#146:奏者に求められるもの

 領主一家の掴みは存外によかった。田舎ゆえなのか、他に楽しみがないのかもしれない。

 作曲家は既に……というところは非常に残念そうな面持ちだったくらいで、工房が落ち着いたら購入したいとも言ってくれた。念のために連れてきたヴァレリアとベアトリスからの推奨コメントが出るより先だったし、食いつきは上々だね。


 さらに、楽器の製作にも協力してくれるそうだ。しかし、資金的な余裕はないと宣言されてしまったので、主に情報面での援助を期待するしかない。想像どおりというか、やはり貴族にしては貧乏らしいよ。……楽器、安くしないとダメかも。


 これで以前交わした約束は果たせたはずだ。あまり長居しても演奏を催促されるだけだろう。私の肩と手首が本気の悲鳴を上げる前に、お礼を述べて領主の館を後にした。




 いつもの商品搬入と休憩がてらに一号店へ向かい、同行していた二人をスタッシュから外に出すと、領主一家の手前では控えていたようで先ほどの感想を聞かせてくれた。

 どうやらヴァレリアとベアトリスもかなり気に入ったみたい。ヴァレリアからは、私が演奏している姿を見て『女神の化身です!』と、毎度の発作で参考になる意見はなかったけれど、嗜みで横笛を吹いていたらしいベアトリスには感じるものがあったようだ。


「なんと申しますか、心に響くものがございました」

「そうなんだ。じゃあ、ちょっと弾いてみる? 魔力いるけど」

「まあ! 是非っ」

「時折、わたくしに流し目を下さるお姉さまは、それはもう――」


 勝手に喋り続けるヴァレリアは脇に放置して、ベアトリスにキラキラ星を教えていく。

 手本として私がゆっくりと演奏し、ヴァイオリンをベアトリスに渡そうとしたらヴァレリアが横取りして、ガーガー・ギーギー・グー・ゲー・ゴーと鳴らしていた。弓運びはお粗末だけれど、意外にも指捌きができていて驚きだ。自分の妄想に陶酔していると思ったら、私の話も聞いていたようだね。

 そんなヴァレリアからヴァイオリンを取り上げてベアトリスに渡すと、彼女も同様でまったく弾けず、揃って不思議そうな面持ちで私に視線を向けてきた。


 最初のコツを掴むまでが本当に大変だよね。弓と弦が綺麗なラインを引くように意識するだけなのに、それがわかっていても実現は難しいのだよ。あと、魔力がもりもり減るらしい。

 おそらく、何かの交響曲などを最後まで通して演奏するだけで、冒険者にとって過酷な戦闘に匹敵する可能性がある。この辺はモジャモジャと相談するしかないだろう。……と思ったら、身体強化を全力で使い続けたらそれくらい減って当然らしい。

 いや、楽器のほうが減りは圧倒的に速いようだけれど、対峙した相手が格上のボスクラスとなれば至って妥当な消費量なのだとか。これは協奏曲のソリスト――主演が該当しそうだね。

 私にはその感覚がわからないから、一般的な人にもテストをお願いしないといけないかも。




 翌日、私がヴァイオリンを独占していたことで気付けなかった案件――消費魔力量の相談をしに、モジャモジャ頭の頑固オヤジ達がいる工房へ向かった。

 まずは領主一家の様子を職人さん達に伝えてみると、皆はやる気を漲らせている。


「ほう、見所のある領主様だな」

「田舎者の辺境領主とか思っていたが、それを聞いて見直した」

「こんな田舎でも音楽はあるんだな。そっちのほうが驚きだ」


 失礼な人たちだ。自分の顧客を知らないのかしら……。いや、職人なら相手は商人なのかな。

 作ることだけに熱を入れ上げて、意外と現状を知らなかったりしてね。特に、消費魔力量のことなんて最たる例かもしれない。


「別の人に弾かせてみたら結構魔力が必要みたいなんですよ。これ、どうにかなりませんか?」

「そりゃあ難しいだろ。音はデカくしなけりゃ、伝わるもんも伝わらねえ」

「でも、あまり長く弾けなかったら文句とか言われそうですよ」

「……買ったやつ全員が集まって演奏会でもやるのか?」


 ああ、そうか。オーケストラの必要人数が増えようが増えまいが、購入者にはさしたる影響を与えないのか。それどころか、私が想定している二管編成の人数――約五〇名だけで、演目によって調整さえすれば七五名ほどの三管編成や、一〇〇名も要する四管編成すら演奏が可能になる強みも生まれる。……そもそも、この世界の人たちはオーケストラの編成を知らないのだから、変則的な構成でも違和感なく受け入れられるでしょう。

 であれば、楽器はまったく問題ないのでこのまま作りまくってほしい。


「私の思い違いでした。楽器はこの方向でお願いします」

「そりゃそうだ。音量なんかデカいやつが搾りゃいいだけだ。限界は超えられんからな」

「う~ん……ホルンの前ではちょっと言いづらいですよね、それ。……さて、何かあればまた考えるとして、今は領主様のところに一式納めましょう!」

「おうよ」


 弦楽器四種なら今でも作れるので、まずはそれからだ。これだけでも弦楽四重奏ができる。あれば何かと便利なピアノは完成次第かな。……いつになるかわからないけれど。

 そうと決まれば、領主一家――特にフィロメナさまにはお世話になりそうだし、既に在庫となっていたものではなく、他よりゴージャスな感じで新たに作ってもらおう。

 あとは……、モジャモジャの親戚がまだ来ない件をルーシーさんに言ったんだった。これも伝えておかないとね。


「そういえば、管楽器の工房が遅いので、ルーシーさんから話がいっていると思います」

「あぁ……あいつか。この前、さっさと来いって手紙で送ったんだがなぁ……」

「今度、完成したヴァイオリンを見せつけてやるというのは?」

「面白そうだが拗ねたら面倒だ。……いや、あいつなら作業に没頭するかもしれんな」


 またモジャモジャからも催促してくれるそうなので、これで楽器は一区切りついたと思う。 ルーシーさんには打楽器工房の選出もお願いしてあるし、あとは管楽器工房の到着と量産体制に持ち込めばいいだけだね。

 懸念があるとすれば素材の入手経路かな。魔木自体の数が少ないし、その中でも材料として求めるアクースティック・トレントは珍しいほうだ。この点を解決するまでは少しずつ作っていくしかないのだろう。


 というわけで、楽器製作はひとまずの落ち着きを見せたのだ。これでチョコレートを作れるね。私一人では作業が難しいし、さっさと帰って工房を探そうっと。




 もうすぐ手が届くところにまで至った甘くておいしい未来を夢見て、脳内ではち・よ・こ・れ・い・とを連発してパイナップルに勝ち続け、ルンルン歩いて一号店に帰り着く。


「♬ちょっこれいとっ、ちょっこれいとっ、ちょこれいと~は、お・い・し~」

「お帰りなさいませ、お嬢様。何やらご機嫌ですな」

「おや、セバスチャン」

「……スチュワートに御座います」


 わかってるわかってる。なぜか執事の名前にはセバスチャンが多い事例とかどうでもいい。

 私はチョコレートが食べたいのだ。ガトーショコラやチョコチップクッキーを食べたいのだ。

 ミルクココアを飲んで、チョコバナナも食べたいのだよ! ……あ、バナナはこの前の港町で買ってあるよ。種があったし青臭いけれど、バナナはバナナに違いない。


 一応、売るつもりもなくはない。一目で義理チョコとわかるアレとか人気が出そう。ただし、私はバレンタインデーの義理チョコ文化を広めるつもりはない。

 私は無縁だったけれど、あれは勘違いされるから義理でも面倒だと美人さんが言っていた。これは義理だと強調すると勘違いされ、何も言わずに渡しても勘違いされ、簡単に説明してもやはり勘違いされる。かといって、何もあげなければグチグチ口うるさいという逃げ場のない状況だったらしい。高校や大学なら無視もできるけれど、社会人ともなれば色々としがらみができて大変なのだろうね。

 そんな回想に思考が逸れていたら、スチュワートが何か話していた。


「――のご確認を……サラお嬢様?」

「あ、ごめんなさい。もう一度お願いします」

「……自転車の試作品が完成したとの言付けを預かっております」

「おおっ! でも、今はチョコ――」

「つきましては、ご確認にいらしてほしいとのこと」

「ですよね」


 スチュアートさん、ちょっと怒ってない? 私が話している最中に割り込むなんて初めてだ。セバスチャンがそんなに嫌だったのかな。名前は大事だし、あまり下手なことは言えないね。たぶん、目の前で心ここにあらずだった態度のほうが気に障ったのだと思うけれど……。


 それにしても、試作品が立て続けに完成するとはね。嬉しさの反面で少し疲れるかも。

 最終的な組み立ては木工工房で行いはしても、スペースの都合上置き場がないそうで、今は軸受けのボール造りに勤しむウェインくんの工房で預かっているそうだ。


 すぐにでも行きたいところだけれど、残念ながら今日も物産展がある。昨日の今日でまたも臨時休業にはできないのでミランダではない別の子を派遣しているものの、初日からお昼時のラッシュは乗り越えられないだろう。新生リンコちゃんの受け取りは、それが終わってからになるだろうね。

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