#144:港町の商会へ
いつも明るく清楚なルーシーさんが、頬を赤らめて少し取り乱すという希少な一面を見せたものの、商談ともいえない話をしたらすぐ冷静になったあたりは、頭の回転が速そうだ。話に区切りが付いたら『お戯れが過ぎます』と言われたけれど、これは仲良くなれた証だと思う。
そんなルーシーさんにはお詫びとお礼を伝え、昼二つの鐘が鳴るまでには帰るべく、豪華なお屋敷を後にした。さすがにミランダ一人ではピークに達した客足を捌ききれないからね。
懐中時計で時刻を確認しながら急ぎ足で物産展の仮宿へ戻り、迎えてくれたベアトリスには田舎領主のご令嬢――フィロメナさまへ面会依頼を出してもらう。これはあちらから頼まれている事だし、断る理由もないしね。ヴァイオリンが完成したのでお邪魔してもいいですか――と書面に記しておいた。
その返事を待つ間は引き続き物産展で仕事だけれど、急げと言われているチョコレートの件を進めておきたい。ルーシーさんのコーディ男爵家が持つ貿易船は、グロリア王国とほど近い港町に置いてあるそうなので、お昼のラッシュを乗り越えたらそこへ向かおうと思う。
そのために、ヱビス商会のブースで私の代理を務めてくれているミランダに延長の話をしに行くと、なぜか二人のイケメン販売員が両脇に侍っていた。
「なにこれ。どういう状況?」
「あ、てんちょ。おかえりなさい」
「ミランダちゃんだと、まだ大きいピザは重いだろう?」
「あんまり無茶を押し付けちゃダメですよ、サラさん」
「う、うん……」
おばさんやお姉さん方から大人気のイケメン二人が、小児性愛のペドフィリア野郎ではないと思うけれど、私がいない間に何が起こったのだろう。人を見かけだけで判断すると痛い目を見るし、もしもアレな人なら手を出される前に引き離しておきたい。
「あの、ミランダに何かありました?」
「大変そうだったからなぁ。ちょっと見てられなかったんだ」
「お客様の助けを借りててね。それでも何とか回していたよ」
「そうだったんですか。ありがとうございました」
「いや、うちのやり方もすぐ覚えてくれたし、頭いいよな」
「この調子なら、どこでもやっていけると思う。本当に優秀だ」
おい、ちょっと待て。助けてくれたことには感謝するけれど、同じ町の仲間内から引き抜きとか止めてよね。何か恨みでも買っちゃってるのかな。
この二人が所属する商会は、羊飼いの隠れ家亭が連れてきたので私は詳しくない。それなら美人姉妹と相談しようにも、それこそが原因だと困ってしまう。おそらく、弊店が食品部門で売り上げトップなのが気にくわないのだと思うけれど、こればかりは譲るつもりがない。
そうやって、どうしたものかと悩んでいると、ミランダを見ていたイケメン二人が『子供はこんな娘が欲しいよな』と語り合っていた。
どうやらペド目線ではなく、父性を刺激されたようです。私の懸念が外れてよかったような、それはそれで扱いに困るような……。
「てんちょ、店番こうたいする?」
「あ、ちょっとお昼過ぎから急ぎの用事ができてね。その間は店番を続けてもらえるかな?」
「うん、わかった」
「ありがとう。お昼のご飯時は私がやるから、今のうちに休んでおいてね」
その後、ピークを乗り越えて店番を交代したら、すぐにイケメン販売員の片方が近くにきてミランダの仕事を手伝ってくれている。そして、私が少し遅れた昼食から戻ってくると、また別のイケメンが手伝っていた。
無料で有能な販売員を使えるなんて嬉しいけれど、これではあちらの商会から苦情が出そうだよ。ミランダの天然逆ハーレム形成は諸刃の剣となりそうなので、私が出かける前にそれとなく持ち場に戻るよう伝えておこう。
仮宿の自室に戻って着替えを済ませ、ヴァレリアを供にして出発する。エミリーとシャノンは今日も迷宮探しの冒険中なので、ヴァレリアは本当に私の専属護衛騎士になりそうだ。
その能力にまったく不満はないし、家柄も文句を付ける余地が見当たらないけれど、女神だなんだとうるさい事が欠点なのよね。楽器の素材集めをしていた時に、八本足の巨馬に驚いて動けなくなった私の前に立ちはだかり、共に撥ね飛ばされるくらい職務を全うしてくれたものの、友人としては正直しんどい人だよ。今日も私一人で行くつもりだったのに、あたかも当然であるかのように支度を済ませて待っていた。
「お姉さま、これからどちらへ?」
「グロリアとの国境沿いにあるらしい港町だよ」
「でしたら、せっかくですし一泊していきませんか?」
「いや、仕事があるでしょ」
たとえ厚意だとしても厄介ごとを招く者が現れたのだ。あまり遊んでいる暇はないでしょう。一号店から他の誰かを連れてこようにも、そちらが疎かになるので難しい。
というか、並べた商品を自分で包ませるくらいはお客さんにやらせてもいいと思うのよね。何もかものセルフサービスではないのだし。確かに甘えの部分はあったけれど、お昼前とお昼過ぎなんてあまり人が来ないのだ。ミランダに任せても特に支障は……あぁ、年齢的なアレか。これは大問題かもしれない。
孤児なら何らおかしくはないけれど、今のミランダは人前に出すのだからと髪のお手入れをやらせていて、まさかこれが裏目に出るとはね。それでなくとも、基本的に孤児は嫌がられる傾向にあるので、この手の仕事――接客業にはあまり使われないものらしい。
そのおかげでミランダのように優秀な人材があぶれているわけで、私としては歓迎せざるを得ないという、背中がかゆくなるような不完全燃焼とも似た感情が浮かんでくるよ。
王都からはお馴染みの移動手段でグロリア王国方面へ向かい、国境沿いの街道を南下する。 正確には小国群の一つということになるけれど、ほぼエマ王国と言っても問題ないそうだ。
これならケルシーの町から直接行けたら早いのに、領都とは反対方向だから道がわからないのよね。あちら側には街道どころか道すら存在しないし、地平線までボコボコの草原が広がっているだけだ。川に沿って山側へ行くとすぐに森が始まるので農地としても使われておらず、領都との接続が済み次第取り掛かる予定だけれど、現状では開発の見通しも立っていない。
そんな中を通り、行ったことのない町を探すよりも、教えられたとおりに国境沿いの街道を進んだほうが楽で確実だと思う。
そうやって終点の港町に辿り着き、大きな船が停泊している港からほど近い場所にある一軒の建物――倉庫と一体化したような店舗までやってきた。
ここがルーシーさんの家と親しい商会だ。親戚だと言っていたよ。資金や船舶などは本家が用意して、運用を分家に任せている感じなのかな。
「こんにちは。王都のルクレティアさまにご紹介をお受けして参りました」
「それはまた、遠いところからようこそお越し下さいました。ささ、奥へどうぞ。騎士様も」
挨拶を交わして紹介状を見せると、店主だと名乗った壮年の男性が応接室へ案内してくれた。
そして、そちらのソファに掛けて話を進めていく。
「貨物室の一画を貸与ですか。承りました」
「ありがとうございます」
大きさはここで相談するように言われている。そのことを伝えると、畳四枚分――大きめの木箱なら二段積みで合計八杯分の領域を使わせてくれるそうだ。そのお値段も意外と安くしてくれて、なんと正規料金の半額らしい。……あちらが折れてくれたのならば、こちらはそれに応えねばならない。
というわけで、何か商品を見せてほしい――とお願いしたら、喜んで案内してくれたよ。
商談用の応接室から外に出て、少し歩いた先にある倉庫へ入る。そこにはさまざまな物品が詰まっているであろう木箱や木樽が所狭しと並べられている。ここまで案内してくれた店主はそれらを管理する倉庫番に用件を伝え、次々と箱を開けさせた。
それを一つずつ見て回っていると、アーモンドのような茶色いナッツを発見した。
なんだか、独特の酸っぱい香りがするような……。
「あの、これって……」
「こちらはカカオ豆で御座いますよ。貴族の旦那さま方にはご愛顧いただいております」
あるのかよ。もうこれでいいじゃない。とりあえず買ったよ。全部買いましたとも。いや、さすがに全部は止めてくれって言うから売ってもらえるだけ買いましたよ!
まったく、ルーシーさんめ……。妙に段取りがいいと思ったらこれが狙いだったのか。無駄に回りくどいやり方はやめてくれないかな。『貿易船なら当家が所有しております。カカオ豆も在庫がございます』と、たったこれだけで済むのだ。
サプライズ魔なのかもしれないけれど、正直面倒なので次に会ったら言っておこう。
私が欲しいのはカカオ豆だから、これを仕入れてもらうように頼み、料金を払って退店した。
ちなみに、カカオの実は現地で食べられているらしい。こちらは生ものなので輸入は難しいと言われたよ。別にいらないからどうでもいいけれど。
買い物が終わればすぐに戻るつもりが、情報収集の魅力には抗えない。ミランダのお土産になるかもしれないし、他の店舗をのぞいていこう。
そこでもカカオ豆をはじめとして、珍しいもの――黄緑色で野球のグローブみたいなものや、南国らしさが漂う果物などが扱われていたので、いくつか適当に購入して帰途に就いた。
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