#155:拾ってきました

 発見された鉱脈では早くも採掘が始まり、そこで働くために引っ越してきた移住者の対応に追われていると、春のお祭りが近付いてきた。その日にリンコちゃんを発表すると同時に発売することは各所に通達しており、こちらの準備は万全だ。

 ところが、移住者は予想以上の人数となってきて、町全体に関するようなちょっとした問題が持ち上がっていた。


 まだ空き家が多く見られる町だけれど、鉱脈騒動以前からの移住者によって家屋は予約されている。いきなり大勢で押しかけてきても住まう場所がないのだよ。いくら数だけはあっても、長年放置されていたせいで安全面から使用許可を出せないでいる。この辺りは大工さんに点検してもらってあるので、無視して宛がおうものなら私の信用が地に落ちる。


 あそこのお嬢さんはお金が欲しいばかりに利用者を蔑ろにしている――なんて囁かれたら、取引きに応じてくれる人がいなくなってしまうよ。私個人の考えだと、説明を聞いた上で納得した後の事故なら当人の問題だと思っている。しかし、世間の風聞はそう捉えてくれない。

 そんなわけで、住んでもらいたくても住まわせられない状況に陥っているのだ。


 一時的になら空飛ぶひよこ亭以外にも増えてきた宿屋で賄えるものの、いつまでも宿暮らしできるほどの稼ぎはないと思う。かといって寒空の下に放り出すと外聞が悪く、せっかく人口が順調に増えているのにまずい事態となるだろう。

 この件は一商人としてではなくて、地主としての私が対処せねばならない事案かな。


「困りましたね」

「そうですな。集合住宅の建設もこれ以上は急げません」

「皆さん、責任感が強いですものね。……もう、彼らをそこで働かせるというのは?」

「やはり、収入と釣り合いが取れません。いずれ、宿からは追い出されてしまうでしょうな。それに、領都からの情報によればまだ増える見込みですゆえ、雇用も頭打ちになるかと」


 町長と交渉して外の村にある空き家を使えるようにしてもらったけれど、どれもボロボロなので数が不足しているのだ。あちらも壊れたら捨てて移り住むような生活だったので、整備はまったくされていない。状況としては町の中と大差ない感じかな。


 そこで、街道整備に勤しんでいた労働者たちを区割りして、大工さんの指揮で壊れた家屋の修繕と、長屋のような木造集合住宅の建設が急ピッチで進められている。これでも先を見据えて動いていたのに、鉱脈の発見というイレギュラーが発生したことで作業が追い付いていないのよね。……報告は早計だったかも。

 一応は、これの打開策があるにはあるのだけれど、最終手段にすらできそうもない。


 加速の魔術を労働者たちにかけたら一発で解決することでしょう。しかし、十倍速にすれば十倍速く仕事が終わるとしても、十倍速く年を取って死んでしまう。その都度巻き戻そうにも記憶がなくなるし、せっかく得た経験も台無しだ。この場を乗り越えるためだけに行使したとしても、今後も当てにされると困ってしまう。


 私の遊ぶ時間がなくなる心配よりも、あそこの商会に関わると早死にするとか噂になれば、呪われた商会として有名になり、売り上げが右肩下がりに……ってね。たとえこれが根も葉もない噂だろうと、一度付いた悪評を拭い落とすことは困難極まる。

 このままでは遅かれ早かれ苦情の行列に見舞われることがわかってはいても、これといった妙案が浮かばないというわけだ。


「どこからか家を運べたらよいのですが、生憎と余っているような場所を存じません」

「あ、それいいですね。ちょっと拾ってこようかな」

「何をおっしゃいます。家は棒きれや石ころでは御座いませんよ」

「廃村ならいいでしょ?」


 この国には魔物に襲われて壊滅した村がいくつも残るはず。少なくとも、秋の嵐でエミリーとシャノンが雨風を凌いだという廃村がどこかに存在する。理由はどうあれ、捨てられたものなら拝借してもよいのではないかと思う次第であります。


 そんな考えで口にした私の返事を冗談だと受け取ったらしいスチュワートと別れ、いつもの移動魔術セットでエミリーとシャノンが通過したと思しきラインを遡った。

 今日のお供は暇そうなエクレアと、もはや周りからは護衛騎士と見られているヴァレリアだ。側役のベアトリスはなんかだるそうって顔だったので連れてきていない。内勤は普通にこなすのだけれど外勤を嫌がる感じで、最近は愛鳥と戯れていることが多い気がするよ。




 竜神山から流れ込む川を辿ってグロリア王国方面に向かっていると、不自然に拓けた場所を目にすることがある。それが廃村の跡地なのかと思って調べてみても、多少の凹凸が残る程度で枯れ草が伏せるだけの広場にしか見えていない。家を拾う云々以前に、ここで生活が営まれていたのかすら怪しい有様だ。


 人が暮らしていたのなら川の近くだと思っていたけれど、一概にそうとは言えないようだね。魔術があれば井戸掘りもさほど難しくないので、水辺から離れた所で暮らしていても何らおかしくはないのかも。


 そうして地道に探していたら、川に近ければ水害に見舞われていた可能性があるということに気が付いた。私が知っているのはあくまでケルシーの町だけだから、こちら側ではそれより前から悩まされていたとも考えられる。こんな事なら、もっと詳しく聞いておけばよかったよ。

 何か情報が欲しいので、この国出身のヴァレリアをスタッシュから外に出してみた。


「……お姉さま、到着ですか?」

「いやぁ……サッパリわかんなくって。この辺に村があったとか聞いたことない?」

「申し訳ございません。王都で過ごしていましたので、外のことをあまり詳しくは……」

「何かの話で親から聞くとか、学院なんかで教わらないの?」

「……えっと、その……」

「あ――ごめん」


 そういえば、この娘は学院から逃げてきた疑いがあるのだった。それに、親とも折り合いが悪かったね。別方向――騎士団にいた時代から切り込んでみても、演習で赴くのは近場ばかりなのだとか。見習い騎士がいても邪魔になるのか、遠征に参加した経験はないそうだ。


 こうなっては情報が手に入りそうもない。ベアトリスを連れてくればよかったかも。しかし、あの嫌そうな顔を見せられて頼み事をするのは正直面倒だし、エミリーとシャノンを追いかけて説明してもらうしかないかな。


 次の満月で会う町は既に決めているので、そこまで移動してからソナーを飛ばす。そして、何とか見つけ出して話を聞いてみれば、竜神山沿いの川を隔てた方――平地側にあるそうだ。

 さすがの私でもそこまでは予測できている。肝心なのはこの先で、それを尋ねてみても二人は困った顔を浮かべていた。どうやら、あれから時が経ちすぎてしまい、目印の記憶も曖昧になっているみたい。


 ただ、ヒントというか何というか、雨風が凌げる建物は確実にあったと言っていたよ。もうそれこそが私の求めるものだし、揺るぎない目印にもなるでしょう。また地道にコツコツ探していくしかないようだね。


 ちなみに、以前カカオ豆などを購入したあの港町が取り決めていた場所だよ。南国風の商品が多数売られていたので、それを二人に伝えたら『行ってみる』、『楽しそう』と言っていた。面白い何かが見つかることを期待しています。できれば迷宮を。




 仕事中だったエミリーとシャノンに別れを告げ、元居た場所付近に戻った私が気合いを入れて散々探し回った結果、ようやく魔物に襲われたらしき廃村を発見した。

 しかも、悔しいことに何度も通った場所からあまり離れていなかった。上空から確認すればすぐ見つかると思ったのが敗因だろうね。緑豊かな国にある廃村なのだから、家屋の屋根には苔や草が生えている。それがカムフラージュとなって見落としていたようだし、色褪せた世界による弊害とも言えそうだ。


 無駄に遠回りしたけれど、目的の物は目の前に鎮座している。あとは邪魔でしかない草などを取り払ったらスタッシュに入れて持ち帰るだけ。家屋は一軒だけではないし、ヴァレリアとエクレアを呼び出して手伝ってもらおう。


「今度は着いたよ。家に絡みついてる蔦とか草を落としてくれる?」

「かしこまりました。魔術で吹き飛ばしますか? それとも、手で毟りましょうか」

「……魔術に耐えられるのかな?」

「かなり古いようですが、ここに魔物の爪痕がございます。なかなか丈夫な作りなのでは」


 そうやって使えそうな家屋をスタッシュに入れてはケルシーの町へと戻り、めぼしいものがなくなれば、家を貰いました――と書き込んだ立て札も木陰に刺しておく。その後も別の廃村を探し、同じ手段で移送を続けた。




 少しでも早めに知らせておこうと一号店に戻ってみれば、どことなく落ち着きのないようなスチュワートと、笑みを堪えているベアトリスに迎えられた。

 どうやら私があの冗談を真に受けたと判断したらしく、スタッシュに家が入るほどの使い手を探そうとしていたそうだ。ところがそう簡単に見つかるはずもなく、焦りの表情を浮かべていたとベアトリスに教えてもらったよ。

 そんなスチュワートを町の外まで案内すると、ズラリと並んだ廃屋を目にして明らかに顔を引き攣らせていた。

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