#171:動き始めた港
お昼時のラッシュが落ち着きを見せ、夕方からの仕込みに備えて休憩を取っているころに、私はマンマ・ピッツァの本店にお邪魔した。ケルシーの町にある二号店だね。
店内の厨房では、やや遅めの昼食として賄い料理を食べているマンマやカーラさん達がおり、私の来訪を見て首を傾げている。
「どうしたんだい。今すぐ何か作れって言われてもお断りだからね。見てのとおり休憩中さ」
「いえ、違いますよ。このお店に商品を置かせてもらえないかと相談にきました」
「……また何か増やすのかい? この前から急にお客が増えてるのに勘弁しておくれよ」
「大丈夫ですよ。完成品を置いておくだけなんで。どちらかと言えばカーラさんの仕事ですね」
「どういうこと? 設計?」
「設計じゃなくて、うちで扱ってた食品類をここで販売して欲しいんです」
「別にそれくらいなら構やしないよ。ここはあんたの店でもあるんだし」
「ありがとうございます。もう持ってきてるんで、あそこに置かせてもらいますね」
一階部分は窯が大きく突き出しているので、以前は僅かに置いていた客席を取り払っている。そうでもしなければ、押し寄せるようにやってくるお客さん達の波に呑み込まれ、食事どころではなくなってしまう。
この影響で支払いや受け渡しを行うカウンター周辺は広々としているので、近くに陳列棚を設置して見本のソースや香辛料などを並べるのだ。盗難対策のため中身は入っていないけれど、言ってみればレジ前のラックみたいな感じだね。よろしければ併せてご購入くださいませ。
来客者の邪魔にならないよう、陳列棚は壁際に置いて小瓶や壺を見栄えよく飾っていく。
そして、次はカウンターの下部にストックを詰め込んでいると、先ほど私が並べた陳列棚を見ていたカーラさんが話し掛けてきた。
「あ、この壺って前に買ったやつだ。肉にも野菜にも合っておいしいよね。隣にある棚は小瓶ばっかりだけど、何が入ってるの?」
「壺と同じですよ。小瓶のほうはちょっと高いんで、お金持ち向けってだけです」
「へぇ~、そうなんだ。どれくらい違うの?」
「価格差なら、だいたい五倍から一〇倍くらいかな。中身は――ゴホゴホ」
実はこれ、容器が違うだけでその中身はほぼ同じ。安いほうは調理に失敗した出来損ないを使って嵩増ししているだけだ。当商会の企業秘密なので口外しないでね。
しかし、入れ物はまったく違う。安価な茶色い陶器の壺と、単色で染められたガラスの小瓶なのだから。さらに、小瓶のほうは蓋の内側にゴムリングを嵌め込んでいるので密閉が可能だ。この差は意外にも大きくて、風味が長持ちしてくれるのだよ。
この秘密を明かさずとも、価格差に驚いているカーラさんへ伝えておくことがある。
壺や小瓶には品名を書き込んであるけれど読めない人もいるだろう。販売を担当することになるカーラさんには商品の説明もしてもらわなければならないので、値段のリストと共に簡単な紹介をしておいた。
彼女は設計士なだけはあって数字や計算には強い反面、文章となればまた違うみたいでね。
これでヱビス商会が独占販売中のケチャップやマヨネーズなどの調味用ソースに、田舎領都から取り寄せている転売用のお塩や香辛料の売り場を確保できた。残るチョコレートは専用の製菓工房で取り扱えばいいだろう。元々はお菓子屋さんだったしね。
あとは、リンコちゃんも各工房で注文を受け付けるか、臨時でヱビス商会の事務所を作っておけばいいかな。どうせ後で必要になるのだし、家より先にとりあえずで建ててもらおう。
それと、孤児たちの事もあるね。自宅はあるから問題ないとしても、また仕事がなくなってしまった。次が決まるまでは田舎領都へ行商に戻ってもらおうかな。
こんな調子で着々と予定が決まって準備も進んでいるので、銀行の場所が確保できたことを王都のエドガーさんに報告しておいた。
彼は三人の息子さん達に田舎領都での仕事を任せ、自らも王都で準備に勤しんでくれている。まだまだ規模が小さいケルシーの町や、どう見ても片田舎な領都ならまだしも、王都となれば利用者数が跳ね上がるので一店舗だと対応しきれない。
そのため、使える場所を求めて町中を廻ってくれているとルーシーさんから聞いているよ。
一号店を銀行に入れ替えるため、空飛ぶひよこ亭の別館で暮らし始めてから早数日。早くも事務所の建設に着手されたころには、国内の貴族にこの町を知られたことで港が機能し始めた。
中にはこの土地の過去を知っていることで嫌な顔をする者もいたけれど、大半は我関せぬの体を装っている。プラスのことは大袈裟に、マイナスのことは黙りを決め込む。人間ならよくある事だよね。
とはいっても、あそこを使って利のある貴族はあまりいないようで、どちらかといえばその御用商人が興味を持っていた。特に、このウィンダム領から近い人たちだ。
なんでも、大量に買った商品の輸送に使いたいらしい。輸出用のお塩は嵩張るし、輸入用のオリーブオイルは非常に重い。楽器にしても、ピアノを持ち帰るには厳しいのだろう。
これらの内容は、ギルド支部についての相談で総合ギルドを訪れた際に聞こえてきた話だ。それに、他にも気になることを言っていたよ。
船乗り曰く、領都にも港はあるけれどあまり大きくはないそうだ。その上、潮の流れを考慮するとこの港はかなり使いやすい位置にあるらしい。
さすがは過去に栄えた港町だけはある。やはり何らかの理由が存在するのだよね。今は領都と繋がる街道に駅馬車も走っているし、使用する港の乗り換えも吝かではないみたい。それで船乗りは総合ギルドを訪れていたようだ。
ということは、孤児たちには商品の宣伝を兼ねて港で売り歩きをしてもらうほうが良いかも。領都への行商を頼んでみたら揃って嫌がられたし、これだけ近ければやってくれるでしょう。これも嫌だと言われたら、違う何かを考えなければならない。
事務所にはスチュワートとミランダを配置すれば十分すぎるし、私のやり方に馴染んでいる従業員を手放すのは惜しいのだ。
そうそう、使用する港の変更を考えている人たちの中には、ルーシーさんの親戚が経営する商会もあったよ。ギルドからの帰りに店主とばったり遭遇して驚いた。
そこで話を聞いてみると、使用許可が下りれば今後はこの港を起点にして物資の移送をするそうだ。潮の流れや街道の調い具合からして、こちらのほうが結果的に王都と近いらしい。
私は移動の魔術セットで行き来したから気付かなかったけれど、あちらの港町からエマ王国の王都へ向かうには、途中で魔物の領域を突破する必要があるとのこと。それのせいで大回りしないと王都に行けないみたいだよ。
魔物の住処といえばこちら側には竜神山があるものの、その迂回ルートでも明らかに早いのだとか。この町に何度か来ているルーシーさんから話を聞いたのかもしれないね。
そんな船乗り達で混み合う現在の総合ギルドでは、利用希望者をリストアップしている段階だから、正式な開港は早くとも今年の夏頃になる見通しらしい。これは船体同士がぶつかって沈没でもしたら笑えないので、そうならないために使用順序を決める必要があるから避けられない作業だよ。
「うちの商会で選考を請け負って、港自体の権利を確保できないかな?」
「お嬢様、さすがにそれは難しいかと。施設は商人ギルドや船舶ギルドの管轄ですゆえ。土地利用料は徴集しておりますので、それでご納得いただくしかありませんな」
「スチュワートなら、何とかしてくれそうな気がするのですが……」
「ご冗談を。この老いぼれにそこまでの力は御座いませんよ」
もしも入り込める隙があったなら、船が来航するたび、そして積み荷の上げ下げが行われるたびに利用料が転がり込んできたのにね。そこまでうまくはいかないか。港の工費は領主から届いているし、家賃は手に入るのだ。ギルドを相手に食い込む余地もなさそうなので、あまり欲張るのはやめておこう。
それと、港の出入り口が一箇所では不便すぎるという苦情が寄せられているので、左右にも一つずつ拡張して合計三箇所にする工事が始まったよ。これはすぐに終わるそうで、開港までにはちゃんと間に合うみたい。
そうなれば、外部から訪れる人が増えることでエクレアを見て警戒されるかもしれない――と危惧していたら、意外とそうでもなかった。既に来ている人たちからは、小金持ち商会の娘が趣味で飼っている黄色い豚扱いで、珍しくはあるけれど魔物という認識はないようだ。
もう一号店を離れているし、人目に付く機会が滅多にないからかもしれない。
そういえば、エクレアと行動を共にしているシャノン親衛隊の方々なら、あっさりと見抜くだろうと思って説明したことがある。すると、警戒するどころかベヒモスではないことすらもお見通しだった。いや、正確にはベヒモス種としか言えないものの、亜種ではなく突然変異だろうとのことだ。
それでもかわいがってくれているので、彼らの実力は相当なものなのかも。
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