#176:無償修理は諸刃の剣
最近は夜の時間がとても長くなり、もこもこのコートが手放せなくなってきた。その頃にはカーラさんが怒濤の勢いで四輪カーゴバイクの設計図を書き上げてくれて、リンコちゃんの件で面識がある職人さんと連携し、自転車工房で試作を繰り返している。
もちろん、荷物を運ぶだけでなくタクシー用に人が乗り込めることも想定済みだ。その話をしたら『それって馬車でよくない?』と言われたけれど、それが入れないところで運用したい。山間の村と村を繋ぐ山道や、橋が架かっていない石だらけの川原とかだね。
それとは別に、リンコちゃん関連で少し問題が起こり、最初に発売したママチャリタイプのタイヤが壊れそう、または壊れたという点検や修繕の依頼が入るようになってきた。
こればかりは実際に年月が経過しないと判断できなかったので、粛々と受け入れるしかないだろう。私は前世でもゴムなんて作ったことがなかったし、そもそも別物だから、耐用年数の算出は不可能だったのだ。
「タイヤ付け替えるだけなら楽でいいな。荷車の車輪よりも早くできらぁ」
「それなんですけど、ちょっと考えがあるんですよ」
「おいおい、今は四輪造りやらで忙しいんだ。変なことはやめてくれよ?」
「大丈夫ですよ。作業自体はあんまり変わらないと思います」
ある意味では実地試験に協力してくれたとも言えるので、希望者にはタイヤの有償交換以外にも本体の点検と無償修理、及び車体の清掃も案内しておいたよ。表向きには、こんなになるまで使ってくれてありがとう――という意味を込めた御礼キャンペーンとして打ち出している。たとえ希望がなくとも軽い点検と最低限の掃除はするので、作業量に大きな違いはないと思う。
ただ、そうなると寄ってくるのは厄介者だ。どう見ても経年劣化ではなく、自分で壊したとしか思えないものもあったので、それは弾き飛ばしておいた。修繕のため工房に持ち込まれたひび割れタイヤが比較対象として存在するのに、刃物か何かで引き裂いたり、熱で溶かしたりしていたのだから笑うしかなかったよ。
そうしたら、今度は無償修理のサービスを受けられないことで不満を口にする者が多かったけれど、そんな輩は執事に丸投げした。スチュワートは銀行からエドガーさんに連絡を取っていたみたいだし、あちら関係の人が動いたのかもしれない。実際に、苦情とも取れないただの文句は一瞬で沈静化していたよ。
そして、今はこの課題を踏まえて耐久性の高いタイヤを開発中だ。さらに頑丈なオフロードタイプを作ったことで以前よりも技術力がアップしているから同じ物でも長持ちする。しかし、より良い製品を作れるのなら、上位互換品として売れるでしょう。
その開発も至って順調であると報告を受けているので期待が高まっているよ。試作のたびに丈夫なものとなっている段階だから、これが落ち着くまでは続行だね。
新しく作られるタイヤの売値や売り込み方などを考えつつ、今はヱビス商会が次の冬祭りで発表する防寒対策用の新商品――炬燵の宣伝計画を練っている。
炬燵の人気はいつかの迷宮露店で確認しているし、魔道具工房から買ってきた熱波マシンを机の裏に取り付けるだけで儲かるのだ。こんなにおいしい商売は珍しいと思う。
これなら、炬燵布団代わりの革カバーをサービスするのもよいかもしれない。冒険者たちのおかげでガッポリと素材が取れているので、冬なのに仕入れ値が非常に安価だからね。その分、質は悪いけれど。
そんなものでも無料で貰えるなら嬉しいだろうし、最初から一式揃っていたほうが使い方もわかりやすい。それに、革カバーや熱波マシンが壊れてしまったら、デフォルトよりも上位の品を検討する人も出てくる可能性がある。こんな感じで、炬燵セットの売り出しを計画中だよ。
しかし、その時はクロエちゃんが成人するので私はケルシーの町で行う冬祭りに参加しない。商会長が不在でも問題のないように調整していると、ドアがノックされてスチュワートの声が聞こえてきた。
「失礼致します。……広場の件ですが、先ほど話がまとまりました」
「どうなりましたか?」
「少々長引きましたが、最終的には満場一致の可決で御座いました」
「そうなんですか。この辺りも活気が出そうですね」
既にヱビス商会の事務所は作られており、私は今日もそこで仕事をしている。そろそろ完成間近な私の自宅付近にある広場は、市場として使いたい――という意見が住人から寄せられていた。崩れた家屋やその残骸を片付けたことで出来上がったせっかくの広場だ。そこに商会や工房の倉庫を並べるのではなく、市場や催し物などで有効活用したいということだった。
朝から晩までずっとうるさいのは嫌だけれど、短時間だけ開かれる市場であれば我慢できる。それに、歩いてすぐの位置に市が立てばメイドさん達の買い物が楽でしょう。しかし、倉庫は倉庫で確実に必要だから、双方から不満が出ない程度に場所を融通してみたのだ。それを以前から定例会議にかけておいたので、ようやく結論が出たようだね。
あとは規模などを細かく決めるだけだし、そこを使いたい人たちで話し合ってもらいたい。
そうやって、私も町も忙しく過ごしていると冬祭りの日がやってきたので、空飛ぶひよこ亭の関係者を連れて転移装置でブルックの町へ向かった。
そちらでは、グレイスさんの時と同じく羊飼いの隠れ家亭で盛大なパーティが開かれたよ。ちゃんと事前にプレゼントを用意してあるので、グレイスさんに渡したものと似たハンカチをクロエちゃんに贈った。今はお金に余裕があるけれど、片方を贔屓するわけにも……ね?
そして、私が持ち込んだピアノで場を盛り上げていたらグレイスさんと即席のセッションをしたり、そこに主役のクロエちゃんが加わったりしてとても賑やかだったよ。
その後、出席されていたお金持ちから楽器の注文が入ったのは言うまでもない。あまり音楽が盛んではないグロリア王国でも、気になっている人はいたようだね。
まずは、羊飼いの隠れ家亭からはヴァイオリンとチェロ、さらにピアノだった。ちょうど私たちが使っていた楽器だ。グレイスさんとクロエちゃんほどではないにしろ、私もそれなりの容姿だから美女トリオが目にまぶしかったのかもしれない。
それと、私が家を建てていると知った羊飼いの隠れ家亭の当主から頼み事をされたよ。
今まで散々お世話になっているということもあるけれど、断るような内容ではなかったので承諾した。むしろ、お礼を言いたいくらいだったし。
その後は宿泊を勧められたのでお言葉に甘え、翌日はいつもの相場確認をしておく。
最近はグロリア王国の魔石相場が微増しているようだ。エマ王国を囲む小国――グリゼルダさんの故郷にレヴィ帝国が侵攻したからか、それとも魔物が減少気味なのかまでわからない。その影響が二カ国先にまで現れているのが事実なだけだね。一方、麦相場は特に変化なしだ。
相場確認が終われば、ケルシーの町へ帰る前にマンマ・ピッツァのブルック店にも寄り道しておく。何も問題は起こっていないけれど、だからこそ立ち寄る機会が少ないからね。
「こんにちは~。だいぶ繁盛してますね」
「おぉ、サラか。何か食ってくか?」
「今なら揚げ立てのコロッケがありますよ」
ピザやバーガーだけでなく、併売中のコロッケもとても好調だ。マンマ・ピッツァの本店で揚げ物を扱うために竈を拡張してからは、ここからの仕入れはやめている。今まではすべてのコロッケをここで作っていたから余裕が出たようで、その味が良くなったと評判なのだ。
そんなコロッケを勧めてきた女性従業員には私の実家に住んでもらっている。放置していると家が傷むし、お隣の元ボロ屋では手狭になってきたからだ。
元というのはピザ窯を入れる際に竈周囲を石材で作り替えた。それに、食材を保管する場所も必要となるので、今まで暮らしてきた部屋が使えなくなる。これでは寝起きもままならないから、もう倉庫としてしか使っていない我が家を提供したのだよ。格安の家賃で。
ちなみに、従兄と女性従業員の仲はまったく進展していない。私から見てもわかるほど猛烈にアタックしているけれど、彼女が首を縦に振らないのだ。雇用の際に事情は聞いているから、おそらくは無理ではないかと。
彼女はリンコちゃんをぶっ壊したあのクソ野郎のところに勤めていた人で、変貌したアレを見て夜中に逃げ出した。その後は実家に帰ったけれど、貴族家から逃げてきた娘を匿うどころか追い払われたのだ。
そして、行く当てもなくまたブルックの町に戻ってきたまではよかったものの、これからの生活をどうしようかと困っていたところに求人募集を見つけて応募した過去がある。
きっと、自分と一緒になれば守護貴族家に見つかった時に危険だと思っているのだろうね。使用人の捜索願なんて聞いたことがなくても、リンコちゃんを強奪した一件があるのだから、バカなことを言い出しても何ら不思議はない。
こんな感じで従兄はまた振られることが確定しているけれど、私は他人の恋路に口出しするつもりはないので、仕事に支障を来すまでは見守っていよう。
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