#156:新生リンコちゃん、本日発売!
廃村から勝手に拝借した廃屋を修繕しただけのちぐはぐな代物でも、住居問題はひとまずの落ち着きを見せ、今では鉱員――採掘労働者らがごく普通に生活を送っている。
はじめのうちは見た目が嫌だの、場所が悪いやらと文句は絶えなかったけれど、町の近くに建てておかないと買い物は最低限だけで済ませるでしょう。その意見は黙殺したよ。それに、修繕費と僅かな手間賃だけで家を購入できると知った途端、手のひらを返していたし。
誰に聞いてもわからないほどに、長く放置されていても崩れずに残っていた一軒家と、薄い壁で仕切られているだけの新築長屋。どちらも一長一短に悩むだろうけれど、お金の問題とは斯くありきといったところかな。現金に生きるのはいいことだ。扱いが楽でとても嬉しい。
そんな家屋はゴンドラ職人が暮らす村に建ち並び、そこに住まう人たちは町に訪れて買い物をする。客足が増加したことでまたもやピザの料理人が悲鳴を上げ、ふくよかな服屋さんからも『布が足りないわ!』と助けを求められ、領都で購入、及び行商人の増員を頼んでおいた。
そうやって、商店街の会長すらパシリにされる日々が過ぎていく。
そして本日、私が一六歳を迎える春分の日。ヱビス商会も創設一周年を記念してビンゴ大会のイベントを催し、衆目を集めてからリンコちゃんのお披露目を行う予定だ。
すべての準備は万全にして臨んでいるので何の問題も起こらず、私が立つヱビス商会一号店の入口――僅かに存在する階段の前には人集りができている。
「おめでとうございます! では、そちらの職人さん。執事から賞品をお受け取りください」
「おおぉ、やったぞ! ほら、見てみろ。揃ってるだろ!」
「それはいいから早く行ってこい。あそこの老執事のところだってよ」
「リーチだったんで、俺にも何か分けてくださいよ」
「あたしもあと一個が三列だったんだけどなぁ。シャノンは?」
「うずまき模様になってる。ミリっちは究極状態過ぎ」
先ほどビンゴを決めたのは木工工房のお弟子さんだ。今も同僚たちに背中や肩をバシバシと叩かれながら、笑顔を振りまいてスチュワートの元に駆けていった。
当選者は知人だけれど不正はしていないよ。というか、ほぼ全員が知っている人なので誰に当たろうとも同じ結果に繋がると思う。そんな状況でビンゴの数字をいじっても無意味だし、人集めと場の盛り上がりが目的だから誰に当たってもよいのです。
ちなみに、今回の賞品はマンマ・ピッツァの無料お食事券一〇枚綴りだ。これ一枚あれば、一部の高額商品を除いてお好みのピザを一品だけ無料でご注文できます。賞品はこうして皆で分け合えるようなものを選んであるので、誰からも苦情は出ていない。
さて、会場も十分に暖まっていることでしょう。本日の目玉にご登場いただくとしますか。
私がジェスチャーで指示を出すと、お店の前に等間隔で配備しておいた孤児やメイドさん達が群衆を整列させていき、港通りには一本の細い道ができあがった。それと同時にヴァレリアとベアトリスも動き、私の足下に木製のスロープを設置する。
「みなさま、ここで新商品をご紹介いたします。その場から動かないようにしてくださいね」
「お? あれって、ひよこ亭の姉妹じゃねえか?」
「何か押してるわね。なんだろう……荷車?」
「……やはりここで出されましたな、ヱビス屋さん」
私が掛け声と共に手を向けた一号店の中から、赤リンコちゃんと青リンコちゃんを押す美人姉妹が姿を見せ、この日この時のためだけに拵えたスロープを下って皆の前に歩み出る。
棚ぼたのチューブレスタイヤはカーボンの影響で黒一色だけれど、魔木が使用されるボディカラーはいくつか種類を用意した。黒に近い焦げ茶色からミルクティーのような薄茶色。紅茶みたいな赤茶色もあるし、青茶色という珍しいものまである。……こちらの世界だとそうでもないようだけれど。
このカラーバリエーションは偶然の産物だ。乾けば鉄のように硬くなる魔木を加工する際に、時間が経ちすぎたり、うっかりミスで工程を間違えたりしたことから結果に変化が現れた。
自然にゆっくりと、または魔術でサクッと乾かすなどで濃淡が異なるらしい。色合いは葉の有無で違いが出るのだとか。ただ、これらの工程を私は見ていないので詳しくはわからない。
はじめのうちは曖昧な注文のせいで伝達ミスをしたのかと思ったけれど、買い付けた魔木はすべて鉄のように硬くなったので木こりに誤りはなかった。そうして受け取った木材にしても、あまり取り扱う品ではないので職人さん達もよく知らなかったみたい。
この事実が発覚する前は、同じ色ばかりでは飽きられそうだから車体の染色も視野に入れていたものの、今ではこの偶然をありがたく享受しているよ。もちろん、単色ではないカラフルなリンコちゃんもいつか販売できると思う。ただし、現状の染色技術では黒色以外のタイヤは難しいけれど……。
個人的な予想だと、この手の魔木は一種類ではないと思う。複数の種類が混ざっているせいで赤系や青系に変色して見えたのだろう。葉っぱの有無で色合いが変化するというのも正直に言って信じ難い。今度、サンプルを手に入れて確かめてみたいね。
気になるなら、なぜやらなかったのかって? その頃は移住者の対応に追われていたのだよ。家を拾う前の話だね。拾ってからも町に利益をもたらす位置に移動させたりと忙しかったの。
そんなこんなで完成したリンコちゃん。それをこの町一番の美人姉妹であるグレイスさんとクロエちゃんに販促モデルをお願いして、皆の前でチリンチリンと乗ってもらっている。
二人とも自衛のためにある程度の魔術は使えるので、こっそりと身体強化を施しているよ。
「みなさま、いかがですか? まるで陸を走る小舟のようですね」
「見てみて! なんか楽しそう!」
「いや、舟漕ぐのって結構しんどいぞ?」
「いえいえ、ご心配には及びません。ご覧のように力がなくともスイスイ進めます」
やらせ? 仕込み? それがどうした。これが商売なのだよ。それに、嘘は吐いていない。
以前のリンコちゃんではそれなりに力を込めないとペダルが回らなかったのに、新生リンコちゃんは本当に軽く進めるよ。前世でいえば、少々古めなママチャリくらいの重さだろうか。乗り慣れている人でも多少の違和感を覚える程度だと思う。注油しろと言いたくなる感じかな。
そのおかげもあって、美人姉妹は人垣で構成される細い道を軽やかに一周し、皆からの視線を一身に集めて一号店の前まで戻ってきた。
「みなさま、どうぞお近くでお確かめください。――あ、お手は伸ばさずにお願いします」
「ねぇ、これ買ってよ」
「……何に使うんだよ。舟なら後で乗せてやるから」
「いいところに気付かれましたね。次は活用法の一例をお見せいたしましょう!」
私が手を上げて指示を下すと、待ち構えていたスチュワートによってリンコちゃんに荷物が積まれていく。ヴァレリアとベアトリスも手伝いに加わり、ある意味で切り札となるリアカーもお店の中から出してきた。しかし、予想よりも人が多く集まったのでこれは使えそうにない。少々パンチに欠けるけれど、安全面を考慮したら仕方がないね。
そうして、積載状態となったリンコちゃんはまたも美人姉妹が軽やかに乗ってみせ、今までは彼女らに見惚れているだけだった観客――特に、男性陣が目の色を変えていた。
どうやら、リンコちゃんの凄さを理解したらしい。荷運びの経験があれば嫌でも伝わるかな。いくら水路が多くても、それが行き届いていない所には歩いて運ぶしかないからね。そして、最も激しい反応を見せたのは露天商や行商人と思しき人たちだった。
彼らは領都や近場の町村をグルグルと廻っている。荷物があるので馬車は必須だろうけれど、働くお馬さんはご飯を食べる。しかし、リンコちゃんは飼い葉の一房すら必要としないのだ。そこに気付いた人からは情熱的な鋭い視線をいただいたよ。
そんなリンコちゃんはお祭り当日中にすべての在庫が捌け、その上で予約も殺到した。
本当は一台一千エキューほどで売りたかったのだけれど、魔木を用いたことで必要コストが増大し、細かいデザインやカラーの差こそあれど、一台二千から三千エキューとなっている。ただし、今だけは所謂ご祝儀価格で何割か上乗せして販売したよ。
試作品ならまだしも、商品として流通させるには木こりの数が足りず、王都で冒険者に魔木の捕獲を依頼し、それをここまで運ばなければならない。依頼を受諾した冒険者への報酬や、素材の輸送費用、それの保管場所などでお金がかかるのだ。部品の加工も通常の木材ではないから別料金だし、完成したリンコちゃんの収納庫も必要だろう。
乾くと鉄のように硬くなる魔木は加工までのスピードが命とも言える。時間経過で変色するし、そもそも硬くなると加工自体が非常に難しい。あくまで鉄のように硬くなるのであって、鉄のような伸縮性は持たないのだ。
私が収集と輸送をすれば無料だけれど、何度も繰り返していたら精神的に参ってしまう。
それと、よい素材ばかりで制作した高級リンコちゃんは、領主一家に後日納品するつもりだ。
これを売るなら一万エキューは下らないけれど無料で贈呈するよ。もしもに備えた袖の下というやつだね。楽器は貴族向けに売り込むので、その協力とか諸々をば……。
もちろん、お母さんや伯父さん達にもリンコちゃんを一人一台で贈っている。セット商品のリアカーも各家に一台のおまけ付きだぞ。
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