#153:想定外の結果
忙しかった物産展が終わりを迎え、今は急ぎの仕事もないので一号店でゆっくりと過ごす。
私がいなかった間にミランダ達は客対応に慣れてきて、時折物産展にヘルプで呼び出したこともあって十分な働きを見せており、とても楽な日々を送っている。そして、いつもの搬入で 王都支店へ行った際に、マンマ・ピッツァの王都店から連絡が入っていた。
店員の募集に早くも応募があったそうなので、さすがに面接くらいは顔を出さないとダメだろう。これも任せてしまいたいけれど、職務怠慢のオーナーとして呆れられそうだもの。それに、何をやっても大丈夫だと思われたら心外だし、採用の可否を出すだけならすぐ終わるはず。
そんなわけで、既に決められていた日取りに合わせてお店へ向かい、料理人夫妻や経理担当と仕入れ具合などを話しながら時間を潰していると、これといった特徴がない平凡な顔立ちの青年が扉を開けて入ってきた。
「あのぉ、この前応募した者なんですけど」
「は~い。奥へどうぞ~」
「あれ、ここの店の子かな。お父さんかお母さんはいる?」
「……私がオーナーですが」
威圧感を与えないように気を配って町娘風の恰好で面接に臨んだら、普通の子供扱いされてしまった。私の背は高くないし、どちらかと言えば童顔に分類されるだろうから仕方がない。とはいえ、やはり見た目というのは本当に重要なのだと気付かされるね。
ほんの少し凹んだ私を気遣ってか、すぐに料理人の奥さんがやってきて応募者を奥へ連れて行き、そちらで面接が始まった。
この料理人夫妻は元パン屋さんだ。ケルシーの町には二店舗来ていたあのパン屋さん。結局は対抗店との競争に負けて料理人に転向したところで話がきたらしい。
奥さんは惣菜パンなどで多少の調理も行っていたので、割とすんなりピザのレシピを覚えていたよ。ただ、本店のマンマほど恰幅はよくないけれど、おばさんらしくよく回る口を持っている。旦那さんは寡黙な職人気質だから釣り合いが取れているのかも。
経理担当のほうは、羊飼いの隠れ家亭と懇意な商会に勤めていた過去がある。そろそろ独立を考えていたら、グレイスさんとクロエちゃんが張った網に掛かったそうだ。私とは特に面識がないものの、互いに同じ商人ということで考えが読みやすくて助かっている。
そんな人たちに任せたこの店舗では、ピザの他にもフレンチフライがあるし、お肉の安い国なのでフライドチキンも扱う予定だ。これで前世のピザ屋さんにかなり近づけたはずだよね。もちろん、ポテトに掛けるトマトケチャップも大量生産して完備してあるよ。
それと、コロッケも隠しメニューとして販売している。これはご贔屓のお客さんに優越感を与えるための処置だ。自分だけが知っている裏商品とか嬉しいでしょ?
これらがうまくいけば、本店でも揚げ物を導入するつもりだよ。あちらではお肉も油も大して安く手に入らないから気軽に試せなかったのだ。その代わり、お魚が安いからそれで勝負をしている感じだね。
その後、募集要項に載せていない若い女性も面接に訪れて、できれば配達は抑えたいのでお客さんから来店させるためにも雇い入れた。そして、開店時には多少のトラブル――女性店員を押し出したせいでパブと勘違いしたお客さんが来ることはあったものの、マンマ・ピッツァ王都店は順調な滑り出しを見せた。
エミリーとシャノン達を見送ってから約半月後。腕輪では距離的に届かないので事前に決めてある待ち合わせ場所に赴くと、強烈な匂いをまとわりつけて硫黄の収集は無事に完遂された。硫黄自体は無臭と言われるけれど、それが埋まっている場所で作業をしてきた名残だろう。
そんな彼らを労っていたら、魔物の中に魔獣が少し紛れていた程度で大きな問題はなかったようだ。やはり、私が睨んだとおりだね。
「絶対おかしいって!」
「ほんとにあれでDランク?」
「C……いや、Bでもおかしくない」
「おかしいといえば装備だろ」
「あの子たちの武器って古代文明のやつじゃ……?」
「この外套もやべえ」
おっと、最後のやつ。パクったら承知しないぞ。話を聞くより先に回収しておこう。
それと、エミリーとシャノンのランクが低いのは、あまり上げる気がないからだ。エミリーはパンの売り子に飽きて外に出たかっただけだし、シャノンはスキルオーブを求めて歩き回っていたら上がっただけ。それでも、討伐依頼が出ていた魔物はついでに狩っていたらしいよ。
「お疲れさまです。ギルドで報酬を受け取ってくださいね」
「また何かあれば呼んでくれ――下さい」
「そうですか? だったら、行商の護衛を頼むかもしれません」
「行商の護衛……あぁ、あれか」
ぼったくり行商はやめられない。商人自身が戦えたらよいのだけれど、できる人を雇うほうが遥かに早くて安上がりだろう。前々から、グレイスさんとクロエちゃんにはスタッシュ持ちをヘッドハントしてもらうよう頼んでいるものの、さすがに誰もが欲しがる人材だけに融通は利かないそうで困っているよ。
どうやら、私の運用法を知っているだけに難しいらしい。戦闘力は不要としても、長距離を歩けるだけの体力がいるからね。楽々就職で苦労知らずのスタッシュ持ちには厳しいみたい。……私には雇用の打診が一切来なかったからよく知らないけれど。
行商の護衛については概要を伝えておき、依頼品の受け取りと共に依頼書に完了のサインを付けると、早速『ギルドに報告してくる』と言う冒険者たちを見送った。そして、エミリーとシャノンを連れた私は一号店に帰り、手を貸してくれたお礼にお菓子を振る舞う。
その後は、こびり付いた悪臭を落とすためにお風呂を勧め、翌日もゆっくりと身体を休めてもらったら迷宮探しの旅に出発していった。
それからまた数日後。予約してあった樹液を木こりの皆さんが採ってきてくれたそうなので、それを受け取って町の外周部に用意されたゴム工房に運び込んでおく。
この工房とその作業員はスチュワートが手配してくれており、これからは弾性ゴムのタイヤとチューブの製造を目指していくことになる。あまり広い工房でもないから私がいても邪魔になりそうだし、手順を説明するだけでお役御免だよ。
そうして樹液と硫黄などから脳内メモ頼みでゴムを作ってみたものの、うまくいったような、失敗したような、私が知っているそれとは違うものができあがった。
とりあえず、それをウェインくんの工房に運んでカーラさんにも見せてみる。
「別にいいじゃない。商人的思考なら得をしたって思えば。これ面白いしまた設計するからさ」
「う~む……」
簡潔に言おう。自転車用ゴムチューブは失敗だ。分厚すぎて使い物にならなかった。きっと、彗星の尻尾がこの惑星を掠めたら人類は滅亡するだろう。
しかし、ゴムタイヤのほうなら成功した。ゴツゴツなのにふわふわという、まるでチューブレスタイヤのような代物に仕上がったのだ。これでは何のためにチューブまで作ろうとしたのかわからない。喜んでいいのか、嘆くところなのか、取るべき態度の選択に困ってしまうよ。
作り方は間違えていないはずなのに何度やっても同じものができあがる。この地は高温多湿ではないし、強烈な嵐も毎年来ているので、私の知る樹液とは違っていたらしい。もしくは、他に入れた過酸化物が影響したのかも。そうでなければ、またも魔木の素材という疑いが……。
何というか、私は科学者ではないし、カーラさんの言うとおり商人だ。今回は棚から牡丹餅、こちらの世界では天から
とにもかくにも、これで完全体のリンコちゃんは目前だ。……あ、ベルを忘れていた。
その話を楽器工房へ持ち込む前にカーラさんと相談してみたら、自分でも作れる物だと言うのでお任せしておいたよ。これでチリンチリンもバッチリだね。
「あ、そのついでって言うか、次の仕事なんですけど」
「次の仕事?」
「悪路も走れるタイプも欲しいんです。複数のギアを使える変速機ってのが必要になるけど」
「……どうせ図面描けるんでしょ?」
「それがサッパリわからないんですよね。簡単なものなら、たぶん、何とか」
「じゃあ、それでいいから描いてみて。あたしも考えてみるから」
少し気が早いかもしれないけれど、オフロード仕様のリンコちゃんも頼んでおきたい。先にベルを仕上げてから作業に取り掛かってもらいたいので、設計図はベルの後で描く――という話に落ち着いた。
それでも、内容が気になるようでカーラさんは物欲しそうな苦笑を浮かべていたよ。
そんなこんなで冬のお祭りが訪れ、吹き付ける海風の寒さで盛り上がりに欠けるかと思われたけれど、それを吹き飛ばすほどの活気に溢れる賑わいを見せた。今までは様子見をしていたらしいゴンドラ職人たちが、今回から参加するようになったからかも。
彼らには人形流しというこの国独自の習わしがあり、ひっそりと執り行っていたのだとか。最も外側の広い水路に人形が流れていたはずなのに、私は挨拶回りばかりで気付かなかったよ。
言われて見に行ってみれば顔面ホラー人形だったので、知らないほうがよかったなぁ……。
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