#157:工房へ設備投資

 お祭りの最中から町中の話題をかっ攫い、予約数も増える一方のリンコちゃん。オフロードタイプの作成計画も密かに進められているので、関連工房はフル回転のてんてこ舞いだ。

 きっと、今が踏ん張り処だろう。ここを乗り越えるまでは私も少しは手伝っているよ。詳しい知識も確かな技術もないので主にパシリだけれど。……交渉役といったほうが見栄えはいいかな。素材調達よりも人材を求める話し合いが主だし。


 いつも頼りになる美人姉妹や、今まで知り合ってきた職人さん達の人脈から木工組は人手を少し増やせたものの、鉄工細工はそうもいかなかった。

 魔木を加工するとはいっても、その初期段階は通常の木材と大差ないそうなので特別な技術をあまり必要としない。不可欠なのは、とにかく作業を早くこなせる熟練の技だ。この町には羊飼いの隠れ家亭と伝手を持つ職人さんばかりがいるので、これは割とすぐに見つかった。


 それに引き替え、鉄工細工の作業は独創的すぎて経験者がまったく見つからない。これが楽に発見できていたら、ブルックの町で私や木工工房の親方さんが頭を悩まさないからね。この世界ではボールベアリングすら珍しく、大量生産ができないのだ。


 しかし、今はそうも言っていられない。軸受けのボールにしろ、動力を伝達するチェーンにしろ、まったく同じ規格の部品を多量に必要とする。それを作るには、型に鉄を流し込むだけだから楽勝だと思っていたら大間違いだった。あれは基本的に使い捨てらしく、一度壊したら同じサイズの型を作ることは不可能に近いので、最終的には手作業で調整なのだとか。

 人材が難しいなら機材で解決すべく、今は意見を求めてウェインくんの工房に来ている。


「何かいい方法ないかな?」

「あの、アダマンタイト製の型があれば……」

「……本気で言ってるの?」

「いや、その、無理ですよね。あればいいなって思っただけなんで。……忘れてください」


 今でも外出時に着用しているお母さんのミスリルシャツと同じく、魔力の篭もった金属だ。青銀色のミスリルよりも魔力の伝導性は低いけれど、滅法硬い緑銅色の金属がアダマンタイト。オリハルコンという赤金色の金属は魔力の伝導性が高く、比較的加工も容易なので魔道具等によく使われているものの、アダマンタイトはその硬さ故に加工が難しくあまり出回っていない。

 そんな魔含鉱はどれも普通の鉄より圧倒的に丈夫だよ。その代わり、溶かすだけでも高火力の魔術が求められるので、製品にも高火力な値札が付けられるけれど。


「今までのやり方だと間に合わないんだよね?」

「そう……ですね。型作りも、玉磨きも、死んだお師匠さま以外にできる人を知りません」

「う~ん……じゃあ、王都で探してみるよ」

「え、いいんですか? お願いします」


 すべて同じ大きさや角度になるまで削って削って削り続けるのは大変だろう。以前、それを見せてもらったことがあるけれど、もの凄く地味で根気を求められる作業だった。接触部分はなめらかでなければうまく回らないし、その調整が著しく時間を消費させてくる。

 実際に、現在のリンコちゃん製作で最も遅れているのは軸受けだからね。最初に見せていたリードはあっという間に消え去ったよ。

 これは早めに手を打っておかないと、せっかくの風向きが変わりそうだ。




 というわけで、王都にやってきた。グロリア王国の王都も考えはしたのだけれど、あちらにはシャノンの両親くらいしか知り合いがいない。それに、加工が難しいアダマンタイトを求めるのなら、歴史だけは長いエマ王国のほうが扱える工房も多いのではないかと思った次第。


 ところが、王都支店の契約延長のついでにお店巡りをしても見つからない。そこで、助けを求めるべくルーシーさんのお屋敷を訪ねてみると、幸運なことに彼女は在宅中で私ともすぐに会ってくれるようだ。


「ごきげんよう、サラさま。至急の案件とのことですが」

「こんにちは、ルーシーさん。事業の一部で少々困ったことがありまして……」

「そういえば、自転車のお噂を耳にしております。リンコさま……でしたか? 大変な人気を集めているそうですね。わたくしも購入したいのですけれど、おいくらかしら?」

「ありがとうございます。ルーシーさんには日頃からとてもお世話になっていますので、後日一台プレゼントしますね」

「まあ! ありがとう存じます」

「いえいえ。……ところで、アダマンタイトはありませんか?」


 もう王都にまでリンコちゃんの噂が届いているとは驚いたよ。この際なので、自転車一台を供物に情報を引き出してみた。そして、数はあればあるほどいいけれど、少量でも構わないとも伝えておく。


「少しでよければ倉庫にあったような……。目録から探してまいります」

「お願いします」


 その後、倉庫から僅かなアダマンタイト鉱石を持ってきてくれたルーシーさんは、関係者筋にも当たって何とか集めてくれたものの、箱の中はスカスカだった。しかも、手のひらサイズでも一万エキュー以上すると言う。

 加工が難しくとも要所に仕込めばいいだけで、価値自体は極めて高いのだろう。しかし、今は値段がどうとか言っていられない。それら全部買っておいた。長い目で見れば人件費よりは安上がりでしょう。投資と思えば自分に返ってくるし。


「お買い上げありがとうございます。ご希望の数に添えず申し訳ございません」

「いえ、助かりました。これで何とかなるかもしれません」

「そうそう。先ほど側役から知らされたのですけれど、貿易船が戻ってきたそうですわ」

「お? ……おおっ!」


 たしか、往復に半年くらいかかると言われていたね。その荷物はケルシーの町へ届けるか、ルーシーさんの物と同じく王都へ運ばせるかとも尋ねられたので、私が自分で取り行くと答えておいた。一号店まで届けてくれたほうが楽ではあるけれど、甘えすぎもよくないだろう。

 それに、自分で行ったほうが早く受け取れる。チョコレートのためにも今の問題はさっさと解決して、憂いなく事に臨みたい。




 買ったばかりのアダマンタイト鉱石を持ち帰ってウェインくんに渡したら、信じられないようなものを見る顔つきで眺めている。私が適当な何かでお茶を濁すとでも思っていたのかしら。時間ができたら少しお話をする必要がありそうだね。


 次はこれを加工できる職人が必要だ。当然のことながら、この世界にはボールベアリングのボールや、チェーンの型なんてものは存在しない。私も最初からそれを探してすらいなかった。よって、初めて作るものでも嫌がらない人でなければ困る。

 金属を扱うといえば鉄工所だけれど、魔含鉱はそこの火力で溶かせるような代物ではない。これは私のヘンテコ魔術で加熱すればいいので、それ以外を担当できる誰かが必要だ。それと、ウェインくんは鉄工所で強く当たられていたみたいだから、別方面から探していこう。


「ぃらっしゃ……ああ、会長のお嬢ちゃん」

「エミリーいなくてごめんなさいね」

「最近は、とんと見ねえな。祭りでチラッと見かけるくらいか」

「今ちょっと忙しいんですよ。町に戻ったときは、ここに寄るように言っておきますね」


 つるっぱげの武器・防具屋さんは、知り合いの鍛冶屋さんと一緒に来ていた。その人を確保してウェインくんと組ませようと思ったのだ。ただし、私の加熱で融解させるから力の一端を知られることは避けられない。抱き込むことを前提に考えておくべきだね。

 そして、未だに冒険者ギルドが来ないせいで暇をしているという鍛冶屋さんを紹介されて、あまり仕事がないから渡りに船だと快く協力してくれたよ。


 ところが、作業に必須の道具で問題が浮上した。アダマンタイト鉱石という極めて硬い鉱物を加工するなら、それと同等以上のものが求められる。もちろん、そんなものは持っていない。苦肉の策で、ヘンテコ魔術をかけて時間を停止させたハンマーで打つしかないだろう。以前の迷宮で入手した物だと言えば誤魔化せるかな。


 その翌日。機材の都合から私との専属契約を取り交わした鍛冶屋さんの工房にお邪魔して、加熱の魔術でアダマンタイト鉱石を溶かして不純物を蒸発させ精製する。時間操作もこっそり併用し、インゴット状態にまでいけば彼らの作業が始まった。

 自分でやっておいて何だけれど、離れていてもめちゃくちゃ熱い。技術云々の前に、これに耐える気力がすごいよね。鍛冶屋さんと組んで槌の動きを誘導するウェインくんもがんばっているよ。私は加熱だけの担当なので、身体に冷却をまとわりつけて壁際で待機です。


 その後も、カンカントントンと少しずつ少しずつ形が整えられ、これ自体をヘンテコ魔術でやれば粘土でも代用できたのではと気付いたころに、アダマンタイト製の型が仕上がった。

 幸いなことに、ボールもチェーンも小さなパーツだから素材は足りたらしい。工房には朗報だけれど私には悲報だと思う。あれがいくらしたと……いや、もう彼らに任せても問題ないのだから、プラスに働いたと考えておくべきか。


 それと、ゴム工房は人手よりも制作中と完成後のタイヤを置く場所くらいしか問題になっていない。これは人が住めそうにない空き家を使ってその日のうちに解決してあるよ。素材収集も順調で、なんと鷲獅子の爪痕が受諾していた。指名依頼でも入らない限りは、私が元仲間レアの娘だからと今後も協力してくれるらしい。

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