#168:解散か、存続か

 教団に特大の商品を売り込んだ翌日は、どこにも出かけず自室で宣伝計画を練っている。

 楽器の販売はルーシーさんが連れてきた専門店で行っているけれど、そこが各楽器工房から仕入れる際には私の手元にマージンが入る。このため、私が宣伝すればするほど儲かることにも繋がるわけだ。


 そんなわけで執務に励んでいたら、執事のスチュワートから来客を知らされた。なんでも、楽団のコンマスを務めるメルヴィンさまからの遣いが来たらしい。

 貴族家のサロンや何かの催し物など、演奏会に来てくれとの依頼は大量に届いているので、そのことで何か話でもあるのだろうか。とりあえず、本人の都合が良い時間に来てもらうよう伝えておくと、一度帰った遣いが再びやってきて希望の時間を告げていった。




 約束は夕一つの鐘が鳴る頃とのことで、それまではスチュワートにも手伝ってもらいながら仕事を進めていく。そして、そろそろいい頃合いだから甘いお菓子と苦いコーヒーで休憩していたら鐘が鳴り、側役も連れたメルヴィンさまが一号店に来たようだ。

 楽器のレッスン中は私の指示に従ってくれていたけれど、それが終われば上級貴族家の令息とただの平民の小娘でしかない。先方を待たせないよう、先に二階の応接室へと入っておく。


 当初は二階を倉庫にする予定だったのに、今となってはヱビス商会の事務所と化しているよ。私の執務室もこの階にあって、倉庫と呼べるのは食材の貯蔵室くらいだろうか。それも私たちが食べるための品物だし、見た目の割りには何とも所帯じみた建物になってしまった。

 そんな所に貴族の客人を招くのは忍びないけれど、他はチーズの香りが充満している二号店しかないのだよ。


 私が応接室に入るのとほぼ同時にベアトリスのメイドさんがやってきて、飲み物とお菓子の支度をしてくれた。それから間もなく、来客を連れたスチュワートが扉をノックしてくる。


「ようこそお越しくださいました。どうぞお掛けになってください」

「あぁ、ありがとう。急に押しかけてすまない」

「いえ、お気になさらず。今日はどのようなご用向きで?」

「結論から言うと、あの楽団を続けさせてくれないか?」


 新たな楽器と共に名前が売れた、サラスヴァティー・フィルハーモニー管弦楽団。

 演奏会の終了をもって解散するつもりだったけれど、楽団員のほとんどは居残った。抜けたのは結婚を間近に控えている令嬢くらいなもので、没落貴族や売れない吟遊詩人は全員がいる。まだ日が経っていないから息抜きという可能性はあるものの、楽団員の親類縁者は既に帰っているのでそれも考え難いだろう。


 それでも残っていたのは、皆には続けたい気持ちがあったようだね。いきなり歌わされたのは恥ずかしかったけれど私としても楽しかったし、そのおかげで現在はボロ儲けだ。

 しかし、解散させるには十分な理由があるのだよ。


 この楽団は大半が貴族の子女で構成されている。そのため、どこかで演奏会を開くなら護衛や側役を連れた大移動が発生し、宿泊施設にも気を払わなければならない。宿屋が決まっても部屋のグレードによってまた問題が起こり、上級貴族が使用する部屋の隣に没落貴族や平民は置けないのだ。

 たとえ本人が構わないと言っても、何かとメンツを気にするのが貴族なのでお家同士の諍いに発展しかねない。そうなれば演奏会だとか言っていられず、誰もが不幸になるだろう。


 そして、最も大きな理由だけれど、大人数の貴族子女を世話するなんて金銭的に難しい。

 楽器の売り上げがうなぎ登りな現状であっても、彼らの食費を出すだけで大金が飛んでいくことに変わりはない。平民は一食に一〇エキューもあれば事足りるのに、彼らは五〇エキュー、人によっては一〇〇エキュー以上が当たり前という世界に住んでいるのだ。


 これを私一人で支えるにはまだまだ力が足りず、ヱビス商会が一瞬にして傾くでしょう。

 さすがにそっくりそのままは言えないので、かなり濁して私の意見を伝えてみた。


「――と、このような理由がありまして……。力が及ばず申し訳ございません」

「いや、費用は自分たちで調達するつもりだ」

「自分たちで……ですか?」

「購入したが扱えない知人に演奏を教えるという話もきているが、定期的にコンサートを開きたい。今日はその件で相談に来た」


 確かにコンサートという手段はあるね。先日の賑わいはまだ忘れていない。

 ただ、あれは完全に無料だったのだ。道中の移動や、早く到着した人の宿泊に掛かる費用はあちらの負担だけれど、誰がお金を払ってまで無名な商会の宣伝を見に来るのかって話だよ。自分の息子や娘が舞台に上がるからこそ実現できたのだ。

 このせいで、次も同じようにやれば有料でも客が集まる――という期待が生まれたのだろう。


 はたしてそれは可能だろうか。私は極めて難しいと考えている。

 貴族とはお金持ちだ。一部の商人を除き、平民とは比べものにならない資産を持っている。

 そのお金を使えば、いとも簡単に自前の楽団を作れてしまうだろう。先日の演奏会にしても、実質的な運営費用は貴族が出していたも同然だからね。そういう風に私が仕向けたし。


 こんな状況で、もしも彼らがコンサートを開いたとしたらどうなるか。

 おそらく、過保護な親なら来るだろう。行きそびれた親戚たちを連れて聴きに来るのだろう。

 しかし、それがいつまで続くか未知数なので、私はその道を選ばなかった。

 私の計画では、貴族が挙って自分の楽団を作り上げて互いに競い合う構図を描いているよ。


「――と、このような懸念がありますが、見通しは立っていますか?」

「ならば、我らがそれを導けば良いではないか。皆の手本として日々努力するのだ!」


 まぶしい。この人、まぶしいよ。これがお金に不自由せずスクスクと育った……あ。

 お金に余裕があるどころか有り余っているのなら、子供のやりたい事に投資とかしてくれるのかしら。極端な話、運営費用さえあれば楽団は続けられるのだ。たとえ親が客として来なくても、今までと同様に子供の生活費として引き出せるのであれば……。


「……わかりました。その熱意に応えて私もいくらか出しましょう!」

「それはありがたいが、頼みたいのはそれではない。我らに楽器を融通してほしいのだ」


 私も流れに乗っかって利益を得ようと思ったら、注文が殺到している楽器を優先的に自分たちへ回してほしいというのが相談内容らしかった。

 これは確かに練習や公演で壊れることもあるだろう。現在作っているのはあの工房だけだし、その不安はもっともだ。ヴァイオリンの弓なんて、雑に扱えばすぐに毛が切れてボサボサ状態になってしまう。


「確約したいのですが、さすがに人手が足りないと思うので工房主とも相談してください」

「わかった。明日にでも工房へ向かおう」

「では、私から連絡しておきますね。……スチュワート」

「畏まりました」


 何度も会っているから顔見知りだけれど、今は非常に立て込んでいる。いきなり貴族の息子が来ても相手にできないと思うし、私からの連絡は必須事項だ。ただし、かなりの秘密主義な業界だから簡単には増員できないだろう。


 こんな時は、家を継げなかったとはいえ貴族の子女が大勢いるのだから、その力を使わないとね。実家に事情を話して貴族パワーで人集めをさせるのだよ。これなら人脈もあるだろうし、断れない命令というのが心強い。これもメルヴィンさまに伝えてみたら頷いていた。


「しっかりと人選をさせるが……何か注意点はあるか?」

「そうですね……。情報をよそに流さない事は当然ですけど、あの頑固な職人さん達と仲良く過ごせる方でしょうか。何かに拘りがあると衝突しそうです」

「なかなか骨が折れそうだな。職人は我が強いと聞いているが……」

「話せばわかってくれますよ。それでも受け入れないなら弾いてください。あとは――」


 どうせやるなら黒字にしたい。私もお金を出すと言ってしまったからね。

 そこで、ケルシーの町では人口や設備から黒字運営は絶望的なので、開催地は王都を薦めておいた。あちらの貴族街にはコンサートホールがある。どれくらいの期間をいくらで借りられるかによるけれど、この町で一から施設を作るよりは安上がりでしょう。


 さらに、貴族街にはお金持ちな貴族がたんまりと暮らしているので、演奏を聴いて触発されてくれたら売り上げが伸びることに直結する。個人で楽しんでくれてもいいし、私が描いている構図のとおり個人の楽団を設立してくれても構わない。

 私がお金を出すからには、ドブに捨てる趣味はないのだよ。……渡すのは平均額だけれど。


 歌劇団を作ることもアドバイスしていると、何やら自信を付けたらしい顔つきのメルヴィンさまが『そろそろ練習しておきたい』とのことで、一号店の出入り口までお見送りをした。


 彼らはまだ空飛ぶひよこ亭の別館で暮らしているらしいよ。予定外だけれどお金持ちのお客さんは嬉しいだろうね。練習場所も修道院のままで、あちらも寄付金がガッポリなのか一切の苦情は来ていない。

 未出のパイプオルガンを即決で買うくらいだし、そうとう潤っていそうだよね。

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