#135:物産展の下準備

 皆の準備を待つ間は、一号店と二号店で稼いでおこう。物産展の開催はまだ会議で決まったばかりなので、出店する場所の確保や現地での宣伝、そこで販売を任せる人員の選出をしなければならない。これらの作業は、ひと月以内に終えるよう予定されている。

 当店からは私が出向く外ないだろう。他の誰かではコロッケやピザが冷めてしまう。保温庫なんていう高価な魔道具は持っていないのだから。


 既に行商で売り歩いているコロッケは、冷めてもそこそこおいしく食べられるような調整に成功した。しかし、ピザはダメだ。チーズが冷え固まってどうしようもない。なぜこんなものを扱おうと思ったのか。あの時の私を問い詰めてやりたい。

 それでも、焼き立ては本当においしくて毎日の食事時になれば二号店が大賑わいだ。他にも味で評判な食堂があるのに、我が二号店はそれに対抗できるほどなのだよ。その反面、一号店はあまり人が来ない。ギルドに寄ったついでや、行商人が旅のお供に買う程度だった。


 そろそろ保温庫を導入したいとは思うのだけれど、シャノンの祖父に詳しく聞いてみれば、焼き立てや揚げ立てのおいしさが損なわれてしまうらしい。それもそのはずだろう。おいしさを維持できるのであれば多くの店舗が導入しているに違いない。

 ところが、現状では物好きな人でもなければ使っていないのだ。せめてもう少し改良されてからでも購入は遅くないと結論づけた。


 ただ、夏を考えると冷蔵庫は必要になると思う。今のところ、腐りやすいトマトは仕入れてすぐ調理を行い、ピザを提供している。このまま客足が増えるとすれば、ある程度をまとめて作らなければならないだろう。それを保存しておく冷蔵庫の導入は避けられなかった。


 というわけで、買いました。冷蔵庫を。受注生産らしいのでまだ届いてはいないけれど。

 発注した先の魔術用品店兼魔道具工房では、シャノンの祖父が冷凍庫を開発中みたいだよ。

 ちなみに、冷蔵庫のお値段は一万エキューを超えていた。おまけされてコレだった。




 私が物産展に赴くのなら、一号店は誰かに任せなければならない。コロッケは私が生産工場から運んできたものを陳列棚に並べるだけだから簡単だろう。これだけでは収入が心細いので、麦茶も早いうちから取り扱う予定で大麦の買い取りを始めている。

 これらは私が作った算盤で遊ぶことを覚えた幼女に任せても、大きな問題は出ない……はず。


「ミランダ店員、抜き打ち試験です。チーズコロッケを六個、コーンクリームと蜘蛛クリームを二個ずつ、日替わりのおかずコロッケは具がお肉だったら四個ください。チーズコロッケはすぐに三つ食べるよ。それと、麦茶も一杯お願いね」

「ごめんなさい、くもさんクリームは作ってないです。えっと、ほかのお会計は…………あれ、おっきなやつって何個いるの? 今日はキノコとベーコンの野菜あえだよ」

「店長、その注文はちょっと意地悪じゃないですか?」

「う~ん……でも、たまにいるでしょ? まだ客対応は難しいかな」


 慣れている人、または察しのよい人なら迷わないだろうけれど、わかりづらい注文をしてくるお客さんは必ず出てくる。一応は絵付きのメニューを用意してはいるものの、文字を読めない人は多いのだ。それもあって、見ればわかることでも尋ねてくる人が少なくない。


 おかずコロッケの部分にしても、今日はお肉もお野菜も入っている。野菜嫌いな人の場合や、もしかしたら一つ前に注文した分の個数を変更するつもりで口にした可能性もある。限りなく低い確率だけれど、おかしな注文の仕方をするお客さんは存在するのだよ。

 基本のコロッケは三個で一セットだと断っておいても、三個買うと言うから三個渡せば、六個足りないと苦情を入れられた経験があるからね。


「おかずコロッケにはお野菜も入ってますけど構いませんか? って確認しておいてね。で、今回はそれを買う設定でやってみて」

「はい。チーコロで二と、コンクリで一と、おっきなのが四だから、七エキュー。むぎちゃ一ぱいも入れて合計八エキューです。すぐ食べるチーコロは、さっきの分からだよね?」

「うん、正解。バッチリだね」

「計算はいいですけど、ミランダはまだ見習いの歳に足りてませんよ?」


 年齢を誤魔化してもこの見た目ではどうにもならないので、領都で行商をさせていた孤児たちに販売員を頼むしかない。彼らならコロッケの扱いにも慣れているはずだから適任だろう。

 それに、中濃ソースも大量に作らなければならないし、混ぜるだけのマヨネーズだって結構疲れるのだ。こちらも量産体制にするなら行商は一旦お休みにして、内勤に徹してもらうことになるだろうね。

 今後は町の存在を主張するために他の商会が領都に出店することが決まっているので、丁度いいかもしれない。私は既に王都支店を出していることで王都班に配属されている。それなら、領都は領都班に任せておきたいよ。


 その日の晩、一日の売り上げ報告にやってきた行商帰りの孤児たちと連れ立って彼らの家へと行く。途中でピザや果実水などを購入し、日頃の慰労も兼ねて業務連絡のためにお宅訪問だ。


「お~い! 店長がピザとか買ってくれたぞ~」

「えっ、珍しい」

「明日は嵐でも来るんじゃないの?」

「いいじゃねえか、タダで飯が食えるんだ!」

「私にだって労う気持ちがあるんだよ。たんとお上がりなさいな」

「わ~い!」


 上は成人済みから、下は年端もいかない幼女まで。多少の誤魔化しを含めて正式に雇ってはいるものの、ただの労働者ではやはり収入は少ないものだ。一食が浮くだけでも大きな助けになると思う。しかも、普段では購入を躊躇うようなスペシャルミックスピザだからね。


 土台の生地が一インチごとに一エキューずつ増えていき、そこに載せる具材によってはさらに加算していく方式なので、あれこれトッピングすると大変なお値段を告げられるのだ。今回は皆で食べるような特大のパーティサイズということもあり、ピザを前にして両手でのサムズアップをするお調子者もいた。

 そうやって笑顔でパクパク食べていく彼らには、肝心の業務連絡をしておこう。


「みんな~、ちょっと聞いてね。今度、王都とか領都でこの町を宣伝するイベントが決まりました。私はそれに参加しないといけません。そこで、行商はお休みにしてコロッケの一号店で内勤をお願いできる? ソース作りとか、お客さんが来たらその対応をしてほしいんだよ」

「ほら、やっぱり裏があった。店長が奢ってくれるとか、うますぎると思ったんだよ!」

「でも実際ピザはうまいだろ。それにさ、もう行商しなくていいんだぞ?」

「あっ、毎日歩かなくてもいいってことか。やるやる! 任せてくださいよ、店長!」


 皆は揃って二つ返事で了承してくれた。のみ込みが早くて助かるよ。毎日朝から荷物を持って遠方までの往復と、じっくりコトコト煮込むソースの見張りや、ぐるぐる混ぜるマヨネーズ作りだと、どちらが楽なのかはわからないけれど。


 これで一号店は大丈夫でしょう。二号店は特に問題が起こっていないし、ピザを買うついでに話をしておいたら『そうかい』のひと言で済んでいる。さすがに一人では大変そうなので、レジ係として自転車の軸受けや懐中時計を依頼した姉弟のお姉ちゃん――カーラさんを雇っているよ。


 弟のほうは引き続き鉄工細工工房で働いているけれど、姉はどこかの食堂にでも入るつもりだったらしい。それならばと私が雇って二号店に配置したわけなのだ。今も愛用している懐中時計を設計できるほどの技術を持つのだから、どこかと契約する前に欲しかったのですよ。


 そういえば、そろそろ王都支店の賃貸契約が切れるころだ。これからも王都に通うことは多そうだし、対の出口が必要になっても転移装置は存外に有用で助かっている。なにより、王都支店が最も稼げているからそれを維持しておきたい。契約の延長を申請しておこう。




 孤児たちの家を後にしてから王都支店にコロッケの搬入を終わらせ、お母さんにも物産展がある事と、この借家の契約延長も伝えておく。翌日はその件で不動産ギルドへ赴くと滞りなく話が進んだよ。先のことはわからないから、また一年契約を選択だ。

 その帰り道でルーシーさんと遭遇した。貴族のご令嬢なのに割と活動的だよね、この人。


「ごきげんよう、サラさま。手筈が整いましてよ」

「ありがとうございます。では、約束どおり町に出店を」

「とてもよい立地ですのよね?」

「ええ、ご期待に添えると思いますよ。場所取りに少し苦労しましたから」


 ルーシーさんと懇意のお店で、知り合いの楽器工房とそれの販売店がケルシーの町まで来てくれるそうだ。その出店先を相談されたので、私が確保している海沿いの空き店舗を代償に、腕の立つ楽器職人さんに話を付けておいてもらったのだ。

 これで楽器製作にも取り掛かれそうだね。まだ時間には余裕があるし、楽器工房へ顔見せに行っておこうかな。

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