただいま?」


 なんだか締まらない始まり方だけれど、ヴァレリアが代表して鋼鉄製の門扉を開けてくれた。そこにも鉄工細工か金工細工の職人さんが施してくれたと思しきレリーフが見える。

 そうして門を通り抜けると角張りつつも丸みのある豪邸が自己を主張しており、ひとしきり眺めてから中へと入った。


 内部は私が口出ししまくったから前世の近代建築に近く、玄関を開けたら二階まで吹き抜けのサロンがある。戦前のお金持ちが建てた洋館というイメージがしっくりくるかも。

 地階が倉庫や食材貯蔵庫で、一階に広い食堂や応接間に浴室などをおき、二階は客室、三階には私をはじめエミリーやシャノン、ヴァレリアにベアトリス、そしてグレイスさんとクロエちゃんの居室があるよ。

 そんな彼女たちが過ごす部屋には、インナースプリングのソファやベッド、空調設備に炬燵も設置済みだ。エクレアの部屋も一応は用意したけれど、基本的に私と寝るだろうし、ただの空き部屋になりそうだ。


 美人姉妹の部屋があるのは、クロエちゃんの成人でブルックの町へ戻った際に、私の世話係にと羊飼いの隠れ家亭の当主から宛がわれているためだ。

 もうあちらの人手は十分だし事業も好調なので、二人が抜けても問題ないらしい。しかも、高級旅館で鍛えられた料理人や使用人も送られてきている。先ほど門前に並んでいたよ。

 これからは毎日あの料理を食べられるも同然だね。本当にありがたい頼まれ事だった。


 他に特筆する点といえば、小型転移装置で山の湧き水を取り寄せることが出来るところかな。敷地内に取り込んだ水路の水車を利用する洗濯機もあるけれど、これは以前から存在する技術だから初出ではない。


 それと、お母さんの部屋も作っておいた。お婆ちゃんにも声を掛けたのだけれど今のままでいいと言う。グリゼルダさんも自分で何とかするそうだ。それでも、空き部屋はまだまだあるからいつでも来てほしい。


 それから屋上へ行くと、転落防止用の柵があるだけで見晴らしも良好だ。その柵にも彫刻が施されていて、メイドさんの掃除が本当に大変そうで申し訳なくなってきた。どれだけの物を作れるか悪ノリで競争していたのでは……と疑ってしまいそうだよ。


 そんな屋上からまず目に付くものは、本館の左右にある二階建ての使用人寮だろうか。その見た目は本館と遜色がなく、私の拘りで浴室も完備してあるので好きに入ってくれて構わない。

 なお、使用人寮が二つあるのは男女で分けているからだ。今まで通いだったスチュワートも男子寮で暮らすことになっているよ。


 そこと本館の間は水路で区切られていて、敷地外から自由に出入りできないよう門を設けてある。水縁には自家用ゴンドラが設置してあって、本来ならメイドさん達のお買い物用だった。今後は広場で市場が開かれるようになるので、無用の長物となりそうだ。


 そして、エクレアもこの家をたいそう気に入ってくれたらしく、庭を駆け回っている。

 そう、庭もあるのだよ。他の住居は敷地の端から端まで建物が占めているのに、我が家には庭がある。これは空飛ぶひよこ亭すらも上回る快挙だろう。まだ敷き詰められた石のタイルが剥き出し状態で芝生も植木もないけれどさ。


 ちなみに、この豪邸はローンで購入した。いくらなんでも一括では払えない。なにせ一〇〇億円近くかかっているので。……やっぱり、もっと安く住める家にしておけばよかったかも。あれもこれもと考えていたら止まらなくなって、結局は超高額な買い物になってしまったよ。

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