#154:お土産の出所
まだ先の話だけれど、製作が順調に進んでいるリンコちゃんは春のお祭りで発表する予定だ。
領都に繋がる街道もかなり綺麗になっているし、発売したらそこを走る姿が見られることでしょう。本体にサスペンションはないものの、棚ぼたタイヤだけでも十分いけるはず。品切れを回避するためにも、この調子でドンドン作ってもらいたい。
ところが、一部の材料が足りなくなってきたとゴム工房から連絡があった。
加硫剤とカーボンなどは薬屋さんを経由した行商人や鉄工所から、樹液は木こりから継続的に買えているけれど、硫黄が不足しがちらしい。採集する場所は教えてもらっているし、緊急事態なので私がひとっ走りしてこようと思う。服さえ汚さなければ大丈夫……だよね。
そんなわけでいつもの移動魔術セットで竜神山を進んでいると、川縁にある小さな洞窟……のような窪みに頭を突っ込んでいるエクレアの姿を見つけた。もふもふのお尻をぷりっと突き出している。
普段はどこで遊んでいるのかと思っていたら、こんな所にいたとはね。加速の魔術だけ解除してみるとお尻をふりふり楽しそうなので、ちょいと声を掛けてみよう。
「お~い、エクレア~」
「ぷも?」
「こっち、こっち。上だよ~」
「……ぷもー!」
呼びかけに反応して辺りをキョロキョロ見回したエクレアが、私の姿を見つけた瞬間にくるくる尻尾を振っている。その近くに降り立つと、泥まみれで鉄臭いエクレアが駆け寄ってきてお団子サイズの鉄鉱石をくれた。
前々からこれをお土産に持って帰ってくるエクレアは、ここから拾っていたようだね。窪みの内部を窺ってみてもよくわからないけれど、もしかしたら鉄の鉱脈があるのかもしれない。最低でも、この小さな鉄鉱石を掘り返せる程度には埋まっているのだろう。
「エクレア、こういう鉄鉱石ってまだまだあるの?」
「ぷもぷも」
「なるほどなるほど。……わかんない!」
「ぷもぅ……」
しょんぼりしたエクレアの頭を撫でてから手頃な石を拾い上げ、私も窪みの中を掘ってみるも意外と硬くてまったく進まない。それどころか、服の裾に泥が……。
軽い気持ちで始めたらメイドさんが悲しむ未来を切り開いてしまったよ。やっちゃった私はまた掘り始めたエクレアと別れ、お目当ての硫黄を集めて町へと戻る。
そして、今更になってからロックキャノンモドキで近距離射撃したら穴を掘れたのでは――と気付いた。転移爆弾のほうが早いけれど、肝心の鉄鉱石まで木っ端微塵になりそうだからね。
そんなことを考えながら一号店に入るとエクレアが寛いでおり、足下には鉄鉱石がまた一つ増えていた。泥汚れも落ちているし、水浴びもしてきたようだ。いつものことだけれど、真冬に水浴びなんて寒くないのかしらと思いながらも、熱波の魔術で乾かしていく。
その最中にタオルを持ったスチュワートがやってきて、私が不在中にあった事柄を報告してくれた。それを聞き終えてから集めてきた硫黄入りの木箱を預けると、これから工房へ持っていってくれるそうなので、出かけるなら先ほどのことも話しておこう。
「山の中で鉄鉱石の鉱脈を見つけたかもしれません」
「鉄鉱石とおっしゃいますと、エクレア氏の?」
「はい。今日、掘っている現場を見たんです」
「明確な位置が判明しているのですね? では、詳しい者を確認に向かわせましょう」
私の狙いどおり、工房に材料を届けたスチュワートは鉄工所にも寄って事情を伝えてくれた。その翌日は調査員として厳ついおじさんを連れて、エクレアと共に昨日の地点へと向かう。
鉄工所のおじさん達は今でも苦手だけれど、貴族に比べたら幾ばくか気が楽だ。失言しても命は取られないだろうし、何よりもおじさんは一人だもの。これが集団であれば代理を立てたと思う。しかし、ただの確認にそれはない。ケルシーの町にそんな余裕はないのです。
それでも、過去の恐怖感から口数少なく歩いていくと、ほどなくして目的地に到着した。
「着きました。あそこの窪みです」
「あん? ちいせえ穴だな」
「この子が見つけて掘ってたんで」
「ぷっもう!」
穴を拡げながら近辺を調べてもらうと、ここは確かに鉄鉱石が埋まっているそうだ。翌日には採掘チームが赴き、周囲を掘ってみれば鉱脈と思われる埋まり方だったらしい。
町からは少し距離がある山の中だけれど、運搬なら楽だと思う。すぐ傍に川が流れているし、周りに魔物は見当たらなかった。たぶん、エクレアが倒し尽くしたのかもしれないね。
鉄工所や採掘に関わる人たちとの話し合いはスチュワートに任せ、もうお土産はなくなったけれど水浴びはしてくるエクレアに熱波を当てて乾かしていく。
そんな時に、魔物を倒していたのなら後処理のことが気になった。
「そういえば、魔石の処理はちゃんとやってるの?」
「ぷもも? ぷも」
今のところ、アンデッドの出現報告は聞いていない。念のためにそれらしき情報はないかと脳内メモをあさっていたら、エクレアが不思議な踊りを舞っている。
目に見えない何かにタックルをかまし、それに噛みついて首をぶんぶん振り回す。そして、何かをパックリくわえてゴクンと呑み込む仕草をした。
「え、食べてるの?」
「ぷも!」
あんなものを食べるほどにお腹を空かせていただなんて……。これでは飼い主失格だよね。鉄鉱石を見つけたら一品追加とかケチくさいことはやめて、お腹いっぱいのお肉をあげたい。
というわけで、お店のことはミランダ達にお願いした私は、近所のお肉屋さん――それも、高級精肉店へ向かった。
「いらっしゃいませ。おや、ヱビス屋のお嬢さん」
「どうも。一番いいお肉をくださいな。ブロックで!」
「ぷもっ!? ぷもっぷもっ」
「お連れさんが賑やかだね。すぐに用意するから待ってておくれ」
ここは他の安いお店とは違い、調理がしやすく食べやすく、そして見栄えをよくするために整形しているようで、冷蔵庫の魔道具には四角いお肉がギッシリと詰まっている。それを見て、もしやと思って話を聞いてみれば、切れ端は捨てるか、または教団に寄付しているのだとか。
切れ端は売れないからってもったいない。……いや、寄付は別だけれども。
そして、これを見逃す私ではない。前世のスーパーで、整形する際に出た切れ端が細切れ肉としてパックに詰めて売られていることくらいは知っている。それに、見た目が悪いのならば、わからなくしてしまえば良いだけだ。つまり、ミンチ肉だね。
この場で買い取り契約をしてもよいのだけれど、懸念もあるので一旦持ち帰って相談しよう。
「スチュワート! スチュワートは戻ってる?」
「お帰りなさいませ、お嬢様。何か御座いましたか?」
「また仕事押し付けて悪いんですけど、お肉屋さんの活動状況を知りたいです。私は資料室に行きますね」
「畏まりました。では、ギルドから情報を引き出して参ります」
整形しているのは高級店くらいだろう。しかし、それでは数が足りないのだ。私たちが食べるだけなら十分だとしても、アレを販売するとなれば必要量が桁違い。そこで、他店の状況や、可能であれば入荷量と廃棄率の具合を知っておきたい。
細かな数字は関係者でもなければ把握できないけれど、ギルドに提出する書類から販売量を、教団の寄付催促対策で商店街の協同組合に知らせるものから廃棄量等が読み取れる。それらと土地の使用料に関する報告書を照らし合わせるだけで、お店は丸裸に近い状態となるのだよ。
なぜならば、私には脳内メモに保存され続けている相場情報があるからね。
そんなわけで、各店舗から捨てられる部位や切れ端は私が買い付ける契約を交わし、新たな商品――ハンバーグやナゲットを試作した。……これはもう、アレを売るしかないよね。
ただし、パンにお肉を挟んだものは既に売られているから、一悶着おこりそうな予感はするけれど、そこはピザ問題を解決したスチュワートの手腕に期待しよう。
敏腕執事が瞬く間に話を付けて形だけのバーガーギルドまで設立したころ、見つかった鉱脈には早くも坑道が作られていった。さすがに川縁は危険なので、入口は水場から離れているよ。
そんな場所にある採掘場なのに、その存在が知られるや否や移住希望者が殺到した。今後はここから鉄が採れ、そしてお金に化けていくのだろう。
惜しむらくは、坑道の所有権は領主のものだ。誰も住んでいない土地は領主の、そして国のものであり、そこで採掘された鉱物は国が税金を課してくる。
私には発見者として金一封が贈られただけで、そのお金はエクレアに渡してお肉を買ったよ。先日の一件からグルメになってきたのか、店主一押しの超高級お肉をチョイスされた。一緒に買いに行ったら私が指差すたびに否定気味の鳴き声を連発していたのだ。
そうやって持ち帰ったお肉はメイドさんがおいしく調理してくれたはず。最初のころは魔物の餌なんて作りたくないという顔だったのに、今となってはエクレアの虜だね。
鉱脈の発見で莫大な利益が私の手中に――とはならなかったけれど、人口が爆発的に増えたのでお金が流れることに変わりはなく、町がとても潤い始めそうだよ。
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