#150:台風一過

 ゴムの樹液採集は木こりに、関連工房の手配はスチュワートに任せ、今日も物産展で商品の売り込みと町の宣伝活動に勤しんでいる。さすがに目新しさは薄れてきて、食事時くらいしか混まなくなったものの、王都の外から訪れるお客さんはそれ以外の時間にもやってくる。

 そうして、今日も周囲のお店に目移りしている年若い冒険者チームが姿を見せた。


「たしか、ピザの店はこの辺の……ここか?」

「さっきからお腹が空くにおいで……あれ? ねぇ、あの人って、もしかして……」

「いらっしゃいませ~……あぁ、お久しぶりです。この国の方だったんですか」


 以前、散々ぼったくって稼ぎまくった迷宮で遭遇した冒険者たち――死にかけた上にお財布まで落とした不幸なチームがそこにいた。

 あれから無事に脱出できたようで、一人も欠けていないどころか逆に増えている。偶然にも再会したことで互いに近況を聞き合うと、彼らの生まれは迷宮があった農村の近くで、小国群とは幼いころから行き来していたのだとか。


「二人も増えたんですね」

「そうなんだ。なんてったって、俺ら迷宮帰りだからな」

「食糧切れで帰還するくらい魔物だらけでしたっけ」

「準備してる最中に攻略されるとか、ついてないッスよね!」


 何だか妙に威張っているけれど、君たち死にかけてましたよね。話盛ってるじゃないですか。

 そんな目で見ていたら、リーダー格の青年と当時は重傷を負っていた少女だけを残し、他の古参が新人の背を押して外通りの人混みへと消えた。


「その、なんだ……これが噂のピザ?」

「そうですけど、噂になってるんですか?」

「そうだよ。めっちゃおいしいって聞いて食べに来たんだから」

「ほうほう」


 話を聞くまでもなくピザは大人気で、もうこれの売り上げだけでも十分にやっていけるほどの収益を見せてくれている。しかし、それにあぐらを掻かず味の研鑽は欠かしていない。

 トマトソースはどうしようもなく酸っぱいようなので、それと合うチーズを選んだりとかね。コロッケにしてもチーズ入りが最も売れているので、この国もチーズ好きが多いようだ。これも料理人のおばさんと悩んで出した結果なのさ。今は人手が増えて楽になっているはず。


 王都店のことも考えて、新規の料理人は二号店で修行させている。そのせいで余計に忙しくなっているかもしれないけれど、マンマと親しまれているおばさんから辞表は出されていない。まれに試作レシピのピザが出てくる程度だ。ソースの味付けやトッピングなどを変えたりして、いろいろなメニューを考えてくれているよ。

 それもこれも、それなりのお給料を払っているからだと思う。繁盛している工房の親方に近い金額だからね。一般労働者の二倍から三倍くらいかな。


 楽しいお金の話よりも、ちょいと思い付いたことがある。せっかく面識のある冒険者が目の前にいるのだし、どのピザにするか迷っている彼らに尋ねてみよう。


「見たところ、まだ冒険者をされているようですね」

「あの時は世話になった!」

「あ、いえ、そういう意味ではないんです」

「本当に助かったのよ?」


 迷宮を逃げ出してからは装備や連携を見直し、今ではランクが一つ上がったそうだ。そこに恩義を感じてくれているなら丁度いい。竜神山で硫黄の収集を頼んでみよう。あの辺りは余計な魔物がいるから木こりは行かないらしく、買い付け先に困っていた。


「採集の依頼を出そうかなって思ってるんですよ」

「お、だったら俺らが受けるぞ」

「ありがとうございます。竜神山の奥地で硫黄を集めてくださいね」

「ええ!?」


 驚きたいのはこっちだ。ただのハイキングではないか。魔物がポツポツいたくらいで、遠い以外は特に危険もなかったのだから。巨馬の迫力に萎縮した私が撥ね飛ばされたくらいだよ。

 そう思って話を聞いてみれば、竜神山の中腹辺りは迷宮に換算したら中層以降と同じ難度で、奥地ともなれば下層並みなのだとか。

 エミリーとシャノンは楽々と倒していたし、実戦経験に乏しいヴァレリアだって苦戦してはいなかった。目当ての馬と羊は生きたまま捕獲したくらいだ。もしかしたら、私の護衛たちはめちゃくちゃ強いのでは……。


 とりあえず、恩人からの依頼だからと、指名料金は無料にて行くだけ行ってくれるそうだ。さらにピザも買うというので、ここではあまり人気のないコロッケを人数分おまけしておき、一緒に冒険者ギルドまで赴いて彼らに指名依頼を出したよ。

 コロッケはあまり売れないというか、あえて売らないようにしているけれど、中濃ソースやマヨネーズは地味ながらも人気を集めている。……知る人ぞ知るとかそんな感じで。

 私としては一気に売れてくれてもいいのになぁ。まだ使い道が思い浮かばないのかもね。




 すぐにでも採集に向かってほしいけれど、そろそろ嵐が到来する頃合いだ。あの暴風雨の中で山登りしろと言えるわけがない。私は鬼でも悪魔でもないのだよ。

 それに、害獣駆除は事前に行い、水路には水流調整の魔道具を完備してはいるものの、昨年のような川の氾濫が起こる不安は拭えない。もしもがあれば、私以外に対処できる者はいないだろう。未だに冒険者ギルドは来ていないからね。


 今年は人口も増えているのだから被害があれば非常にまずいこととなる。おそらく……いや、確実に物産展よりも失敗できない行事でしょう。……恒例行事とは思いたくないけれど。会議でもこの嵐を越えてから大々的に住人を呼び寄せると決まっているしね。


 現状だと、もうこれ以上に打つ手はない。しかし、一応は水害対策会議が開かれる。

 そのため、商店街の組合員だけでなく、ギルドの関係者たちや町長までもがいつもの町民館に集まった。事前に通達されていたので、物産展を抜けて馬車で帰ってきた人もいるよ。


「皆様、遅くにお集まりいただき、誠にありがとう御座います」

「前を知ってるやつらが嫌とは言わんよ」

「ありゃあ酷かったもんな」


 議事進行はスチュワートが行い、もはや私は椅子の上で置物になっているだけだ。

 ところが、両隣にグレイスさんとクロエちゃんがいるので、視線が集まるから居眠りはできそうもない。このままお菓子を食べているだけでは居心地が悪く、皆は魔道具が失敗したことを想定しての対策案を挙げ始めたので私も混じってみた。


「家に入り込んだ水は、小さな竜巻で集めると便利でしたよ」

「……竜巻だぁ? 何言ってんだ、お嬢ちゃん」

「ヱビス屋さんなりのジョークだろう。怖い顔で話し合っていても事は進まん」

「そうですな……。しかし、高名な魔術師を呼ぶというのは有効な手ではないかと」


 あれはそれなりのレベルが必要らしくて誰もが使える魔術ではないそうだ。仮に詠唱できても制御が非常に難しく、一瞬で霧散するか室内で嵐が吹き荒れるだけになるのだとか。両隣の美人姉妹からステレオで耳打ちされたよ。


 最近は別行動だからシャノンのすごさを忘れていた。エミリーの怪力――といえばグリグリされそうだけれど、あの身体強化はベテラン騎士に引けを取らないとヴァレリアが言っていた。どうやら私のお友達はヤバい領域に踏み込んでいるようです。


 ただ、エミリーは放出系魔術が今ひとつで、魔力がもったいないからと牽制にしか使わないらしい。シャノンは魔術に頼り切りで、あまり体力が付いていなくて長期戦は苦手なのだとか。

 これは月に一度訪れる満月の日に、進捗状況を聞きに行った時に二人から教えてもらったよ。お互いに相手の弱点をよくわかっているみたいだった。




 結局は、無駄に終われば笑い飛ばそうということで、窓には板を打ち付けて土嚢なども用意して浸水対策を施しておく方向で話がまとまった。

 そして、嵐が間近に迫った今日。王都で伝書鳥からの知らせを受けた私は物産展をお休みし、もしもが起こった時に備えてケルシーの町へ帰る。……耳がキーンとする痛みに襲われたよ。


 既に横向きの強い雨が降り始めており、その日の夕方には強烈な暴風雨が押し寄せてきた。

 昨年ほどではないもののやはり水路が増水し始めたので、シャノンの祖父と共に前回の水害を対処した町外れ――孤児たちが住んでいた家の先へと向かった。

 元からボロい家を修繕するくらいならと、彼らは別のところに引っ越しているよ。自分たちが真っ先に嵐の犠牲となるのだから、少しでも安全な場所で暮らしたいと思うのは当然だ。


「これ、大丈夫ですか? もう手が届きそうですよ」

「なぁに、安心して見ておれ」


 過去はどうだか知らないけれど、今取り付けてあるのは一定水位を超えると自動で作動する仕組みらしい。海辺にある町なので水路に入り込んだ波の影響を考慮して、道が濡れるほどになるまでは動かないそうだ。

 それを聞かされていても内心ハラハラ状態で見守っていると、水位が徐々に下がってきた。町全体も確認すべく、雨に打たれ風に翻弄されながらも重力操作で上空から観察してみれば、水路の水が勢いよく海へと流れ始めている。


 こうして水流調整の魔道具は滞りなく作用し、もうメイドさんのベッドが水浸しになることなく嵐は過ぎ去った。多少、資材が風に飛ばされた程度で人も家屋も無事だったよ。

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