#141:勝ち戦を仕掛けたい

 外来者よりも現地の人で混み合う休日の仕事を終え、それから一晩明けた本日は、ダグラス男爵からチョコレートの入手先を教えてもらえる約束の日だ。面会は昼過ぎから夕方までの短時間で、これは先方からのご希望だった。


 王城に勤める法服貴族が、平日の真っ昼間から仕事を抜け出せるのが不思議な感じだけれど、あちらが決めたのだから問題ないのでしょう。日取りにしても私が指定できたので、割と自由な職場環境なのかもしれないね。


 というわけで、せっかくのお休みだし、貴族街へ行く前にやっておきたい事がある。

 これだけピザが好評なのだからこちらでも窯を作ってしまいたい。そこで販売もすれば確実に儲かるはず。言ってみれば、勝ち戦を仕掛けるというわけだよ。面倒なギルドの利権問題も片が付いたようなものだしね。どんな方法なのか知らないけれど。


「ベアトリス、ちょっと石工工房まで出かけてくるね」

「石工工房でございますか?」

「うん。あ、不動産ギルドもかな。ちゃんとお昼までには戻るよ」

「かしこまりました。それまでにお召し物の支度を済ませておきます」

「ありがとう。ヴァレリアも準備しておいてもらえる?」

「わたくしは昨夜のうちに終えていますので、お姉さまのお供をいたします!」


 さらに販売エリアを拡充するために居住スペースを取り払ったことで、物産展の店舗付近に借りた仮宿から朝三つの鐘に合わせて出発する。

 これに備えて評判のよい工房は既に下調べをしてあるので、まずはその工房が建つ一画へと向かうべくヴァレリアと二人で歩いていたら、ふとある事が脳裏を過ぎった。

 工房に窯を発注するよりも、窯のある物件を借りればより早く――かつ、安上がりなのでは。


 危ない危ない。無駄に遠回りするところだった。あと、無駄金もだね。

 現在の王都支店を借りる際に、元飲食店だという空き店舗をいくつか紹介されている。それが今も残っているかはわからないけれど、先にそちらから当たったほうが効率的だろう。これから作るよりも、既にあるものを改良するほうが圧倒的に楽なはず。


「ごめん、ヴァレリア。行き先変えるよ」

「戻るのですか? かしこまりました」


 進路を工房群から変更し、不動産ギルドへ行くよりも先に実物を確認しに向かう。

 まだ何丁目の何番地とかの住所ではなくて、何とか通りの何番目にある何色の家――という分け方だから覚えづらいけれど、脳内メモの中にはバッチリと刻まれているよ。


 そんな物件の中からどんな店舗を選ぼうかな。物産展では基本的に持ち帰りのみなのだし、今回は普通の食堂にしたいかも。そうなると、ある程度の延べ面積が必要となるでしょう。

 それに、王都支店のこともあるし、あまり近い場所でもよろしくない気がするよ。自分のお店同士でお客さんの取り合いとか笑えない冗談だ。お母さん達の行動範囲から外れた方、町の反対側から探しましょうかね。


 それを前提にすると、サイドメニューとしてコロッケも扱えそうだ。こちらの国でもジャガイモは安いし、フレンチフライなんかも手軽に作れていいよね。食べ飽きるって事がないところが優れている。その辺りも考えて、厨房が広めの物件を選んでおこう。

 もちろん、店舗は買わない。買うわけがない。ボロ屋の悪夢が未だに付きまとう……。




 脳内メモを頼りにして、各地に散らばる貸店舗を廻っていく。

 前回はお母さん任せだった王都支店のように場所から空き家を探すのではなく、空き店舗がある場所を探すから正反対の行動だ。窯があれば煙突も付属していて当然なので、これは案外楽に発見できている。


 そして、先ほどの着想から勘案し、第一候補だったお店も運良く未契約のままで、念のために第二・第三までは確認しておいた。それと同時に材料の移送経路や周辺住民の様子を探っておくことも忘れない。これを怠ると面倒ごとが起こる予感しかしないし。


「この辺りは人通りが激しいですね。お気を付けください、お姉さま」

「そりゃあ、そういう所を探してるからね。よし、次は不動産ギルドへ行くよ」

「かしこまりました。場所は存じませんが」

「こっち側の支部だから、さっきの通りを曲がった先のはず」


 外から見えるのはここまでで、ギルドに行かないと料金まではわからない。実際にそこへ赴いてみれば、さすが王都というべきか、大きな通りに近い所は軒並み高額だった。

 これではイートインスペースを考えると心許ない広さのものしか資金に余裕がない。その気になれば借りれるけれど、楽器製作にかかる費用を考えたらここに注ぎ込むのは迷ってしまう。いや、ここは多少の無理を押してでもよい立地を選ぶべきか、否か……。


 そういえば、ピザと言えば冷凍食品かデリバリーが一般的なんだっけ。私は窯焼きピザのお店ばかりが印象に残っているから忘れていた。……うちも配達形式にしようかな?

 電話はないので伝書鳥か、直接お店へ注文に来てくれたら配達員がお届けに参上つかまつる。もしもを考えると、商品のピザは配達員に一旦買い取らせ、それを届け先に持っていって代金をいただくというブラックな方法を採らざるを得ないかもしれないけれど。

 王都で信用できる相手なんて、まだルーシーさんくらいしかいないからね。


 さて、どうしたものか。持ち帰って誰かと相談したいところではあるものの、再度顔を出した時に『先日の物件は大変な人気で値段が上がりました』とか言われたら困るし、決めるなら今しかない。


「どれも非常にお値打ちな物件となっておりますよ。お目が高いお嬢様ですね」

「う~む……」


 お世辞は放置で唸りを上げて考え込み、時間を加速させてまで散々悩んだ結果、借りました。

 場所は王都を囲むように走る外通りから一本入った筋道で、近くには複数の工房群が所在し、一軒家の住宅地や集合住宅のアパートからもほど近いところに建つ第三候補。王都支店よりも値が張るけれど、元が大衆食堂だっただけに窯があったことが決め手となった。


 本来なら跡継ぎとなる息子さんが別のお店を構えており、前の経営者ご夫妻は年齢を理由に引退を余儀なくされたそうで、今は付近のアパートに住んでいるのだとか。

 こんなどうでもいい情報まで伝えてくるなんて、個人情報におおらかだね。だからといって使える内容ではないよ。高齢者にピザや揚げ物は堪えるでしょう。


 私はもう成人しているのでサックリと契約を交わし、税金対策でヱビス商会の傘下に入った店舗の一つとして、飲食店や酒場を統括するギルドに申請を出しておく。

 その後も忙しく動き回り、店内の改装を請け負ってくれる工房を見つけた頃には昼一つの鐘は過ぎており、正午も間近に迫ってきているので急いで仮宿に戻る。そこで手早くお昼ご飯を済ませて、待ち受けていたベアトリスの手伝いで対貴族用の豪華な衣服に身を包み、お土産も持って出発した。

 平民街ならまだしも、家出してきたヴァレリアを貴族街に連れて行ってもよいのか知らないけれど、本人が行きたがっているので二人揃って歩いて向かう。




 特に迷うこともなく、貴族街でも中程に位置するダグラス男爵邸までやってきた。

 中心地の王城に近いほど爵位の高い人が住まう傾向があるので、順当な場所だろうか。ルーシーさんが住むお屋敷を思い返せば男爵といえどもピンキリみたいだし、ダグラス男爵はその中でも普通かやや上位くらいなのでしょう。


 使用人に来訪の旨を告げると広間まで案内され、騎士の正装で現れたヴァレリアを目にして驚くダグラス男爵と挨拶を交わす。そして、お土産に対するお礼と、今度は口頭での謝罪をされて、ソファに掛けるよう促された。


「専属護衛騎士を持たれたのか」

「え、ええ。まぁ……」


 なぜか勘違いさせてしまったけれど、端から見ればそう映るのかも。

 そうやって、いくつかの軽い前置きを重ね、苦々しい表情を隠し切れていないダグラス男爵がチョコレートの入手ルートを開示してくれた。

 これは小国群ではなく、グロリア王国を経由して海向こうの大陸から輸入されているそうだ。その数が極めて少ないせいか値段もなかなかに高価らしい。


 まさか地元の国から出ていたとはね。青い鳥とは身近にいるものだ。

 それも、海外輸入であれば南方だと思う。いつだったか迷宮討伐で赴いた村の先には港町でもありそうだ。おそらくは同じ海沿いだと思うし、そことケルシーの町を繋げてしまえばより安価に――いっそのこと、自分で輸入してしまう手段もありかもしれない。

 そうなれば貿易船が必要になるわけだけれど、ゴンドラ職人となった村民たちでは小舟が精一杯だろうね。


「造船所をご存じありませんか?」

「場所ならわかるが、職人までは知らん」


 普通はそうだろうね。教えられた場所へ行って、船ください――とか言っても呆れられてしまうでしょう。これは先の話でいいかな。輸入なんてお金がかかりすぎるし。

 成功すれば大儲け間違いなしだけれど、失敗すればすべては海の藻屑となってしまう。自前で揃えるにはあまりにリスクが高すぎるのだ。


 それでも、チョコレートは欲しいし、輸入業者に問い合わせて買い付けるしかないだろう。しかし、伝手はない。

 目の前にいるダグラス男爵もそこまでは面倒を見てくれないようだし、ルーシーさんと相談するか、最悪の場合は冒険者ギルドに依頼を出してみようかな。

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