#148:脆弱性の修正依頼

 リンコちゃんが華麗なる復活を遂げたものの、駆動部の脆弱性が発覚した。そこを修正するまでは発売の延期が避けられない事態だろう。

 当時はお金がなかったとはいえ設計した私の不手際でもあるので、謝り続けるスチュワートには気にしないよう労っておく。むしろ、これを教えてくれて感謝しているとも重ねておいた。


 転んでしまったリンコちゃんだけれど、チェーンが切れた以外に目立った傷もなく、一号店まではスチュワートに運んでもらい、到着後は自室でチェーンとギアの設計図を描いておく。そして、積み荷を降ろしたリンコちゃんと描き上げた設計図を携えて去ったばかりの工房まで戻ると、ピザを片手に持ったカーラさんが迎えてくれた。


「あ、会長さん。追加注文でも……って、もう壊したの? これだから商人は……」

「設計上のミスです。実用に耐えきれなかったみたいで」

「え、どこ!?」

「チェーンのところ」


 カーラさんより少し遅れて姿を見せたウェインくんは、もぐもぐする口の周りにピザソースをつけながらも『あぁ、やっぱり』という表情だ。……気付いていたのなら言ってよね。

 軸受けはカーラさんの設計らしいけれど、私の言葉を聞いて『それ以外なら関係ないわ』と奥へ引っ込もうとしたので、慌てて捕まえて事情を説明する。私が描いてきた金属製チェーンの設計図も併せて見せると、目の色を変えてそれを凝視していた。


「……これを会長さんが?」

「そうだけど……何かおかしなところありました?」

「おかしいって言うか、この部分よ。こんなの、弟にしか作れないじゃない」

「ということは、作れるんですね?」


 以前のように輪っかを連ねたものではなく、スプロケットの歯に引っかける部分を瓢箪みたいな形の小さなプレートで連結させたローラーチェーンだ。そのスプロケットにしても、前後とも金属製に変更しなければ強度的に不安なことを告げておく。


「そりゃそうよ。っていうか、革のやつが切れなくても今の歯車だとすぐに欠けると思うわよ」

「……あの、できればそういう事は先に言ってください」

「仕方ないじゃない。あたしは軸受けしか描いてないんだから。口出す権利なんかないでしょ」

「この際なんで、ちょっと見直しとかやってもらえないかな?」


 どうせなら車輪や本体も再設計してやるとのことで、関係者を集めての緊急会議が決まった。他の工房に任せてある作業にも関わる案件だから当然のことだろう。これによって費用が嵩むけれど、致し方ない出費だね。


 その件で、現在製作に携わってくれている木工工房のお弟子さんからの情報を伝えてみたら、カーラさんはピザも食べずに聞き入っている。その結果、以前の制作者――彼らの親方さんは、私が描いた設計図を可能な限り忠実に実現させようと、頭を悩ませ手も尽くしてくれていたのでは……と教えてくれたよ。

 ところが、議題についての話となれば、彼女は他人事のような態度を見せてくる。


「あたしは参加しないから弟連れてって」

「え、なんで? 休みはちゃんとあるよね?」

「……会長さんには強い後ろ盾があるけど、あたしみたいな普通の女は舐められるだけよ」

「私がその後ろ盾だよ?」


 お飾りかもしれないけれど、これでも一応は商店街の会長なのだ。それに、集めるのは私と懇意の工房ばかり。年齢や性別で見下すこともないだろうし、安心して出席願いたい。

 そう伝えてみれば聞く耳を持ってはくれたものの、渋るスタイルは崩さない。頑固キャラは楽器職人だけでお腹いっぱいなので、それなら勝手に決めてくる――と言えば参加に合意した。


 しかし、皆は仕事で忙しく、会議の時間を工面する必要がある。これは説明するまでもなくカーラさんはわかっているようなので、休みの日を聞いてからウェインくんの工房を後にした。

 またリンコちゃんを持ってくることが決まっているし、このまま預かってもらったよ。


 その帰りに木工工房と木工細工工房に寄って、各々が都合のよい頃合いを尋ねて周り、少し調整した後に会議の日取りが決まった。ただし、数日先なのでそれまではお預けだろう。

 あと、皮革工房には作業の中止を伝えてきた。特に怒ってはいなかったけれど、既に仕上げられていた分は私が買い取るしかないようだ。……これは仕方がないね。私のミスだし。


 現状では使い道のない革紐チェーンを持て余しながら帰宅し、抜けてきた物産展に復帰する。

 チョコレートも進めたいけれど、先にリンコちゃんの設計変更に注力したいし、ピザは毎日補充しなければならない。物産展を疎かにしては共にがんばる他商会に迷惑がかかってしまうのだから。それに、チョコレートの材料はほぼ揃っているのだ。今暫く我慢しようではないか。


 それと、グレイスさんかクロエちゃんには料理人の増員を相談しておかないといけないね。新店舗の分は後回しにできても、二号店は現在進行形で危険状態だ。マンマ・ピッツァなのにマンマに辞められたら洒落にならない。あと、チョコレートの製作を任せられそうな職人さんは絶対的に必要でしょう。

 お隣の空飛ぶひよこ亭は相変わらず忙しそうなので、眉尻を下げてどことなく凹んだ面持ちのスチュワートに伝言を頼んでおこう。




 一号店の転移装置から王都支店へ向かうと、露店用の箱にコロッケを詰めているお母さんがいた。搬入の際に新店舗を契約したことは伝えているけれど、あの日はダグラス男爵に呼ばれていたので、詳しくはまた後日――と言ってそのままだ。以後は試作品が立て続けに完成して忙しかったから、この機会に話しておこうかな。


「お母さん。この前のお店だけど、近いうちに開店する予定だよ」

「……ここはどうするの?」

「このまま続けてくれてもいいし、何だったら別の商品を取り扱うのもアリだね」

「また何か企んでるわね?」


 企みというか、チョコレートを売るなら貴族街に近いほうがいいかなと思っているだけだ。

 既にドロドロドリンクが受け入れられているのだから、味については存じているはず。それなら、もっとおいしくなった物だと言うだけでお客さんには困らないと踏んでいる。


 お母さんもチョコレートの味は知っていたようで、ニッコリと微笑んで『作れたら持ってきなさい。絶対よ?』との命を受けた。おばさんになっても女の子なのは変わ――睨まれたので逃げ出した。




 いつもより早足で物産展の店舗に戻って店番を交代し、夕食を求めるお客さんのラッシュを捌いていく。最近は購入するだけでなく、世間話をしてくる人も増えてきたよ。


「なぁ、レアード……いや、ケルシーだったか? 南の町に行けばピザを毎日食えるのか?」

「はい。現地でも大人気ですよ」


 王都にも出店するのは黙っておこう。あちらでも食べられるのは本当のことだ。そうなれば、物産展が終わるまで開店するのを待ったほうがいいね。ここの賃借期間は秋のお祭りが過ぎるまでという契約なので、もうすぐ切れるのだけれど。


「ねぇねぇ、南の港町って仕事はどれくらいあるの?」

「ここだけの話、仕事まみれです。どこも人手不足みたいなんで、すぐ働けると思いますよ」


 さすがに誰でも雇われる環境ではない。それでも、よほど酷い人物でもなければ仕事に困らないのは本当だ。外の集落で暮らす人たちを雇用する計画が水に流れてしまったからね。今の彼らは漁の合間にゴンドラ造りをしているよ。


 こうして町に興味を持ってくれている人が徐々に増えており、私たちの計画は実を結んだとみてよいだろう。単純に、もうすぐ物産展が終わるという噂を流しただけなのだけれど。

 そんな時、見覚えのある派手なお嬢様が集団でやってきた。しかも、高そうな衣服には赤いソースと黄色いチーズがべっとりと付着している。…………嫌な予感。


「それを食べたら服が汚れましたわ。どうにかなさい」

「えぇ……」


 嫌な予感ほど的中するものだけれど、そんなこと知るわけがない。洗濯したらいいんじゃないっすか。……という内容を丁重に申し上げると、お供と一緒にキャンキャン吠えて『覚えてらっしゃい』という有名な捨て台詞を残して立ち去った。


 ゲテモノ扱いしていたくせに結局食べていたのは笑ったけれど、自分の不手際で服が汚れたからと文句を言いに来るやつがいるとは驚いた。今までもいろいろな苦情を聞いてきたのに、こんなに程度が低いのは初めてだ。


 いくらお貴族様でも、自分の失態を他人になすりつけるほどのクズは珍しいらしいぞ。よく話に聞くような責任転嫁でその場を乗り越えるお偉いさんは、非常に世渡り上手だからこんなことはしない。そして、ただの小物には地位がついてこない。

 やるとしたら若さ溢れるさっきの人や、自分が偉いと錯覚しているさっきの人か、周囲からの反応を予測できないさっきの人くらいだろう。少なくとも、世間を知っていたらあんな言動を取れるわけがない。


 以前の来店時に、私が常識的な範囲内で案内を断った以外に接点はないのに、いったい何がしたいのだろう。あれを根に持っているとは思えないし、クレームから金品を巻き上げようとするタイプなのかしら。何にしろ、厄介さんだね。

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