第六章:力を付けた商会長

#167:新たな取引先

 演奏会の翌日からは楽器工房がてんてこ舞い。方々から寄せられた大量の制作依頼に埋もれており、職人さん達は遊ぶ暇もなくなっている。しかも、現在は独占販売ができている上に、ひとつひとつが非常に高価。私とルーシーさんはボロ儲けで笑いが止まらないよ。

 特に、ピアノの制作は時間がかかるから、最低でも一台一〇万エキューからで吹っ掛けたら貴族の遣いは頷いた。


 その場に居合わせたルーシーさんは涼しい顔で対応していたけれど、私は気が気でなかった。

 もしも商人の素質を問われたら彼女のほうに軍配が上がるだろう。あの価格は妥当。むしろ、安いくらいだという体で通していたよ。


 そして、最も大きな取引先は、なんとあの胡散臭い教団だった。音楽が心思に与える印象、及び衝撃は計り知れないことをよく知っているようだ。

 私が生きた世界でも宗教音楽は存在していたし、それは今日まで連綿と奏で続けられている。思想はどうであれ、私自身も素敵な楽曲だと思っているので、商品が売れるのであれば相手にとって否やはない。


 そこで、ただ既存のものを売るだけでなく、礼拝堂や聖堂に相応しい楽器を売り込みたい。

 季節のお祭りを催すお知らせで訪ねた際に、あの楽器がなくてなんとも締まりが悪かった。早速、この仕事を受けてくれるかどうか、二人のモジャモジャ頭と相談してこよう。


「演奏会ではありがとうございました。今日は仕事の話を持ってきましたよ。大口です」

「向こう数年は予約で埋まってるぞ。勘弁してくれ」

「また新しい楽器があるんですが」

「……話だけは聞こう」

「おいおい、いいのか? お前が話だけ聞いて満足するわけがないだろ」

「うるせえ。ここで聞いとかないと、仕事どころじゃなくなっちまう」


 厳粛な雰囲気が漂う場所に似合う楽器といえば、やはりパイプオルガンでしょう。

 フルートの音が鳴るパイプや、トランペットの音が鳴るパイプ、他にもクラリネットの音が鳴るパイプなど、各々専用の音色を奏でるパイプが取り付けられた風箱に加圧した空気を送り込み、重厚な音として出力されるあのパイプオルガン。

 一つの経路からは決まった音しか出せないあたり、ピアノと同じく鍵盤楽器らしさがある。ピアノが弦楽器の側面を持つならば、パイプオルガンは管楽器とも言えるだろう。


 そのため、楽器の性質上は管楽器工房の管轄となる。今はヴァイオリンなどの弦楽器四種とハープ、さらにピアノの製作を請け負っている弦楽器工房を見て、余裕綽々の表情をしていた管楽器工房の主は修羅場に陥ることを予見して青ざめていた。

 なにせ、ピアノ一台を作り上げるだけでも相当な時間を要するのだ。場所を取らず、作業も比較的容易な弦ではなく、重たい上に曲げられない管が大量に求められるからね。フルートのドの音が鳴る管からはそれ以外の音が出せないので。


「うへぇ……。普通の笛でも並べたらいいんじゃねえの。場所取らなくて済むぞ?」

「確かにそのほうが早そうですけど、巨大な楽器という見た目も重要だと思うんです」

「巨大って……ピアノと同じじゃなかったんか?」

「リードオルガンならそれくらいの大きさですけど、パイプオルガンは礼拝堂の天井近くまで届きますよ。とにかく大きいんです」

「――……」

「まぁ、その、なんだ。がんばってくれや。今回、弦の俺らにできる事はねえし」

「いえ、ありますよ。ピアノで培ったノウハウを使って協力してもらえませんか? 鍵盤とか」

「え――」


 まさに絶句という表現がピッタリ当てはまる管楽器工房主をからかうように、弦楽器工房主が茶化していたけれど、時間短縮のためにも協力態勢を築いてほしい。

 そして、早いうちに現物を見せつけて、もう一台、さらに一台という欲求を刺激するのだ。たとえ教団の関係者であろうとも人間には違いないので、欲望というものが存在するものね。


 もちろん、先日の演奏会で使った楽器も併せて販売する。貴族の受けがよいということは、集まる寄付金を期待できるので、各地の礼拝堂や聖堂も欲するのだ。これは私の妄想ではなく、現時点でも教団から楽器の注文が大量に入っているよ。パイプオルガンはそれに被せる感じ。


「仕方ねえ。鍵盤だけ教えてやらぁ」

「あんなもん、形揃えて切るだけだろ?」

「まあまあ。その形にしても最適な大きさがありますから。たとえば演奏台なんですけど――」


 また意見が食い違っては大変なので、この場で図面を描いておく。すると、それを目にした二人のモジャモジャ頭から、これは過去に存在した楽器かもしれない――と聞かされた。

 なんでも、迷宮の出土品で似たようなパイプの形を見たことがあるのだとか。


 迷宮の出土品といえば、まるで吸い寄せられたかのようにメイズコアの元に集まっていた。そうなれば土中を通ることになり、林立するパイプはベコベコに潰されてしまうのだろう。

 ということは、もしかすると風箱だけが魔道具で出来ていて、それに取り付けられるパイプは巻き込まれてしまい、メイズコア付近からひょっこりと顔を覗かせたのかも。それを冒険者が発見し、金属の棒こそがお宝だと判断して町へ持ち帰って売り払う。

 これはただの予想でしかないけれど、なかなか良い線をついていると思うよ。


 既にオルガンが存在したかもしれないとは正直に言って驚いたものの、前世でもオルガンの歴史とは意外にも長く、紀元前まで遡れるので納得はできる。複数の笛を束ねたものであれば、更に数百年も前にはあったらしいからね。




 断ることを知らないのか、それとも作ってみたいという衝動に抗えなかったのか、相談した二人はパイプオルガンの製作を請け負ってくれた。

 そうなれば、物が物だけに下見をしておかないと後で面倒なことになるでしょう。せっかく巨大なパイプや風箱を作ったのに、入口を通れなくて解体――とかね。これはうちの評判にも繋がってしまうので、眉間に皺を寄せながらも楽しそうな表情で思案に耽る管楽器工房の主と共に礼拝堂へ向かった。


 すると、そこでは聖歌隊がア・カペラで歌の練習をしており、今は声を掛けづらい状況だ。

 隣にいる管楽器工房の主は礼拝堂内を目測で計算しているようだし、仕方がないので大きな女神像でも眺めながら区切りが付くまで待っていよう。


 そういえば、この女神像。何度見ても私と似ているようには思えない。目が二つあって……という意味であればそっくりだけれど。微笑んでいるような、悲しんでいるような、喜んでいるような、見た者の気分次第で表情が変化するのは面白いかな。

 かといって、ポンコツ女神でお馴染みな銀色の人型と似ているのかと聞かれたら自信がない。

あれの表情は見えなかったし、雰囲気だけなら似ているような気がしなくもないような……。つまり、よくある神の像だった。


 時折、管楽器工房の主から小声で寄せられる質問に答えながら待っていると、練習に区切りが付いたようでピアさんがやってきた。


「こんにちは、ピアさん。随分と人が増えたんですね」

「ええ。町の人口が増えましたので、こちらも増員いたしました」

「そうなんですか。今日は楽器の件でお邪魔したのですが」

「あら。何か問題でも起こりました?」

「いえ、ここにピッタリな楽器の紹介にきました。まだどこにも出していない秘蔵の品です」

「それはいったい、どのような?」


 パイプオルガンの概要を説明すると、まさにそんな感じの楽器が遙か昔に存在した大聖堂に備えられていたらしい。正確には壁の内側に埋め込まれていたそうだ。

 ただ、パイプではなく建物自体が楽器だとか何とか胡散臭いことを言っていた。


 何とも摩訶不思議な話だね。教団に伝わる昔話みたいなので、話半分に聞いておけばいいと思う。まともに管理できていなければ、何かの拍子でブーブー鳴ってうるさそうだもの。隣にいる管楽器工房の主も『そんなもん、作ってられるか』と言っているし。


 こんな流れから、寄付金の催促に持ち込もうとしたピアさんに戦慄しつつも話を戻す。

 まだ作ってすらいないパイプオルガンを購入すればここでしか聞けない事や、もしかしたら伝承しか残っていない過去の楽器を近くで味わえるかもしれない点を強調すると、上に確認を取ると言って礼拝堂の奥へと消えた。

 そして、あっさりと認可されたようで、設置場所などの詳しい事柄を相談していく。


 あんなに巨大で手の掛かるものを簡単には作れないから特別価格で販売しよう。

 前世でもパイプオルガンは非常に高価だし、最低でも一〇〇万エキューからに設定した。




 ひとまずは話がまとまったので礼拝堂を後にする。これからパイプ造りに忙殺されるだろう管楽器工房の主とも別れ、私は一人で家路に就いた。


「やあ、ヱビス屋さん。先日はどうも」

「こんばんは~」


 先日の演奏会に多数の貴族を呼び込んだ私は、商店街の組合から表彰されたよ。

 私が演奏している間にも商人たちは営業をかけていたようで、簡単には知り合えない者たちと繋がりを持ててとても感謝しているそうだ。それ以前からも楽団員が住み着いていたので、何かと儲けていたみたいだよ。……まったく、抜け目ないよね。

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