#140:虎の威を借る

 私としては遺憾ながら、町から教団へのお布施をゼロにはできなかったけれど、商店街互助組合の皆々や、総合ギルドの人たちから感謝されたよ。期待よりも削ってくれたって。


 それが終われば、当面お役御免となった私は王都班として物産展に勤しみ、お祭り開催日が近付いてきたら、ピアさんをはじめとした教団関係者が会場設営を手伝ってくれたようだ。

 少ないとはいえ町から寄付をしたことに変わりはないので、断る理由がなかったのだろうね。


 そして、次は私が受け持つ最後の仕事。伝書鳥のごとくお祭りの開催日を皆に知らせて回り、帰還を促すのだ。私が気軽に王都と行き来できることはバレているから断れない。ここにいる住人の大半は転移装置を通ってきたのだから、嘘を吐いても無駄でしかないものね。

 それを使わないのは持ち主シャノンに許可を取っていないという単純な理由だよ。あまり頼られないようにという防護策でもあるけれど。……私は遊んで暮らしたいのです。


 そんなこんなで、お祭りの日取りに合わせて帰ってきた人たちは当日なれば港通りに集結し、夏のお祭りが無事に開催された。しかも、上層部が思っていた以上に盛り上がったよ。


「お、帰ってきてたのか。まぁ飲めよ、ほら」

「当たり前だろ。せっかくの祭りなんだから。ほれ、王都土産」

「んで、どうなんだよ。王都でいい子見つけたか? 話を聞く限りでは美人だらけなんだろ」

「ほとんど毎日仕事でそんな暇ねえよ。みんな美人だから、ある意味記憶に残らねえし」

「結構稼げてるみたいだが、なんか疲れそうだな……」

「まぁな。それにしても、祭りがあってよかった。もしもあのままだったら……」


 ふと通りがかると、王都班で共に働いている青年販売員がお友達と賑やかにしていた。

 何かあったのかと話を聞いてみると、グレイスさんとクロエちゃんの思惑が的中したようで、久々に緊張から解放される時間を味わえてとても満足しているようだ。


 物産展は合同出資だから、自分の失敗が周りの足を引っぱることに繋がるものね。

 お客さんから見たら私たちは地方から商売に来た一つの集団だし、その内部事情を考えてまで買い物する人なんかいないでしょう。

 そんな状態で働いていたら気疲れして当然かも。かといって手を抜くわけにもいかないし、難しい問題だよ。




 そんな夏祭りが終わったら、ルーシーさんの元へ楽器製作の進捗報告に行く。

 待ち合わせ場所で時間を潰しているとルーシーさんが姿を見せたので、意外と貴族街の奥にある自宅まで案内してもらった。


「素敵なお屋敷ですよね。お部屋の色合いも美しいです」

「まあ、ありがとう存じます。どうぞお寛ぎになってくださいね」

「ありがとうございます。では、失礼して……」

「それで、新たな楽器の進み具合でしたかしら?」


 まだヴァイオリンは一つも仕上がっていないものの、その作業は順調に進んでいる。

 あの形を作り出す工程なら想像できるけれど、木材の乾燥は何やら独自の方法があるそうで、それは秘伝の技術らしくて私には見せてくれない。それでも、近々完成しそうだよ。

 という内容をルーシーさんに伝えると、完成が待ち遠しいことと、是非とも演奏を聴かせてほしいと頼まれてしまった。


 頑固オヤジ工房で作ってもらっている楽器が満足いくものであれば、ルーシーさんに譲った店舗での取り扱いが決まっている。あの工房の直営店みたいなものなので、利益は相当なものになりそうだと二人でにっこり笑い合う。

 もちろん、私にも分け前が入るように話は付けてあるよ。


 報告が終われば他愛ないお喋りをしながらおいしいお茶やお菓子をいただき、ルーシーさんはそろそろ用事の時刻だそうなので、私はお暇することになった。




 その帰り道。せっかく貴族街に来たのだから少しさまよい歩いていると、覚えのある人物を見かけたので挨拶しておこう。


「お久しぶりです、ダグラス男爵閣下」

「あ? あっ」

「先日お約束いただいたチョコレートの件は、難航されてらっしゃるのですか?」

「あ、ああ……」


 この表情、忘れていたな。しまった……って顔にしか見えないぞ。

 別に謝罪を求めているわけではないけれど、なぜか私が姫であることを前提に言い訳をまくし立てて逃げようとしたので、軽く一撃を加えてみようかな。


「ところで、私事ではありますが、最近は眠りが浅いのです」

「それは大変だな」

「何かよい解決策はございませんかしら」

「いや、思い当たることはない」


 私が頬に手を当ててお嬢様風に首を傾げてみせると、ダグラス男爵は明らかに動揺しているのにまだ答えを寄越さない。こんな道端で腹の探り合いをするつもりはないし、さらにもう一歩踏み込んでトドメに近い追撃を入れてみよう。


「この手のことは、閣下がお詳しいのではないかと」

「……」

「実は、る大臣より遣わされた者から内々に伺ったのですが――」

「……後ほど連絡する」


 そんな捨て台詞とも思える言葉を残し、ダグラス男爵は足早に立ち去った。

 貴族相手には同格以上の存在を匂わせるのが手っ取り早そうだね。

 実際にベアトリスから聞いたので一切の嘘はついていないし、虎の威を借る行為だとしても、チョコレートのためなら恥ずかしくもない。

 それに、連絡すると言われてもただの逃げ方便だろうし、あまり期待しないでおこう。




 ばったり遭遇してのご挨拶から数日ほど経ったころ、ダグラス男爵から一通の書状と小箱が一号店に届いていた。まさか本当に連絡がくるとは思っておらず驚きのひと言だ。

 いつもの搬入で戻った時に、執事のスチュワートから言われて耳を疑ったよ。


 そんな小箱の中には、ぴかぴかの伝書鳥が木くずの緩衝材に包まれて入っている。

 どうせお金持ちならこの魔道具で直接届けてくれたらいいのに……という愚痴をこぼしたら、私の後ろで控えているスチュアートが答えをくれた。


「こちらは事前に登録した人物の元にしか届けられません」

「そうだったんだ。自分と相手を登録しておけばいいんですね」

「いえ、この型式だと登録可能なのは一名のみで御座います」

「え、そうなんですか? 一方通行なんだ……。ところで、お値段のほどは……」

「そうですね……物にもよりますが、一万エキューは下らないかと」

「エマの一万エキューっていうと、グロリアの金貨リブラが一枚? うわぁ……」


 さすがに情報を取り扱うものなだけあって、まともな剣の一振りとほぼ同額みたい。

 そんなに高価な代物なのに、子供向けの携帯電話よりも性能が低いとは驚いた。便利そうに見えても不便極まるような……いや、場所を勝手に探すなら便利なのかな?

 前世ではメールや電話などの存在を知っているだけに、私としては不便に一票だけれど。


 もしかすると、これを解決できる魔道具を販売したら大儲けできたりして。それこそ、通信インフラを一手に握れたら莫大な富が懐に入ったりなんかしちゃったり?

 資金に余裕ができたらシャノンの祖父母に相談してみよう。ぐふふ……。


 硬貨の海で泳ぎ回る未来図の妄想は後回しにして、書状を手に取り開いてみる。

 そこには、先日の一件――グラント伯爵家でのお詫びが長々と綴られていた。それは本当に長すぎたので読み飛ばし、肝心の内容はチョコレートについてのもので、紹介するから秘密裏に私と会いたいそうだ。しかも、日取りは私が指定してもよいらしい。


 この話が事実であれば、早いに越したことはないね。往復ハガキのように返信用の伝書鳥もあるし、あちらも急ぎなのだろう。

 外堀を埋めるべきなのはわかっていても、貴族を待たせるわけにもいかない。


 最近の物産展はやや陰りを見せ始めたものの、休日は未だに多く来客数が見込める。

 既に投資額を上回る黒字だけれどみすみす見逃すつもりもないので、客足が最も落ち込みやすい休み明け――私たちにとっての休養日しかないだろう。

 そんなわけで、直近の休養日を手紙に書き込み、くるくると丸めて伝書鳥のクチバシに押し込んで、スチュアートに説明してもらいつつ窓から空に向けて放った。


 ケルシーの町よりは王都のほうが早かろうと、返答先は物産展の店舗宛に頼んでおいたよ。いくらお高い魔道具でも、馬車で数日かかる道のりは大変そうだものね。

 その答えもすぐに返ってきて、ダグラス男爵家への正式な招待状が届いた。


 中身はテンプレートな挨拶と貴族街の出入り口を起点にした簡単な地図で、それを脳内メモと照らし合わせていたら、使命感に燃えるような瞳のヴァレリアが視界に映り込んでくる。


「お姉さま。わたくしもお供いたします!」

「別にいいけど……遊びじゃないよ?」

「以前の事もございます。ヴァレリアさまをお連れしたほうがよろしいのでは」

「……あぁ。それじゃあ、お願いするね」


 ベアトリスの見解では薬が盛られていたからだろう。気持ちのよい『はい!』という返事で意気込むヴァレリアも一応は連れていこう。

 それとは反対に、また無下な扱いをされたら嫌だし、そもそも忙しくてそれどころではない美人姉妹は誘えそうにないね。

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