#136:頑固な要望

 案内を買って出てくれたルーシーさんに付いていくと、楽器工房は騒音対策のためか貴族街の外にあるようだ。それでルーシーさんは出歩いていたのだね。お付きの人は大変そうだ。私の側役――ベアトリスなんて『お供します』と言ってくれないと思うよ。ヴァレリアは無駄に付いて来たがるというのに。

 そんなことを考えている間にも、目当ての工房に到着したらしい。


「サラさま、こちらでございます」

「ありがとうございます。……えっと、なかなか趣のある工房ですね」

「ええ、そうですね。仕事を選びがちかもしれません。その割りには新たな楽器というだけで飛びつきましたわ。少々気難しい職人が多いですけれど、皆の腕は確かですので」

「え――あ、はい」


 作られる品物の価格からして儲かるはずなのに、意外にも時の流れを感じさせる工房だった。その敷地面積もさほど広くはなく、弱小工房と言われても不思議はない佇まいだ。仕事を選びがち――と言うのなら、私腹を肥やすよりも自身の技術を高めたいのかもしれない。それなら、製作に関する費用についても安く上がればいいなぁ……。


「なんだ、コーディ家のお嬢様か。そいつが前に話してたお嬢ちゃんか?」

「ええ。是非ともご挨拶にとのことでお連れいたしました」

「お初にお目に掛かります。南の方にあるケルシーの町でヱビス商会を営むサラと申します」

「ん、ああ。よろしく。んで、どんな楽器なんだ? 詳しい話を聞かせてくれ」


 モジャモジャ頭のおじさんは少年のように瞳を輝かせて話の先を促してきた。新たな楽器を作れると聞いて心待ちにしていたのかもしれない。

 私としては、まずは強烈なインパクトを与えられるものから作ってほしい。やはりピアノかヴァイオリンが妥当だろう。早く形になりそうなものは後者かな。


 素敵な音を生み出す四本の弦は、羊の腸を用いるガット弦を使えばいいでしょう。腸詰め肉の外側だね。私もエクレアもよく食べているソーセージの皮だよ。

 その弦を弾くための弓は、馬の尻尾の毛が定番だろう。駅馬車でよく見かけるお馬さんだ。ケルシーの町も、街道が整えば駅馬車で領都と繋ぐ話がほぼ確定しているよ。

 あの魅力的な曲線を描く本体や、音の質にも影響を及ぼすワニスなどは山や森に生えている木から適したものを探せばよい。町の壁を越えたら右も左も緑だらけなのだから。


 そう思っていたら、本体には魔木――トレントの木材を要求された。さらには弓の毛や弦、本体に塗り込むワニスすらも魔物の素材がいいと言う。


「未知の楽器を作れると言うから誘いに乗ってやったんだ。言ってみればリュートをいじくったもんだろ? だったらアクースティック・トレントだな。竜神山にもいる」

「……トレント、ですか」


 職人バカの頑固オヤジめ……。『これじゃないと作らない』そして『作れないなら行かない』と宣言しやがった。しかも、アクースティック・トレントとは俗称でしかなく、音響に優れた木材というだけで複数の種類があるのだとか。


 とにかく、これをどうにかしないと先に進めない。せっかくルーシーさんが話を付けてくれたのだ。その手前では文句を言いづらいし、私だって立地のよい空き店舗を犠牲にしている。これらを無駄にはできないよ。


 魔物の素材は集めることを前提に話が進み、楽器職人……いや、もう、頑固オヤジ達は私がそれを集めている間に町へ来てもらうことが決まった。移動に使われる馬車はルーシーさんが既に手配済みだったようで、皆は引っ越し準備に取り掛かり始める。

 それを見て、また何かの注文を追加される前にルーシーさんを連れて楽器工房を後にした。そして、帰りを共にしたルーシーさんとも途中で別れ、王都支店の転移装置からケルシーの町に帰り着く。


 頑固オヤジ達は、アクースティック・トレントをあくまで素材としてしか扱ったことがないらしいので、それについての詳細を木工工房と懇意な木こりのおじさんに尋ねてみた。

 そこで話を聞くと、件の魔木は大して強くないものの、素材として持ち帰るのなら一人で行くことは勧められないそうだ。なにせ、木の魔物なのだから多数の枝を持ち、それをしならせて打ち付けてくる。一人では到底捌ききれない数みたいで、複数名の木こりや冒険者に任せておけとのことだった。


 しかし、それではダメなのだ。魔木の生息場所は山奥らしく、誰かに頼んでいたら頑固オヤジ達のほうが先に到着すると思う。ルーシーさんから話が通っているのなら、引っ越しの荷造りは終わらせていたはずだ。馬車を使えば王都からケルシーの町まであまり日数も掛からない。

 彼らを待たせてへそを曲げられても困るし、エミリーとシャノンを捕まえて一緒に行くしかないだろうね。




 そんなわけで、先日町を発ったばかりの二人を腕輪の力で探し出し、竜神山の奥地を目指す。今回は人手がいるから『お供します!』と言うヴァレリアもいるよ。もちろん、エクレアもだ。

 木こりのおじさんから大凡の場所を聞いているので、エミリー、ヴァレリア、エクレアは素の状態で、私とシャノンは魔術の補助で道なき道をズンズンと進んでいく。


「なんか、背中が軽いって久しぶりね」

「サっちゃんがいてくれると肩が楽で助かるよね」

「私は便利な鞄かい!」

「いいえ、わたくしの女神様です!」


 すべての荷物は私のスタッシュに入っているので、リュックサックを背負わなくて済む二人の足取りはとても軽いものだ。ヴァレリアも重い騎士鎧一式ではなく、主要パーツのみを身に付けており軽快な動きを見せている。

 そうやってかなりの速度で山を登っていると、動き回る木が時折目に付くようになってきた。


 迷宮にいたトレントとは似ても似つかぬ……ほどではないけれど、明らかに違った見た目のトレントの中から、木こりのおじさんに教えてもらった特徴を持つものを探さねばならない。その特徴と合致するものでスプルースやメイプル、エボニーといった前世でもヴァイオリンに使われている種類と似たトレントがいるようなので、今回はそれらを狙うのだ。頑固オヤジ達にはアクースティック・トレントとしか言われておらず、種類の指定はなかったからね。


 速度をゆるめて周囲に目をやりながら歩いていると、どことなく迷宮トレントの面影があるような気がしなくもない、メイプルに似た魔木を発見した。


「みんな、アレいってみよう。……蜜は出るかな?」

「ぷも!?」


 あの味が忘れられないのか、エクレアの両耳がピンと立ち上がり、円らな瞳もくりくりさせて興奮しているようだ。私もあのシロップは大量に欲しい。そんな考えで意識がよそ見をしていたら、ヴァレリアが『お姉さまのためです。覚悟!』と剣を片手に飛び出していき、丸太のような……というか、丸太そのものにぶん殴られて跳ね返ってきた。


「ちょ、ちょっと、ヴァレリア! いきなり飛び出したら危ないでしょ?」

「あやつ、フェイントしてきました! 足で蹴るなんて反則では」


 枝にばかり気を取られ、根っこに蹴り飛ばされたようだ。私も鈍重なイメージと懸け離れすぎていたせいで、枝の一部だと思い込んでいた。

 そうやって、意外にも俊敏な動きを見せる魔木は囲むように広がった私たちを敵と見なしたらしい。歩くのをやめて地面に根を張ったようだけれど、これなら楽に打倒できそうだね。


「うわっ」

「ミリっち、反対からも!」

「ぷもっ! ぷもっ!」

「ええい、煩わしい。早々にお姉さまの糧となれ!」


 周囲からのタコ殴りで楽勝かと思いきや、その攻撃力、及び防御力は格段に上昇した。なによりも安定性が段違いに向上しており、その動きに一切のブレがなく淀みもない。まるで死角が存在しないと思わせる手際の良さだった。


 しかし、相手は魔物とはいえただの木だ。今は自ら地に根を張って動けなくもなっている。それならばと、遠距離から魔術を飛ばせばすべて命中したものの非常にしぶとく粘っており、このままでは持ち帰る素材がなくなってしまう。私たちはそれを目当てでここまで来たのに、手ぶらで帰れるわけがないだろう。あえなく撤退を選び、別の個体を探すことにした。


 若い木は諦めてカラカラに乾いたような古木を見つけ出し、最初から遠距離攻撃でトドメを刺した。何をもってトドメと言えばいいのかわからないけれど、動かなくなれば問題ない。

 そうやって対魔木戦に慣れていき、鬼の金棒を彷彿させる幹を持つフェルナンブコのようなトレントをはじめ、山を回っていくつか伐採してスタッシュに収めておく。


 これで弓身を含めて魔木の素材は集まった。次は馬と羊を求めてどんどん奥へ進み、数日ほど歩いたあたりで木々が少なくなってきた。それに、周囲から温泉臭が漂いはじめ、地面から青い炎が小さく上がっている所もある。


 そこには八本くらい足のある馬が生息しており、それの尻尾が目当ての品だ。馬を見つけた瞬間には驚くような速度で駆け寄ってきて、私とヴァレリアは撥ね飛ばされた。意外と獰猛な八本足の巨馬は、エミリーとシャノンが力を合わせて捕まえてくれたよ。

 もう一つの対象である羊はかなり楽に終わった。目つきが悪くてゲップが催眠ガスだったけれど、障害はそれだけだ。しかも、群れていたから簡単に捕獲できた。

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