#175:リンコちゃん発展計画
決済カードの普及は大成功。あれを使えば客側も店側も支払いが楽になるので、各商店主が挙って宣伝の手伝いをしてくれたのだ。その甲斐あって、ケルシーの町ではほとんどの商店での支払いに利用されるほどの急成長を遂げたよ。
領都ではまだ商人くらいしか所持していないものの、すべての住人に広まるのは時間の問題だと予想している。単純に、決済カード自体の供給が追い付いていないだけなので。
そして、光があれば陰もあり、シェイクの売り上げは残念ながら下降を辿っている。日中はまだ暑さを感じることもあるけれど、仕事が終わる頃合いには肌寒くなってきたから仕方ない。あまり時間に捕らわれない冒険者が買っているくらいかな。
「やぁ、サラ君。これおいしいね。町に帰るたびに買ってしまうよ」
「あ、こんにちは、マチ……グリ……えっと」
「どっちでも好きなほうで呼んでくれて構わないよ。何だったら、グリグリにするかい?」
「そんなシャノンみたいな。でも、あの子はリルリルって呼んでましたよね」
「グリグリって呼ばれると思っていたのに、なぜかそうなっていたね」
「たぶん、エミリーのグリグリを思い出すからかも。あれ結構痛いんですよ」
日頃から動き回る冒険者はカロリーの高さも怖くないようで、グリゼルダさんがシェイクを片手に話し掛けてきた。私は銀行からの帰り道で、彼女も同じ方向らしく、途中まではお喋りしながら道を共にする。
そこで狩場の状況などを聞いていると、この町はかなり安全になってきたようだ。
冒険者ギルドの調べでは、元から町の周辺には魔物自体が存在しておらず、過去に住み着いていた形跡が僅かに残っているくらいだった。以前聞いていた弱い魔物の群れはもう少し先へ行ったところにいたそうで、今では処理が終わっているらしい。
そのおかげで、スチュワートに丸投げしておいた平原側の開発も順調に進んでおり、町中で農民の姿を目にすることも増えてきた。まだまだ数は少ないけれど、彼らが畑を広げていってくれているよ。冬を越せば牧場が作られる計画もあるようで、酪農にも期待が持てる。
現状だと乳製品やトマトなどは領都から買うしかないから、私も出資しようか迷っています。
それと、魔物の群れを蹴散らした先に廃村を見つけたそうで、冒険者たちがそこを修繕して野営地に仕立て上げて利用しているらしい。町からは距離があって徒歩での日帰りは難しく、ほとんどの冒険者はそこで寝泊まりしているみたい。
もちろん、そんな穴場を私が見逃すわけがない。野営地の話は行商に出ている孤児たちからも聞いていたので、彼らにとっての狩場はそこだった。今日もガンガンぼったくっているよ。リンコちゃんさえあれば徒歩とは比べものにならない速度で移動できるから、毎日商品を補充してかなりの稼ぎを弾き出してくれている。
狩場での行商を頼んでみると嫌だと言うので、歩合制を取り入れた成果かもね。売れば売るほど自分も稼げるあの制度。適正がなければ非常に厳しいやり方でもあるけれど、今は冒険者だらけな上に対抗店もいないので、やる気がなくても行けばお客さんが寄ってくる状況だ。
なお、護衛は必要経費だから私が出している。大事な働き手が怪我でもしたら困るからね。野営地に到着すれば護衛はほぼ自由時間だし、交代制で魔物狩りをしていると言っていた。
魔物に襲われる心配のない楽な護衛と、少しは狩りをする時間も取れる簡単なお仕事なので、特に苦情は出ていないよ。
「それにしても、野営地での露店は本当に助かるよ」
「ちょっと出張費がかかりますけどね。ご利用ありがとうございます」
「うまい値段付けにしたなぁと思うよ。その気になれば町に帰れなくはないし」
「まだ近いといえますものね。狩場の開拓に期待してますよ」
町から遠く離れるほどに、ぼったくり価格でも文句を言われにくいことは学んでいる。この調子でどんどん奥の方へと狩場を広げてほしいものだ。そうなれば孤児たちはさらに稼げるし、そのお金が入ってくるヱビス商会――つまり、私も儲かる。
さすがにここまで露骨には言わないけれど、グリゼルダさんもがんばってもらいたいので、応援の意を示してから別れ道で見送った。
決済カードを作る機材や通信アンテナの素材探し、他にもマンマ・ピッツァの他領進出などの仕事をコツコツこなしていると、総合ギルドと町長を通してある案件が持ち込まれてきた。
食欲の秋ということなのか、野獣や魔物の動きが活発になっており、それを処理する冒険者から平原側にも道を作ってほしいという要望が出ているそうだ。
現状では、冒険者たちが道とも言えない道を自分たちで作り、森の中を通して野営地にまで繋げていた。今は野営地となっている廃村があったからには道そのものはあるみたいだけれど、海岸沿いからぐるりと回り込んで村に入るため、かなりの遠回りを強いられるらしい。
それで、そこまでのまともな道があれば楽で嬉しいみたいだね。
道が欲しいという意見が出るなら、野営地には結構な人数が訪れているようだ。大量に買い込むお客さんもいるので、売り上げを見ただけではわからなかったよ。孤児たちやグリゼルダさんも特に話していなかったから、予想外で驚いた。
言われてみれば、冒険者ギルドの近くには高級武具店もできていたり、一部の商店は冒険者向きなものに入れ替わっていたりする。鍛冶屋さんなど、冒険者に関連する工房も増えているみたいだし、鉱山がすぐ近くというのも大きいのかな。
しかし、平原側に道を通しても、私にはこれといったうま味が見えてこない。わざと悪路のままにしたほうがぼったくり行商で売れやすいと思うくらいだ。魔物の領域を抜けた先にある隣町まではかなり離れているので、領都へ伸びる街道のように駅馬車を運行できそうだけれど、利用者数や走行距離を考慮したら難しい気がするよ。
それでも、一応は視野に入れておこうかな。道一本くらいは通しておいたほうが何かと便利かもしれないしね。
ただし、さすがに私が全額出す気にはなれないので、定例会議の議題に挙げておいた。
もしもこの話が会議を通ってしまい、野営地まで道が繋がったとしたら、後ろに屋台を組み込んだカーゴバイクを取り入れるのはどうだろうか。
二輪や三輪など形態は様々だけれど、初めからリアカーと融合したリンコちゃんだと思ってくれたらわかりやすいと思う。そして、さらに走行性を上げるため、これを四輪にしようかと計画している。
後になってから慌てても間に合わないので、今のうちにカーラさんと話し合っておこうかな。二輪のリンコちゃんを四輪にするだけだし、案外あっさりと完成しそうな気がするよ。今日の仕事が終わったら、早速ウェインくんの工房を訪ねてみよう。
「こんばんは~」
「ん? あれ、会長さんじゃない。どうかしたの?」
「いやぁ、たまには晩ご飯でも一緒にどうかなと思って、いろいろ持ってきましたよ」
「――ウェイン、逃げな!」
「え、なに、どういうこと?」
「……会長さんのところの子たちから聞いてるよ。食べ物を持ってきたらヤバいって」
いったい何のことかと思ったら、私が奢ると無理難題を押し付けるという話を孤児たちから聞かされたそうだ。……まったく、失礼な。確かに何かをお願いするときは餌付け――いや、ご飯を持っていくことが多いけれど、それ以外でも普通に奢っているのに。
そうやって私が凹んでいると、目を白黒させるだけで微動だにしなかったウェインくんから話を振られていた。
「とりあえず、中へどうぞ。外にいたらそれも冷めそうだし」
「……空飛ぶひよこ亭の晩ご飯ですよ。食べないなら持って帰るけど」
「えっ、この町で一番高いところじゃないの!」
「おいしいよ~。今食べ逃すともったいないよ~」
「せっかくなんだから頂こうよ。ひよこ亭とか、滅多に食べられないから」
「――くっ……しようがないわね!」
どうやら、カーラさんは高級料理の魅力に抗えなかったようだ。さすがは空飛ぶひよこ亭。その流れに乗ってリンコちゃん発展計画として四輪カーゴバイクの話をすると、カーラさんは予想違わず食いついてきた。
最前面に運転席を設けて、その背後に荷物を積む。最後部には露店時に使用するカウンターをスポーツカーのウィングのように見立てて設置する。その全体を折りたたみ式の幌で覆えるようにしておけば雨天にも対応できるでしょう。
ご飯を食べながらこんな話をしたらすぐに設計するとのことなので、試作まで含めてお願いしておいたよ。
もう、見た目からして荷物を積めることが伝わるから、これは注文が殺到するに違いない。そのお値段も、物にもよるけれど最低でも三千エキューくらいは欲しいよね。最上位グレードなら三万エキューとかいけたらいいなぁ。
そうして人気が出たら輸出もするだろうけれど、水路の影響で町中を運べない。最も外側の水路は大きいから、そこをゴンドラに乗せて港まで運ぶしかないだろう。最終的に組み立てる工房は町の外周側に確定だね。
それと、駅馬車の数にも限りがあるし、これを使ったバスやタクシーもやってみようかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます