#158:異物混入

 貿易船が戻ってきた知らせを聞いて以降、我ながら本当にがんばったと思う。リンコちゃんに関する諸々の問題は早急に解決していき、ギルドを作っただけで放置していたハンバーガーにも着手した。


 以前から買い溜め続け、私の魔術で保存していたお肉が結構な量になってきたので、マンマに頼んでみたら軽々と作ってくれたよ。ただ、バンズはパン屋さんから仕入れているからピザと比べて利益は薄いかも。

 そこで、材料が安く手に入り、元々パン屋さんを営んでいた夫妻が料理人を務めるマンマ・ピッツァ王都店でも展開した。今は本店と同じくバンズを購入しているけれど、製パンギルドと話し合ってゆくゆくは自前で焼いてもらいたい。


 これで急ぎの作業に区切りは付いたはず。そろそろ荷物を受け取りに行こうではないか。

 こちらも一号店の物置スペースで眠っているカカオ豆にお仲間を迎えることになるけれど、考え方を変えればチョコレートが増えるとも言えるのだ。やる気が漲って仕方ない。




 言わずとも勝手に付いてくるヴァレリアを供にして、以前の港町へと向かう。ケルシーの町も似たような貿易港に仕上げたいので勉強も兼ねて赴くのだ。決してチョコレートだけが目的ではないよ。それに、今ならエミリーとシャノンが滞在しているはず。


 今回は王都を経由せずケルシーの町から直接行くことにした。道を知らずとも海岸線沿いに飛んでいけばよいことに気付いたのだよ。そうやって進んでいると、ケルシーの町周辺には村すらなかったけれど、進めば進むほど見かける頻度が増えてきた。

 おそらく、何もなかったあたりには魔物が住み着いているのだろう。そのうち追い払おう。


 いつもの移動魔術セットで難なく到着して、魔術を解除してルーシーさんの親戚が経営する商会へ向かっていると、南国風の果物を食べ歩く二人の冒険者が視界を横切った。私が頼んである仕事を順調にこなしてくれているようだね。


 ついでに話を聞いてから二人と別れ、倉庫と合体しているような商会の前までやってきた。そこでは多数の労働者が忙しなく動き回っており、荷馬車や荷車が倉庫を出入りしている。

 そんな中を縫うように歩いていき、事務所がある建物の中に入ると商会主が迎えてくれた。


「こんにちは。前の秋頃にこちらで注文したのですが……」

「おや、お早いお着きで。お荷物はご用意できております。どうぞ、こちらへ」


 約半年前に一回来ただけなのに覚えていてくれたらしい。倉庫へ移動しながら話を聞くと、ルーシーさんからも近日中に私が行くと伝書鳥で知らされていたそうだよ。なんだか彼女らしからぬ段取りのよさといえば失礼にあたるかな。サプライズが好きならその手に抜かりはないのかもしれないね。


「こちらで御座います。確認のために開けさせますので、暫しお待ちを」

「すみません。ありがとうございます」


 案内された先の倉庫には木箱の山が聳えていて、私の荷物は端の方に移されていた。多少は待たされると思っていたけれど、用意できているというのは本当のことらしい。

 なかなか気が利く商会ではないですか。次もまた利用したいと思わせてくれるよね。


 商会主にはそのことでお礼を伝えておき、私のものとなる箱に近寄って蓋を開けてもらうと、中には焙煎されたカカオ豆がギッシリと詰まっていた。他に七つも箱があるので、板チョコが何枚になるのか見当も付かないや。……おっと、涎が。

 料金の支払いは済ませてあるから、自然とゆるむ頬を抑えて箱ごとスタッシュに吸い込んで一号店へ持ち帰ったよ。




 まだまだ余裕がある二階の広間に木箱を取り出して、ヴァレリアとベアトリスにも手伝ってもらいながら荷ほどきに取り掛かった。

 いつものことだけれど開梱とはなぜこんなにも心が躍るのか。中身を知っていても変わらぬ興奮で作業を進めていき、次の木箱にテレキネシスの見えない手を伸ばしたところでその手元が狂い、一つの箱をひっくり返して中身をぶちまけてしまった。


「ありゃりゃ……ん?」

「お嬢様?」


 まるで潮騒のような物音を聞きつけたらしいメイドさんが様子を見にきていた。

 ところが、それに対応する余裕がない。私の眼前には二種類の豆が散らばっているからだ。遠目で見ても色と大きさが明らかに異なっている。


 カカオ豆は確かにあるけれど別の物も紛れていたようで、他の箱も開けてみたら半分ほどは同じ具合に底上げされていた。これが緩衝材だとしたら底だけというのはおかしな配置だろう。入っていない箱もあったのだ。あれだけ待遇がよかったし、何かの手違いだと信じたい。私はルーシーさんと繋がりを持つので、これがただの上げ底詐欺という可能性はないと思う。


 ふと我に返ると箒を持ったメイドさん達が困り顔で佇んでいる。ひと言詫びてから片付けを見守っていると、拾い集められている豆の形に脳内メモが反応した。見ようによっては動物の目とも表現できるこの形状は、もしやコーヒー豆なのでは……?


 早速、拾い集めた豆を綺麗に拭って焙煎し、粉々に挽いてお湯をかけてみれば、苦みと酸味が混じり合うコーヒーの味がした。少々雑味が強いけれど、もう脳内メモに頼らずとも間違えようがない。


 とりあえず、状況説明を求めて移動の魔術で港町の商会へ戻り、商会主を呼び出してもらう。そして、メイドさん達に集めてもらった箱の中身を彼に見せてみた。


「……買い付けは現地の者に一任しておりました。申し訳御座いません」

「事情はわかりました。これはこれでいいです。ギルドへの申し立ては行いません」

「当家の誇りにかけて返金いたしますが……」

「いえ、むしろ底上げに使っていた豆と、その果皮を大量に買いたいです。もちろん、カカオも引き続きお願いしますね」


 どうやら、コーヒー豆に見えるこれはゴミ扱いらしく、再三の確認を取られてしまった。

 輸入に要する期間の都合もあり、最低限の下処理として乾燥させてあるだけなので一目ではわからなかったけれど、手順を踏んで確かめたらコーヒーとしか思えない。

 これがなぜゴミとされているのか尋ねてみると、なんとも面白いお話を聞かせてくれた。


 現地ではカカオと同じく薬類の扱いで取引されているけれど、こちらから買い付けにいった誰かさんがカカオの出来損ないだという噂を広げたそうだ。今ではそれが原因となって好んで仕入れる者は一人もおらず、現地民の間でだけ流通しているのだとか。それも、非常に安価で。

 その影響から、今回のように底上げ――つまり、商品の量を誤魔化して利益を増やすために使われることもしばしばあるらしい。


 当然だけれど、これは詐欺罪にあたる。現地に派遣した関係者がやった事だとしても、商人ギルドに通報すればこの商会は営業停止だろう。兵士の詰め所に駆け込めば最低でも罰則金、もしかしたら両手にお縄が掛かるかもしれないよ。

 私が無駄に早く来てしまったことで確認しきれていなかったとしても商会側に非があるのだ。しかし、すべての確認を促さなかった私にも少なくない落ち度があるだろう。袖の下を通せば無罪放免になるのがこの世界。自分を守るのは自分しかいないのだ。

 でもね、ゴミとしてこの豆を掴まされた相手が私であれば、事態はくるりとひっくり返る。


 これは売れる。売れない未来が想像できないくらいに確信を持てる。おじさんやおばさんから背伸びをしたい子供まで、幅広い年齢層が求めて病まない姿を脳裏に描いてしまう。だからこそ、これを仕入れるためには怪しまれずに交渉しなければ……。


 そうやって思考が余所を向いている間も商会主の説明は続いており、それでも折れない私を見た彼はコーヒー豆の買い付けも請け負ってくれると頷いた。何度も確認を取ってくるので、私の商会から発送する商品の緩衝材にすると言っておいたよ。

 こうしておけば横取りもされないだろうし、まさか粉状にすり潰してからお湯をくぐらせて飲むなんて思い付かないでしょう。どう見てもお茶っ葉ではないからね。少なくとも、どこぞの誰かさんが吹聴した噂を鵜呑みにしているうちは大丈夫だと思う。


 きっと、噂の人はコーヒーが大嫌いか、逆に大好きな人なのだろうね。前者であれば市場に出回っていないから目的は達成しているし、後者だとすれば自分だけで楽しんでいるのだろう。それは私が今まで市場を廻って仕入れてきた情報が証明してくれているよ。本当にうまいことやったなぁ。相当な実力者とお見受けする。信用やカリスマがなければ不可能な芸当だね。


 話は終わったので帰ろうとしたら、失態もあるからとまたも料金をおまけしてくれて、時期が早かったこともあり利用可能なスペースも余裕があるみたい。

 もちろん、大量購入をお願いして、お互いニッコリ笑顔で商談成立だ。商会主は訴えられなくて助かったという顔つきだったけれど。


 商会を出てから他店も廻ってみれば同じような状況らしく、コーヒー豆がゴミとして捨てられるところだったので貰ってきた。緩衝材にするからと言えばタダで譲ってくれたよ。処分の手間を考えたらそのほうが楽だものね。


 その際に、世間話ついでに噂を広めた誰かさんの事を辿っていくと、何代か前のダグラス家当主か、その関係者に行き当たるみたいだった。今代の当主は今ひとつパッしない人物だけれど、昔の当主は相当な切れ者だったのかもしれないね。チョコレートもその人が貴族に広めたみたいだし。

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