#149:自転車の見直し計画

 秋のお祭りが近付いてきたころ、ようやく管楽器工房と打楽器工房がやってきた。

 きっと、ルーシーさんからの後押しが効いたのだろう。打楽器のほうはとばっちりだけれど、特に動じた風もなかったよ。肉体労働系の職人さんみたいにガッチリした坊主頭の人だった。ティンパニーよりも和太鼓が似合いそうだ。それも巨大なやつね。


 管楽器の職人さんは頑固なモジャモジャ頭の親戚だけはあり、同じような髪型で性格も似ていたよ。他の職人さんも拘りが強いようなので、この辺りは血筋とか関係ないのかも。

 そんな彼らは到着早々にモジャモジャからヴァイオリンを見せつけられて、すぐ作業に取り掛かりたいとかで一号店に押しかけてきたそうだ。それを搬入で戻った時にスチュワートから聞かされて、急いで設計図を描いて届けてもらっておいた。


 その後、なんとか時間を見繕って管楽器工房に顔を出してみたら、かなり賑やかに作業を進めているようだ。……木工と金工が合わさったものだから当然だけれど。


「おぉ、ヱビス屋のお嬢ちゃん。気になってたところがあるんだ」

「はい。何でしょう?」

「フルートもトランペットも作り始めたが、クラリネットやらオーボエのここがよくわからん」

「えっと……あぁ、リードですか?」


 作り始めていたのは、既にこの世界でも存在していた唇を振動させて演奏する楽器だ。それに対して、物理的なリードが用いられる楽器で困っていたらしい。であれば、フルートもある意味ではリードを使用しているので、そこを例に挙げて返答しておいた。

 ところが、エアリード云々と話す私を見て、何言ってんだこいつ――という目をしている。私も最初に知った時はそう思ったけれど、それで音が出ているのだから仕方ないじゃない。


 気持ちはわかるので苦笑を返すと、話を聞いていた職人さんは近くの机から楽器のピースを拾い上げ、それを指で弄びつつまじまじと見つめている。


「これがリードねぇ……」

「あれ、なんでリコーダーなんか作ってるんですか?」

「なんでって……フルート作れって言ってただろ?」

「でも、それってリコーダー……あっ。私の注文はトラヴェルソです。それじゃない」


 フルートには二種類ある。小中学校でお世話になるリコーダーと、私にとっては馴染み深い横向きタイプのトラヴェルソだ。そして、私の注文は横笛のモダンフルートであって、縦笛のリコーダーではない。まだ作り始めたばかりのこの時期に様子を見にきて正解だったね。


 しかし……というか、やはりというか、何度も作ってきた実績のあるリコーダーは、たとえ材料が金属に変わっていても作業が進んでしまっていたのだ。設計図は急いで描いたから縦横の指定をしておらず、事前に話し合うこともなかったのが敗因だろう。特徴的な吹き口もただの装飾と思われていそうだ。

 ここで注文と違うから受け取らないこともできるけれど、しっかりと説明しきれなかった私にも落ち度はある。断れば悪印象を抱かれることは避けられないと思う。


 というわけで、既に生産されたリコーダーの部品は、ホイッスルに作り替えてもらうことにしたよ。ピーと甲高い音が鳴るあの笛ね。別に欲しくないけれど子供向けに売れるでしょう。

 それと同時に、依頼で出した楽器について詳しく説明しておいた。


 これでオーケストラの基本ともいえる管楽器が作れるね。あとは弦楽器工房のがんばり次第かな。ヴァイオリンは目立つし、コンマス――楽団のリーダーも務めるけれど、一つのパートに一〇人は居なければたった一人の管楽器に音量で負けるのだよ。魔道具のおかげであまり数に拘らなくて済むものの、どれも同じ条件では優位性がなくなるからね。

 それと、打楽器工房でもしっかりと打ち合わせをしておいた。こちらは少々形が異なる程度なので何の問題もなく、ティンパニーの製作を進めていてくれたよ。


 ちなみに、金属製でもリードを必要とするものは木管楽器に分類される。金属製のフルートが木管と言われるのはそれが由縁だね。リードが実体を伴わなくてもこう分けられているよ。




 あれから少し日が流れ、今日はリンコちゃんの見直し計画会議が開かれる。

 各工房からの代表者が一号店の二階に集まって、それぞれの意見を交わしていく。


「――というわけなんで難しい。その素材は理想論でしかないな」

「まぁ、そうだろうな。軸受けの姉ちゃんはどう思う?」

「え、あたしが何か言ってもいいの?」

「そのために集まってんだからよ、気にせず何でも言ってくれや」


 もちろん、軸受けを設計したカーラさんも同席しており、話を振られた彼女は緊張した面持ちで『フレームは乾かしたら鉄みたいに硬くなる魔木がいい』と主張した。

 まただよ。また魔木だよ。どんだけ好きなの、魔木。この人たちは魔木を一体捕まえるのにどれだけ苦労するか知っているのかな。やつらのしぶとさは半端ない。枝が一本・二本折れたところで何という事もないのだ。平気でビシバシと打ち付けてくるからね。


 そんな思いからついつい苦い言葉を口にすると、カーラさんには『鉄のほうが楽だけど重量が違いすぎる』というもっともな意見を返された。それなら内部を空洞化した筒状のフレームを提案すれば、『魔木なら最初からそれより軽いし、同じ処理をしたらさらに軽いでしょ』と言われて返す言葉も出てこない。

 それと、なぜ私が採ってくることを前提に話しているのかと不思議がられたよ。木こりから買えばいいってさ。……楽器工房の頑固オヤジにも言われたね、これ。


 ただ問題点もあり、それの生息域が竜神山のどこかとしかわかっておらず、探す必要があるそうだ。魔木自体の強さは大したことないらしく、乾けば硬くなるだけで、動けるうちは普通の魔木なのだって。その普通の魔木がかなり強かったのだけれど。

 その後もあれこれと意見が述べられていき、魔木を使うことは確定された。


 そこまでやるなら、いっそのことタイヤも作ってしまいたい。しかし、まだゴム製品なんてものを見た覚えがない。

 無駄だろうと思いながらも、魔木の仕入れ情報を確かめるついでに木こりに聞けば、粘つく樹脂を出す木はあるとのこと。それに混ぜる硫黄なら竜神山の奥地で温泉臭が漂っていたし、薬屋さんに聞けば薬剤も揃うでしょう。……あれ、ゴムって意外と簡単に作れたのかも?


 そうなれば、車輪の表面構造も変化する。木こりからの返答を持って軸受けの工房へ赴き、そこで一心不乱に木札と向き合っているカーラさんに車輪の件を伝えると、鬼のような形相で睨まれた。


「そういうことは先に言ってよね!」

「……ごもっとも」


 どうやら、今まさに車輪の溝を考えて書き込んでいたそうだ。そこに話してすらいない計画変更を告げたら怒って当然だったね。

 荒ぶるカーラさんには何とか落ち着いてもらい、私が考えた大筋を彼女が精査して、綺麗に組み立て直すことまで決めてから一号店に戻った。




 もうこの際なので、ペダルもただの棒からお馴染みの平たい板に変更してある。チェーンで服の裾が汚れないようにガードも付けたよ。

 ところが、ゴムなんてものはどこの工房に頼めばいいのか見当も付かず、ひとまずは迎えてくれた執事に相談してアドバイスをもらおう。


「樹液を使った製品を作りたいのですが」

「樹液で御座いますか?」

「はい。それに山で採れる鉱物と薬剤を混ぜるんです」

「木工……石工……錬金の――いや、新たな分野ですな」

「既存になければ作るしかありませんね」

「では、ギルドへ行って参ります」


 なんと話が早い人なのだ。概要を伝えただけでも理解したらしく、すぐに出かけていった。それと、自転車専門の工房を設立することも視野に入れて、その件も頼んでおいたよ。

 限りなく低い確率だけれど、もしも失敗したら他の工房に入れるよう保証すれば人は集まるはず。仮にそうでなくとも、外注するよりは自分のところでやれば仲介料を抑えられるだろう。どうしようもない部分は諦めるとしても、削れるところは削っていかないとね。


 つい先ほど出かけたばかりのスチュワートが戻ってきたら、美人姉妹にも協力を取り付けておくようメイドさんに伝言を預けておいた。

 あの二人には頼ってばっかりだ。最近はお互いに忙しくて会えていないけれど、何かお礼を持っていかないといけないね。たとえば、楽器を一つプレゼントするのはどうだろうか。それで興味を持って方々に宣伝してくれたら……というのは虫が良すぎるかな。


 それでも、美人な上に顔の広いあの二人が楽器を持っているだけで、非常に大きな宣伝にもなるのよね。最近は珍しい楽器を嗜んでいると言ってくれるだけでも大違いだ。特に、平民にも売れるようになればかなり儲かると予想する。


 彼女たちの話を耳にして、いざ楽器店へ向かってみれば、目玉が転がり落ちるような値段で迎えられる。その転がった目の先にお手頃価格なホイッスルがあったとしたら、手が伸びるのではないかしら。

 どうせ売るなら儲けたいよね。二種類の音が出るようにしてあるから本当に遊べると思うよ。


 スチュワートがギルドと話を付けた翌日には人集めを開始し、空気チューブの有無で二つの試作案が完成した。薄いゴムチューブが作れるか否か。まだこの世界でゴム自体を見たことがないし、当然ながら私も作ったことがないからだ。

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