#139:至要たる緊急会議

 長期に亘る物産展の賑わいが落ち着いてきたころに、ふと思い立ったことがある。

 最近は外部にばかり力を注いでいて、本拠地が疎かになっているのではないか――と。


 全体的な売り上げはとても好調で、町の存在はゆるやかに浸透しているものの、王都や領都から人を呼び込むはずが、逆に流出したら困るだろう。

 この地には各商会から選りすぐりの販売員が集められており、当然ながら寝泊まりや生活も現地で行っている。それらが都会の魅力に抗えず、移り住もうものなら大打撃を被りかねない。現状では、格安の家賃と数多の仕事で繋ぎ止めているだけでしかないのだ。住みよい町を知っている皆が移り気を起こしても何ら不思議はないのだから。

 そろそろピザやコロッケを搬入する時間だし、一度ケルシーの町に戻って相談してみよう。


 とっておきの秘策を懐に忍ばせて転移装置で一号店に戻ると、丁度エクレアが遊びから――ではなく、町周辺の見回りから帰ってきたところだった。


「ぷもー」

「おかえり。今日もお土産あるんだね」


 ここのところ、体中を泥まみれにしたエクレアが鉄鉱石を持ってきてくれる。

 私が商品の搬入で戻った時を狙っているようで、多少前後する事があっても入れ違った事はない。汚れたままで家に入るとベアトリスのメイドさんに怒られるので、大抵は店先に黄色いもふもふが佇んでいるから私も見落とさないしね。


 そんなお土産だけれど、これを貰ってもさすがに私は食べられないから鉄工所で売っている。そして、そこで得たお金を使ってエクレアのご飯に一品が追加されるのだ。

 今ではそれを学んだらしく、ほぼ毎日泥んこになって帰ってくるよ。


 鉄鉱石を届けてくれたエクレアはまたどこかへ行ったので、私は商品の搬入を開始した。

 まずはいつもの移動魔術セットでブルックの町へ行き、コロッケ生産小屋から揚げ立て熱々を受け取り、ケルシーの町に舞い戻って二号店へ向かう。そこでも焼き立てのピザを仕入れたら、次は相談相手がいる空飛ぶひよこ亭に寄ったのだけれど、すごく忙しそうで入りづらい。


 困った時のグレイスさんとクロエちゃん頼みなのに、これでは話す時間も取れそうにないね。私にも王都の物産展があるし、あまりブラブラしていられない。

 とりあえず、執事のスチュワートに伝言だけ頼んで搬送の続きに取り掛かろう。




 王都での業務を終え、スチュワートに頼んでおいた件が気になるのでケルシーの町に戻ってみると、どうやら緊急会議として皆を集めてくれているそうだ。

 そこで、総合ギルド館の裏手にある町民館へ行き、いつからか立てるようになった見張りに事情を説明して中に入れてもらう。周りからしたら、急に帰ってきて会議に飛び込む私の姿に驚かれたけれど、重要な議題がある――と言って衆目を集めた。


「先に結論から言います。住人を繋ぎ止めるために季節のお祭りをしましょう!」

「……何事かと思えば」

「そういえば、もうそんな時期でしたな」


 喫緊の事態である実感が薄いのか、この町のお偉方は揃って拍子抜けしている。

 王都に出ていなければ状況がわからないのも無理はない。それどころか、もしかしたら思い当たってすらいない可能性もある。

 このままでは、町が賑わうよりも先に衰退してしまうかも――という私の懸念を伝えてみた。


「その様な者はおりますまい。気を回しすぎでは?」

「今の段階でも、日に日に移住者は増えておりますぞ」

「ヱビス屋さんは王都班ですからな。気軽に戻れなければ知らぬが道理」

「もしや、定期連絡をご覧になられていない?」


 私たちが寝泊まりする物産展の店舗に、一〇日ごとに届く伝書鳥ならちゃんと読んでいるよ。

 その上での心配というか、現場を知っているが故というか……いや、もう、本音を言おう。

 私がお祭りを楽しみたいだけです。何か文句あるの? タダ飯だぞ?

 度を超えない限りは食べ放題だし、新作のプロモーションに打って付けなことはよく知っている人たちのはず。


「それは確かに、おっしゃるとおりですが」

「今は外から内の流れがですね……」

「いや、ヱビス屋さんのお考えにも一理あるだろう」

「ですが……そうなれば、出店先の店舗はどうなさるおつもりで?」


 自分たちの利益を刺激すると、ほんの少しだけ風向きが変わったような気がする。

 それでも、お金をかけた物産展は力を抜けないのだろう。もちろん、それは私も同じ気持ちだし、場を離れることによる懸念もわかる。しかし、何も撤退しろと言うつもりはないのだよ。

 皆も多少悩みはするようだけれど、どうしたものかと美人姉妹に視線を向けてみた。


「みなさま。ここは一つ、日頃の労いという意味でいかがでしょう?」

「最近、仕事ばっかりだもんね。根の詰めすぎは後に響くよ?」

「そ、そうです。私もそれが言いたかったんです」


 苦笑を浮かべたグレイスさんとクロエちゃんの発言で、夏祭りの開催があっさりと決まった。

 鶴の一声とはこのことか。私も尻馬に乗っておくのを忘れない。


 というか、そうだよね。私は魔術で戻しているけれど、普通は疲れるよね。

 見知らぬ土地、勉強したてで不安な言語、普段とは味付けの違う食事など。水が合わないとまでは言わないけれど、皆はいきなり放り込まれたに近いのだから疲労が溜まっていて当然だ。それを窺わせないあの人たちは、やはり接客業のプロだと思う。

 私は以前の行商でさらなる劣悪環境――迷宮で過ごした経験があるから気付かなかったよ。


 それと、同日開催となるお祭りなら『王都のものに参加すべきでは』という意見が一部から出たけれど、私も含めて皆が黙殺した。王都であれば、この国で一番の賑わいを見せることは想像に難くない。だとしても、そこに参戦しても私たちに勝ち目はないのだ。


 今の物産展が成功しているのは、何もない日常の中だからこそ特別イベントとして目を引いているにすぎない。いくらおいしい料理を出したとしても、名も知らぬ遠方の町と近場の人気店では、それこそ勝負にすらならないよ。


 この場に集う商会主たちはその辺りの事情を理解しているので、王都のお祭りに参加したい人は勝手に行けばいいというスタンスだね。それに、基本的には地元愛溢れる人が多いので、まだ引っ越して一年に満たなくとも、もはやここの住人という自覚があるのでしょう。


 何はともあれ、お祭りの開催は決まったのだ。言い出しっぺの私は率先して手伝わないとね。

 自分が楽しむために場を調えるなんて、未来を考えたら予行練習にもってこいかも。

 ゆくゆくは、ショッピングモールやテーマパークの建設を視野に入れておりますゆえ。


 しかし、私がヘンテコ魔術であれこれしようにも、現在好調な物産展は捨て置けない。

 これは会議に集った面々も同感らしく、浮かれて手を抜かないように言われている。

 さすがに魔術の全貌は明かしていないけれど、転移装置を持っていることは知られているので、手短に済みながらも少し手の掛かる用件をこなすだけでよいそうだ。




 そんなわけで、お祭りを開催するなら避けては通れない面倒ごとが私に回ってきた。

 一般的に考えたらそうでもないけれど、商人……というかケチな人物にとっては嫌な役目。それは、胡散臭い教団に協力を仰ぐという、私としては厄介な風習なのです。

 季節のお祭りといえば時や暦に関わる催事なので、教団の協力も必要になるのだとか。


 会議の翌日は無理だったので、そのまた次の日に時間を作り出し、ご近所だからお婆ちゃんの家にお邪魔してお茶を飲み、町長さんと待ち合わせてこの町で唯一の礼拝堂へと向かった。

 ここは、町に来た当初に一度チェックしたのみで、それ以来は近付いてすらいない。

 それでも、お店をやっていれば関係者と知り合うことがあるにはある。


「こんにちは。どなたかいらっしゃ――あ、ピアさん」

「あら、ヱビス商会のサラさまと、町長さまではありませんか。祈りの時はまだ先ですが……もしかして、ご決断されました? すぐに入信のご案内――」

「いえ、入りません。今日はお祭りについてお話に伺いました」

「お祭り……よかったぁ。これを機に、サラさま個人からも――」


 ここから続くのは寄付の催促だ。会うたびにされる。商人は特に。

 勧誘は職業と関係ないのだけれど、これは主にヴァレリアが悪い。理由は言うまでもないと思う。女神の化身だとか何とか、方々で言い触らさないでもらいたい。真に受ける人がいるのだよ、目の前にね。ピアさんは変な方向に信仰心が厚くて困る。


 個人的な寄進の願いは、この町に恵まれない子がいない――という毎度の理由でバッサリと断り、司祭だか助祭だかを呼んでもらってお祭りについての相談をする。

 相談とはいっても中身に大差はない。早い話が、教団にいくら包むのかという内容だ。

 他の町なら孤児院があるので、会場設営に人員を派遣してくれるから構わないけれど、ここには働き手が一人もいないのだ。どうやってこの費用を抑えるかが課題なのよね。

 それを私の拙いトークと商会主たちからの助言で削りに削っていく。


 それと、お祭りの開催場所だけれど、ここにはブルックの町みたいに広いスペースはない。そこで、一号店や空飛ぶひよこ亭が並ぶ港に面した大通り――皆は港通りと呼ぶようになったそれを、急遽片付けて使うことに落ち着いたよ。

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