#152:竜神山への遠征チーム

 家族から成人を祝われて久しぶりに少女の顔に戻ったエミリーは、翌朝にはシャノンと共にまた迷宮探しの旅に出るようなので待ったをかけた。

 もう近場では見つからないらしくて、今はグロリア王国の方まで足を伸ばしつつあるそうだ。それは大変ありがたいけれど、硫黄の採集で懸念がある。


「へぇ……。あの人たち生きてたんだ。よかったね」

「そうだね。そろそろ連絡来ると思うから、二人も一緒に行ってもらえない?」

「じゃあ、それまではミリっちとゆっくりしてるよ」


 既に遠出の支度を済ませていた二人は一旦武装を解除して、エミリーはお婆ちゃんのところで息抜きの裁縫を、シャノンは嵐が過ぎた川で趣味の石探しでもしてくるそうだ。

 タイミングが悪くていらぬ手間を掛けさせてしまったね。私は数日ほど休暇を取るものだとばかり思っていたから、硫黄採集チームに助力をしてもらう話は明日でもいいと考えていた。そうしたら、今朝には出発しようとしているのだから驚いたよ。


 見つけ出すのも難しい迷宮を探すなんてすぐに飽きられると思ったら、意外と楽しんでもらえているようだね。道中は魔物に襲われることが稀にあるみたいだけれど、町があればそこで聞き込みなども行ってくれている。その際に、何か名物があれば食べたり遊んだりもしているはずだよ。


 これは珍しいものを見かけたら試しておいてもらえるよう、私が頼んであるからだ。各地の相場は気になるし、港が完成したら周辺の町も動きが活発になると予想している。そうなった場合の利益を確かなものとするためには、今のうちから取引先を見極めておき、友好関係を築かなければ難しいだろう。であれば、上客と思われるように不要な商品を購入する覚悟もある。


 それに、豪遊するという私の夢を叶えるためでもあるよ。遊ぶ場所がないから自分で作るつもりだし、そこを維持するためにはお客さんも必要なので、取り扱うコンテンツの手本があればと思ってね。


 ところが、これと言ったものは見つかっていない。その土地特有の調理法があったとしても、それが売り物になるとは限らないのだ。伝統的な工芸品は割とあるものの、私たちでは出来の善し悪しがわからない。


 掘り出し物があればお金持ちや貴族に売りつけられそうなのに、一般庶民には部屋のインテリアなんて無縁なので、私たちには判断する目がないのよね。エミリーの好みはかわいい系に偏っているし、シャノンのセンスはどこかズレている。私にしても物を見る目は自信がないから、何も見つからず仕舞いというわけだ。


 貧乏そうな田舎領主の館にも、木彫りの工芸品が飾られていたから売れることは間違いないのに、この手のものは見極めが難しいよ。不要な商品も買うとはいっても、わざわざハズレを引く趣味はないからね。


 こうしてみると、エミリーとシャノンは買い物をして遊んでいるだけに見えるかもしれないけれど、泥でぐしょぐしょの悪路も歩かねばならないのだ。その上で、迷宮探しという重大な任務も抱えている。思っているよりは過酷な仕事だよ。


 そんな仕事をこのまま続けてくれるなら、オフロードタイプのリンコちゃんも用意しておくべきかな。以前、カーラさんから『ダイヤモンド型フレームのほうが今よりも安定するわ』と言われた時に、私はママチャリが欲しくて強引に推し進めているのよね。


 頭を下げてお願いするのは一向に構わないけれど、私は変速機の仕組みをまったく知らない。そこまでの情報は調べていなかったのだ。これもカーラさんが設計してくれて、悪路を走破できるものが作れそうなら、是非とも二人にプレゼントしたい。

 なお、ママチャリはお母さんやミンナさん達にも贈る予定だよ。随分と遅くなったけれど、日頃からのお礼やら何やらを兼ねてね。




 入れ違いにならないよう早めに物産展の店舗へ赴き、ヴァレリアとベアトリスにも手伝ってもらいながら後片付けに取り掛かる。ピザ販売用のブースは机を出し入れするだけなのですぐに片が付き、店内の調味料ワゴンもスタッシュに吸い込んでおしまいだ。人手が必要なのは、どちらかというと他店のほう。

 今までは仲間だったけれど今後は敵同士とも言えるので、恩は売れるときに売っておきたいわけですよ。それに、お祭り前後の猶予期間に終わらせないと追加料金が発生するからね。


 その最中にもケルシーの町を密かに宣伝していると、件のチームが姿を見せた。

 皆が揃って大荷物を背負っており、いつか見た迷宮の時とは大違いだ。


「そろそろかと思って来ました」

「待ってましたよ。丁度いい頃合いですね」

「覚悟はできてるぞ」

「あ、そのことなんですけど――」


 強張った面持ちの冒険者チームに、奥地まで行った経験のあるエミリーとシャノンも参加する旨を告げると、ホッと息を吐いて表情をやわらげている。

 どうやら嵐の直後は魔獣が発生することが多いらしくて憂いていたようだ。……魔獣なら嵐とは関係なくぽつぽつ見かけていたから、あまり気にするほどではないと思うけれど。


「道もわからなかったから不安だった」

「ああ。経験者がいると心強いな」

「でも、あの時の子たちでしょ? 大丈夫かなぁ……」

「強さは保証しますから安心してください。それでも気になるなら装備をお貸ししますよ」


 私のヘンテコ魔術で強化を施した特別製の外套も用意してある。ただし、これは貸与であることを殊更強調し、もしも盗んだら罪人として奴隷落ちしてもらうとも言い含めておく。

 その現物はエミリーとシャノンを呼んでから渡す手筈だ。二人を連れてくる間に横流しされたら追えないしね。合流後は念のために見張りも頼んであるよ。


 そこまでするなら貸すなという話だけれど、硫黄はどうしても欲しいのです。自分で行くのは服が汚れるから困る……というか、汚すとベアトリスのメイドさんが怖い。彼女たちが怒ることはないものの、悲しそうな目で服を見つめるのが辛いのだよ。




 冒険者チームは『飯がまだなんだ。またピザを買いたい』とのことなので、スタッシュから取り出したものを渡しておき、その食事中にエミリーとシャノンを呼んでこよう。

 まずはエミリーを探しに、礼拝堂近くにあるお婆ちゃんの家へ向かった。


「お婆ちゃん、エミリー来てる?」

「おや、サラも来たのかい。エミリーなら奥にいるよ」

「エミリー、あの人たち来たよ~」

「ちょっと待って……よし、完成。はい、これあげる」


 なかなか綺麗な髪飾りを貰った。どこかの町で見かけたものを自分なりにアレンジしたのだとか。ちょっと派手めな装飾だけれど、今の私なら使いこなせそうだね。

 というわけで、早速伸ばしている髪に付けてみた。


「どうかな?」

「うん。いいんじゃない? サラも大人になったわね」

「あらぁ、いいわねぇ。今度、婆ちゃんにも教えておくれ」


 昨日、大人になった人から褒められた。お婆ちゃんにも好評なので、服屋さんに行くときは気を付けておこう。……髪をガッツリ掴まれそうだから。

 さて、次はシャノンを探すのだけれど、石拾いなんて川のどこでやっているのやら。


「シャノンは川で石拾いだよね。上っていったら会えるかな?」

「ああ、水路に魔道具あることすっかり忘れてたみたいでさ、爺ちゃんと喧嘩してたわよ」


 嵐の影響で水路に流れ込んだ分は、勢いよく海に送り出されたから石がなかったのか。町の住人としては画期的な装置でも、シャノンからしてみれば邪魔でしかないようだね。

 そんな話をしながら一号店に戻ってみたら、シャノンは自室でふて寝しているとメイドさんが教えてくれた。

 部屋の扉をノックしても反応がなく、その扉を開けてみたらベッドがこんもりとしている。


「シャノン、お仕事の時間ですよ~」

「鬱だ」


 えらく落ち込んでいるから話を聞くと、今は嵐で掻き回されて隠れたスキルオーブが表に出てくる絶好の機会らしい。たいていは川に落ちているのに、祖父から魔道具が快調だったことを知らされて愕然としたそうだ。

 それならば、誰にも荒らされていない場所に行けばいい。


「山の中なら荒れたままだろうし、誰も手出ししてないんじゃない?」

「――行って参ります!」


 目の前で唐突に始まったシャノンの生着替えをじっくりと堪能し、支度を終えたエミリーも連れて王都へ向かう。そして、事前に示し合わせておいた場所で硫黄採集チームと合流して、件の外套や食糧などの荷物を渡して送り出した。




 その後は物産展の後片付けを終わらせてしまい、王都の新店舗――ピザのお店に取り掛かる。

 本店のマンマに技術を叩き込んでもらった料理人の夫妻は前もって現地に行かせてあるし、今回は経理担当者も雇っているよ。基本的には店内で食べるけれど、注文が入れば店員による配達も行う予定で、ややイケメンを雇うように指示しておいた。


 これは私の趣味ではなくて、売り上げを考えての工作だ。あまりの美丈夫だと気後れするだろうし、女性に配達させると問題が起きる可能性もある。中の上くらいが丁度よいと思うので選考基準を設けたまでだよ。

 そこまで決めたら、後のことは料理人夫妻と経理担当者に任せて放置しても大丈夫でしょう。いや、完全放置で悪さをされると困るので、ちょくちょくと抜き打ちでの様子見は必要かな。

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