#169:ギンギラギン
昨日の話し合いで私の予想図に若干の修正が入り、また部屋に篭もって執務に励む。
楽団の存続を前提にして計画を少し練り直していると、今日はルーシーさんがエドガーさんを連れてきた。
またアポ取り作業を経てから二人を二階の応接間に招き入れ、昨日と同じく苦いコーヒーと甘いお菓子でおもてなしだ。コーヒーは既に二号店で販売しているので驚かれることもない。
それと、このメンツなら銀行に関しての話だろうね。決心がついたのかも。
「先日の演奏会は見事なものだった。俺から金を借りなかった自信はこれか?」
「……そうかもしれませんね」
お金を借りなかったのはこの人を使いたかったからだ。悟られないように黙っておこう。
下手なことを口走った瞬間には足をすくわれる気がするからね。
「サラさまはこの現状を見据えて行動されておりましたわ」
「だろうな」
「今回はうまくいきましたが、先の事はわかりません。あまり買いかぶらないでください」
「どの口が言う。成功を前提にしていたとしか思えん動きだった」
やはり私の身辺を調べていたようだね。正直に言ってまったく気付けなかった。
先回りして利益を掠め取らなかったのは不思議だけれど、いつかの脅しは効果ありだったのかもしれない。ただ、次もまた同じ手は使えないだろうし、気を引き締めて話をしなければ。
「で、だ。銀行の話は正式に受ける。ルーシーは既に知っている」
「すべては話してくださいませんでしたけれど、何を成そうとしているかまでは存じています」
「そうなんですか。では、ルーシーさんもご協力――」
「だが、こいつには関わらせん。俺の取り分が減るからな」
「まあ!」
「何を言う。お前の家を守るためでもあるのだぞ」
「もしや……あの方でしょうか」
「何かあるんですか? ルーシーさんのお家が関わるなら、エドガーさんのお仕事絡みで?」
「いや、俺の仕事ではない。ヱビス屋の、お前は厄介な家に好かれたようだな」
負け惜しみにキャンキャン吠えるあのクレーマーが原因らしい。なぜか私に絡んでくるあれは、相当に厄介な家のお嬢様なのだとか。
この国での爵位は低いけれど、主要な派閥には顔を出しており交友関係がかなり広い。その割りにはどこにも属しておらず、帝国が送り込んできた過激派ではないかという声がある。
それを補強するかのように帝国ではそれなりに太いパイプを持っているそうで、実際に嵌められて没落した貴族がいるみたい。しかも、その元お嬢様は我が楽団に所属していると言う。
まさかそこまで調べがついているとはね。楽団員の中に繋がっている誰かがいるっぽい。
王都では有名な金貸し屋さんだし、そこの利用者なのかもしれない。……返済金の代わりに情報を買ってやろうとかそんな感じで。
何をどこまで知られているのかは気になるけれど、藪を突けばヘビが出る。余計な情報まで与えたくはないよ。しかし、あのキャンキャンに嵌められて没落したというのは気がかりだ。
相手は同じなのだし、それが誰なのかと脳内を検索していたら、エドガーさんはあっさりと教えてくれた。
それは、フルートを担当するアナスタシアさん。腕前は悪くないものの、特段よいわけでもない地味めなお嬢様。まじめにレッスンを受ける一方で、よく貴族の子女とお喋りをしていた。見た目もこの国出身だけあって美形な顔つきで、ややぽっちゃりしている以外は普通の人物だ。
そんな人が王都で平民の中に混じって暮らしていたのは、キャンキャンの策略か何かで父親が男爵の地位を失い、領地からも追放されてしまったからだったとはね。私が知っていたのは没落したという事だけだったよ。
それに、この国はよほどの事がなければ爵位を剥奪されないそうで、正当な手段を使われていないのではないか――との噂もあるみたい。
うっかりと前のめりで聞き入ってしまったけれど、これはエドガーさんの罠だろうね。
情報が真っ赤な嘘というわけではなく、少し調べたらわかる事柄を教えて私に恩を着せようとしたのでしょう。……本当に、抜け目のないお爺さまだこと。その反面、味方なら頼もしく感じてしまうところが憎いや。
「どうして私に関わってくるんでしょうね。まったく身に覚えがないのですが」
「あの手の輩はな、理屈なんか必要ないぞ。強いて言うなら、自分が気に入らないと思ったらそれが理由となる」
「うまく回避することは大切ですわよ、サラさま。それが通用しない方もおられますが……」
何かあるとすれば私の出生絡みだろうけれど、どこの派閥にも入っていないなら動きを掴めそうにない。念のため、敵対する可能性のある人物としてグレイスさんやクロエちゃんと相談しておこう。それと、レッスン中はよくフィロメナさまと話していたから、彼女からも情報をもらえないかな。
「さて、そんなくそったれな話は終わりだ。俺らの輝かしい未来について話そう」
「そうですね。ギンギラギンの硬貨に埋もれる話をしましょう!」
「まあ。お二人とも切り替えが早いのですね」
わからない事を考えていても仕方ない。先ほど、スチュワートが『お茶のおかわりをお持ち致します』と退室しているので、彼が調べを進めてくれるはず。一応は、ベアトリスもキャンキャンの存在を知っていたし、何らかの情報は手に入るでしょう。
「硬貨に埋もれるで思い出したが、魔道具はどうなったんだ。俺はまだ実物を見ていないぞ」
「そういえば話をしただけでしたね。ちょっと待ってください、スタッシュに入ってますので」
「サラさま、わたくしにもお願いいたします」
「はい。では、お二人に……どうぞ」
まずはスタッシュから手のひらサイズのカードを取り出して二人に渡す。そして、据え置き型の大きな機械も机の傍に出し、二人がカードを眺めている間に私はそちらの操作を開始した。
カードは個人用の端末だけれど、この機械は銀行に設置するものだ。これを操作しなければカードに入金できず、そのネットワーク上にもお金を増やせない。
この機械をひと言で表すなら両替機だね。現金を仮想化するための必需品。
なぜこんな機械を間に挟んだのか。それはもう、不正対策ですよ。
個人の端末だけで両替できたら楽ではあるけれど、もしも穴が存在してそこを狙った細工でもされてしまえば通貨の価値が失われ、経済が破綻して大混乱に陥るだろう。私は円滑な商売のために銀行を導入するのだから、そんな未来は望んでいない。
「操作はわかったが……、ルーシーに送金しても残高不足と表示されるぞ?」
「わたくしも、受領失敗と出ています」
「まだお金を入れてませんからね。そちらの機械にカードを挿入してください」
「先ほどから忙しそうにされてましたけれど、そのような仕組みなのですね」
「はい。少し手間になりますが、もしもの事態を考えた結果です」
「……ヱビスのお嬢ちゃん。わかってはいると思うが、それでもまだ用心が足りないぞ」
個人での利用を対策しても、この機械を操作するだけで無限に通貨を作れる危険性。
もちろん、そちらも抜かりはない。入出金はすべて記録し、オーナーと頭取にも通達させ、両替する硬貨の総重量と内包されている魔力量を共に照合するような仕掛けがある。さらに、一定時間が経過したら自動的にロックが掛かり、これまた通知が飛ぶようにもなっている。
これは施錠せずに帰ってしまった場合を想定しての対策だよ。その解除においても、わざと大量の魔力を求めるように設定しておいた。支店長は朝一でグロッキーになってしまうけれど、私の利益を――いや、世界の経済を破綻させないようにがんばってほしい。
「――と、だいたいこんな感じです。気絶や衝撃などの直接的な防衛システムもありますよ」
「まぁいいだろう。支店長になるやつは大変だな。ところで、吸い上げた魔力はどこへ行く?」
「主に機材の動作に使われます。いろいろと仕込んでありますので。もしも体験したかったら蹴り飛ばしてみてください」
「そうだな。息子にでもやらせよう。あとは、実際の作業で互いに監視させるくらいか」
どれだけ機械側で対応しても、人が絡むとどうしようもない部分がある。この互いに監視というのは、私が出す人員とエドガーさんが用意した人たちという意味だね。それぞれの出身が別の組織なので、やはり壁ができてしまうのを利用するのだよ。
そんなこんなで話はまとまり、まずはこの町と領都に銀行を作ることが決まった。すると、エドガーさんは入金した決済カードをいじりだしたので、ルーシーさんには頼み事――王都の貴族街にある空き店舗の紹介をお願いしておく。
そして、カードでピコピコ楽しんでいたエドガーさんはついでとばかりにコーヒーを樽買いし、ルーシーさんと連れ立って帰っていった。
その後は、まだ空飛ぶひよこ亭に滞在するフィロメナさまのところへ行く。そして、キャンキャンの話を聞こうにもまだ喉が本調子ではないそうなので、お見舞いだけで宿から辞した。
その帰り道で遭遇したアナスタシアさんからは、楽団存続のお礼を言われたよ。彼女もこの楽団が気に入っているみたいだね。こちらからキャンキャンのことを聞けば早いのだけれど、没落する原因を作った人のことなんて話したくないでしょう。
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