#163:レッスン漬けの日々
早いうちから才能を見せてくれた楽団員たちのおかげで、楽器のレッスンはとても好調だ。私が仕事――通信事業のテストで少し抜けることがあっても、個人練習をやってくれている。割と厳しくしても楽しそうに演奏するので、本当に音楽が好きな人たちなのだろう。はるばるエマ王国の北端から訪れている貴族の子女もいるくらいだしね。
そうしてレパートリーも日に日に増えており、冬祭りが過ぎれば仕上げに取り掛かる予定だ。
そんなこんなで冬のお祭りがやってきた。今日はシャノンが成人を迎える日だね。
事前にグロリア王国の王都で暮らす彼女の両親とは話し合っていたので、当日は朝早くからケルシーの町に来てもらい、一号店の二階広間でお祝いパーティを開く。
このお二人も転移装置で来てもらったのだけれど、今までの利用者で一番驚いていた。特に、魔術の研究開発機関に勤めていた経験があるシャノンのお母さんは腰を抜かしそうだったよ。本来なら、王族や上級貴族の緊急脱出に使われるそうで、こんなにも気軽な運用はあり得ないのだとか。
今回は嵐もないので、シャノン達はお祭りの数日前にはケルシーの町に帰還していた。
変わったものが好きなシャノンへのプレゼントは、もちろん珍しい形の石……だけでなく、エミリーのペンダントとほぼ同じ物だ。一応、私の分も作ってもらっている。それを手渡すと『またお揃いだね』と言ってはにかんで、祖父母から贈られた謎の小袋に入れていたよ。
その袋は、空間圧縮の効果がある古代文明の遺産を分析し、なんとか形にした複製品らしい。
残念ながら使い込んでも中が広がることはなく、その内容量も少ないけれど、かなりの代物であることはスタッシュを使える私にはわかる。
元となった魔道具は迷宮深部からの出土品だそうで、最近はオークションにすら出品されず、発見した冒険者と面識のある人へ密かに売却されるのだとか。もしもこれを量産化できたら、世の中の物流が大変なことに……。
そして、おいしい料理に囲まれながら謎の踊りを始めたシャノンは、祖父母を交えて久々に会う両親と何やら話し込んでいる。転移装置がどうとか言っていたので、あれの複製に関する連絡なのかな。下手に使うなとか言われていたのが気に掛かる。
楽しいひとときを過ごしていき、残った時間というか、夜になってからはお祭りへ繰り出すことになった。現在のここは他と比べて吟遊詩人が多いので、その音が気になったようだね。
そこで、私がケルトやアイリッシュ音楽風のものを演奏したらバカ受けした。私のレッスンを受けている吟遊詩人もお祭りにいたので、即席セッションもやってみたよ。
そうしたら、一部の目敏い商人からは早くも商談を持ちかけられた。その楽器が欲しいって。
お話はありがたいけれど初めのうちくらいは独占販売がしたいので、ルーシーさんの名前を出して切り抜けていく。この辺りは向こうもわかっているから文句は出ない。というか、その後の話をしたかったのだろうね。しかし、気付いた頃には時間切れだ。
今の私はヱビス商会の主であると同時に商店街の会長でもあるので、住人への対応は欠かせないのだよ。挨拶回りの合間にも、飲んべえからのリクエストに応えて夜も更けていく。
あれほどはしゃいでいたシャノンを初めて見たかもしれない冬祭りが終わったら、レッスン漬けの日々が戻ってきた。
今日から曲の仕上げに入るその前に、指揮者やコンマスとの打ち合わせもあるので少し早く修道院に赴くと、この町に住み着いた吟遊詩人に呼び止められた。そして、私がお祭りで演奏した曲を『僕もやってもいいか?』と尋ねられた。
少し耳に入れただけで覚えるとかすごいね。この点は貴族組よりも彼らに分があるようだ。試しに弾かせたら、多少のミスはあるものの曲調自体は間違っていなかったよ。
そうやって、和気藹々とした雰囲気でレッスンが続いている。上級貴族ともなれば心に余裕があり、頭も悪くないので無駄な諍いを起こさないようだね。私の話や指示もしっかりと聞いてくれて非常にやりやすい。
「皆さん、おはようございます。私はレオポルドさまとメルヴィンさまとの打ち合わせがあるので、その間は個人練習をしていてください」
「わかった。静かめにやっておく」
「そうですわね。譜面の読み込みをいたしましょう」
この楽団の代表も兼任する指揮者はゲインズ伯爵家の五男、レオポルドさま。もっと爵位が上の人もいるけれど、全員から了承を得ているよ。そんな彼はルーシーさんと知り合いで、元は騎士団の音楽隊――ラッパや太鼓で音頭を取る部隊にいたらしく、そこの指揮経験者だ。
以前のやり方では、魔術師が使うような長い杖で床を叩いてリズムを取る方法だったから、軽く短い指揮棒を使うように教えた。ところが、最初は慣れないようだったので今までどおりの杖でやらせていたのだけれど、テンポの速い曲をやっている時にその杖でつま先を思い切り打ち付けてしまい、涙目で指揮棒に手を伸ばしたという悲しい思い出がある。
もう一人の相談相手であり、奏者たちのリーダーとなるコンマスは、この楽団中で最も爵位が高いエリオット侯爵家の三男、メルヴィンさま。これは爵位を考慮して決めたのではなく、普段の演奏具合から順当に評価を得た結果だよ。ご実家はとても綺麗な森林を持つ大貴族家で、王都からはかなり離れているものの、領都にはグロリア王国とレヴィ帝国を結ぶ街道が通っており、交易都市としても名を馳せている。
そこで悠々自適に暮らしていた彼は上の兄弟と歳が離れていて、お家の跡取りは長男に確定されている。次男もその予備と決まっているので、三男以降は文官か武官になるのが通例だ。しかし、それすらも不要なほどに盤石な家だから己の居場所がなく、冒険者か吟遊詩人にでもなろうとしていたらしい。
自立の際に商会を立ち上げなかったのは、その大変さをよく知っているからだと話していた。さすがは交易都市で育っただけはあるね。実際に苦労するし。
「皆に気を遣わせてしまっているな。早く始めよう」
「それで、相談とは? ……あぁ、季節の節目が来たのなら運営費か」
「それもありますけど、演奏会での曲目を決めようかと思いまして」
楽団の人たち――特に、その大半を占める上級貴族家の子女たちは、今後一生遊んでいても困らないほどに裕福だ。しかし、没落貴族や売れない吟遊詩人はそうもいかない。
そこで、貧乏な人には裕福な貴族から施しが出ることになっている。なっているというか、各々の生活費を含む楽団の運営費用は全員で持ち合うように私が話を運んだのだ。この影響で、オーディションを勝ち抜いた没落貴族や吟遊詩人は、プレッシャーに押し潰されそうな副作用が生じている。そんなわけで、寝食以外は練習に当てても困らない……はず。
こんな人たちが所属する楽団は、総勢六四名の変則三管編成。いささか管楽器が多くなってしまったのは彼らのワガママではなく相性の問題だよ。弦の人数が心許ないけれど、すべての楽器は魔道具なので割とカバーできている。
ちなみに、楽団名はサラスヴァティー・フィルハーモニー管弦楽団に落ち着いた。私の
「皆に希望を聞いて回るか?」
「それを全曲やるのは無謀だろう」
「私に考えがあります。協奏曲のメドレーをしませんか?」
交響曲ではなく、協奏曲を選んだのには理由がある。この演奏会は各楽器の持ち味を知ってもらうことが目的なのだから。
さらに、途中来場者もいるだろうし朝から晩までのぶっ通し開催にも決定した。そうなると、細かく交代して裏で魔力を回復させる時間も必要だよね。誰か一人が合間に演奏する全体的な休憩も提案しておいた。
私の目論見どおりに方向が決まり、相談が終わればレッスンを開始する。
ただ、こうやって練習をしていると、最近はお邪魔虫が頻繁にやってくるのよね。あの派手なクレーマーお嬢様が十日に一度は現れるのだ。二度と来ないという言葉は忘れたのかしら。
「ふぅ。皆さま、今日も励んでおられますわね」
「……ようこそ。こちらへどうぞ」
あれでも貴族の娘なので下手な扱いはできず、見学を認めるしかない。今日も端の方に誘導してほうっておくと、毎度のことだけれどフィロメナさまとお喋りしている。
彼女は唯一の歌姫なのでレッスンが別なのだ。全体と合わせるまでは、基本的に個人練習をお願いしているよ。恥ずかしながら私はあまり声楽に詳しくなく、たとえ質問されたとしてもメロディーを口ずさんで訂正する程度が関の山だった。
私が皆の演奏をみていると、ようやく満足したようでクレーマーお嬢様はお帰りになった。今日も去り際に『素晴らしい舞台を期待しますわ』とか言っていたよ。本当に期待しているのなら見学を控えるか、せめて無駄な口出しをやめてほしい。
平民の私が貴族の楽団員にお願いして、あのクレーマーお嬢様を追い出すのには問題があるからその手を使えなくて困る。
これとは別に、作った楽器が気になるようで工房の関係者もよく来ている。よく来るというか、毎日誰かが覗きに来るのだ。美男美女の若者が集う場所とも言えるので、そちらがメインなのかもしれないけれど。だいたい何か一曲リクエストして帰るのが恒例になりつつあるよ。
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