#173:ブランド化

 隣の漁村にマンマ・ピッツァを展開させても収益が見込めないため、ここから近くて大きめな町である領都への出店準備を進めている。既に店舗の目星は付けているのでそこを確保したり、以前と同じ工房で窯の製作を頼んだりして計画は順調だ。

 担当する料理人や経理も決まっていて、材料の仕入れルートも問題ない。むしろ、今は領都から取り寄せているチーズやトマトなどが安く入手できるくらいだよ。


 そうして、領都でお世話になっている大店の店主や他の商会にも出店の通達をしていたら、ようやくこの町に冒険者ギルドが設置された。

 これも演奏会の効果かもしれないね。きっと、誰かがギルドの上層部に告げ口したのだろう。私たちが言っても無駄だったし、その誰かは力を持った人なのでしょう。


 そのおかげで、マンマ・ピッツァ領都店の窯が完成するころには町で冒険者を見かけるようになり、領都とは反対側に広がる平原や森林で魔物掃討に精を出していた。

 その中には、最近ご無沙汰が続いていたマチルダさんもいる。もう実家に連れ帰られる心配はなくなったからか、この町に住み着いたみたいだよ。さすがにお母さんを追って貴族街には引っ越せなかったのかも。


 私が銀行の仕事で元一号店を訪れた帰り、ピザを買ってきたらしいマチルダさんとばったり会ったので活動具合を聞いてみよう。


「こんにちは、マチルダさん。狩りの調子はどうですか?」

「やぁ、サラ君。魔物はあんまり強くはないけど数だけは多いね。少しくたびれたよ」

「ずっと放置でしたものね。奥の方はどうなってました?」

「そっちはまだかな。手前の群れをどうにかしないと踏み込めないよ」


 まだ掃討戦が始まったばかりなら仕方ないか。少しの判断ミスであっさり死んでしまうのだし、堅実な方法で処理していってほしいよね。まだ怪我人が教団の元へ運ばれた情報は聞いていないけれど、いつ起こっても不思議はないもの。


 そうやってマチルダさんと話していたら、丁度グレイスさんとクロエちゃんが通りがかった。彼女らも話の輪に加わり、まだブルックの町にいた頃の話題で盛り上がった。その流れからか、なんとマチルダさんは偽名を使っていたと自ら暴露したのだ。


 もう隠す意味もないとかで家のことも教えてくれて、祖先には貴族の血が入っているものの既に廃嫡済みであり、今ではそちらとの繋がりがまったくないそうだ。ただ、親はそう思っていないらしく、マチルダさん――いや、本名グリゼルダさんには相応の教養を身に付けさせ、どこぞの貴族ボーイと縁を結ばせたかったみたい。


 その相手方も、お金持ちだったグリゼルダさんの家が持つ経済力を欲しかったのか、何らかの話し合いをもった末に強引な手段に打って出て、結局は肝心の娘が家出となったようだね。

 今まで偽名で通してきたのは身を守るためだろうし、それをさらけ出したのならば、すべてから解放されたと思っていいのかも。


 この話を聞いて美人姉妹は若干引き気味だったけれど、グリゼルダさんはいつもと変わらず朗らかな笑みを浮かべている。そんな彼女は私たちと別れて、マンマ・ピッツァとは反対側の出入り口付近にある冒険者ギルドの方へ去っていく。

 そして、私も美人姉妹と少しの言葉を交わし、空飛ぶひよこ亭の別館へと戻った。




 冒険者のおかげで平原側が安全になってきたのなら、そろそろ町の開発にも力を入れたいね。既に小さな畑や養鶏場ならあるけれど、開港されてからは人口が増え続けている。これ以上、領都からの行商頼みでは厳しい部分も出てくると思うのだ。

 これはスチュワートにお願いして、定例会議で話し合ってもらおう。


 私が自分でやらない理由はもちろんある。狩場ができて冒険者がいるのだ。ぼったくり行商をやるしかないと思うのですよ。それと、最近は魔石相場の値上がり傾向が続いているので、それの買い取り店もやっておきたい。


 そこで買い取った魔石を駆け出し冒険者にマージンを乗せて売りつけるのだ。そうすれば、お金でランクを上げられるでしょう? たぶん、そのために魔石買い取り店があるのだと思う。意外にも一般的になっていないのは、冒険者ギルドからお咎めでもあるか、冒険者自身のプライドなのだろう。上手に売り込んでいかないといけないね。


 しかし、私には銀行やそれに関する機材の件と、マンマ・ピッツァの進出計画があるので、店番どころか行商すらできそうにない。確定されたとも言える利益をみすみす逃すのも惜しいから、これらは歩き売りをしている孤児に頼むしか方法が思い付かないや。


 彼らには、なんだかんだで今までずっと商売をさせてきたので、計算能力は商人に劣らないレベルだ。接客態度にしても、間近に執事やメイドさん達がいたから学んできたはず。

 実際、主立った苦情は来ていないし、大きな計算ミスも犯さなかった。何かあるとしたら、値段が高いとか、もっと売ってくれという文句ばかりだよ。


 ただ、彼らに任せるとなれば、避けられない問題に直面する。

 私が有利になれた最も大きな要因である時空魔術を持たないことだ。


 あれがなければ商品の運搬がままならないだろう。せめてそこだけは解決しようとシャノンの祖父に相談してみると、まだ試作段階だけれどスタッシュの袋を使わせてくれるとのこと。

 なんでも、実地での使用感などを詳しく知りたいそうで、ある程度のテストに応じてくれるなら喜んで提供すると言ってくれたよ。今回もまた改良されていて、盗難対策にソナーの腕輪と同等品が仕込まれているらしい。


 そんなスタッシュの効果を持つ道具袋は時間の停止ができないけれど、あの中は独自の時空が広がっているみたいだし、そこそこいけると思う。ただし、内容量がまだまだ小さいので、大量の袋を運ぶことになるのがネックかな。

 それでも、狩場は日帰り可能な距離だから、リンコちゃんがあれば枷にもならないと思う。袋は屋台に改造したリアカーに積んでいけば解決でしょう。宣伝にもなるしね。

 あと、いつだったか護衛を請け負うと言っていたあのチームに指名依頼を出しておいたよ。硫黄収集に協力してくれた人たちだね。これでぼったくり行商の準備はバッチリだ。




 その後は、冒険者ギルドからほど近くに小さな店舗の魔石買い取り店をサクッと作り上げ、私がいつもの仕事に戻った頃に、ふと思い付いたことがある。楽器工房に増員された職人さん達は皆が弟子となった。ということは、楽器造りを学ぶ際に生み出される習作が工房に残っているのでは――と。


 貴族たちは新しい楽器に夢中だけれど、平民にも広めたほうが儲かると思うのよね。どうせ捨てられる新入り弟子の習作を安価に売りたい。

 そんな話を楽器職人のモジャモジャにしてみると、眉間に青筋を立てて怒られた。


「ふざけるな! あんなもん、外に出せるか!」

「いや、でも、さっき鳴らしてみましたけど、まったく問題ありませんよ?」

「当たり前だろう。誰が教えてると思ってんだ」

「じゃあ、売りましょうよ」


 詳細に比較すれば劣っているのだとしても、使えるのに売らないなんてもったいないよ。

 しかし、工房側は頑として譲らない様子を見せており、私が何を言っても首を縦に振らない。

 それでもいくつかの案を上げていくと、本体のどこかに刻銘を入れて見分けを付けるという方法でなんとか納得させることに成功した。


 そうやってわざと差別化を図り、名のある職人が作ったものに高値を付けて販売するのだ。つまり、ブランド化だね。腕の立つ職人の製品は人気があるのに、まだブランドという感覚が根付いていないらしく、その説明には少々疲れたよ。

 彼らは名声を求めていないけれど自分の腕には誇りを持っているので、そこを取っ掛かりにして何とかわかってもらえた次第であります。


 それと、お弟子さんが作った物も消費者に使われることで意欲が掻き立てられるかも――という意見はかなり効果があった。私もモジャモジャもお弟子さんの腕前が上達することを望んでいるからだろうね。

 あとは、皆で話し合って刻銘以外にもロゴとか決めてくれたらよい。私も帰ってからヱビス商会のブランドロゴを考えておこう。ヱビスだけに、シンプルな笹のシンボルなんてどうかな。


 この調子で無銘品が売られるようになって、季節のお祭りで音楽が奏でられるようになるといいな。今までは吟遊詩人がいれば一部で盛り上がっていただけだったし、たとえ耳コピでも皆が楽しければそれでいいと思う。……楽器、売れるし。私、儲かるし。




 そんなこんなで、まともな音が鳴らない楽器は除いたけれど、最低基準をクリアしたお弟子さんの習作を安く販売してみたら、興味があれども手を出せなかった人たちに売れたよ。

 やはり私の読み通りというか、有力者が楽しんでいる事柄は庶民も気になるからね。この町には美人姉妹がいるので、彼女たちの演奏を見た人は真似をしたくなってもおかしくない。

 ただ、最も売れた楽器は笛だった。しかも、子供ではなく兵士や冒険者に。……解せぬ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る