第五章:奔走する若き町商人

#134:商店街互助協会長の日常

 商店街の会長になれば大変かと思いきや、いきなり仕事を押しつけられることはなかった。何か雑事が持ち上がれば執事のスチュワートが代行してくれて、グレイスさんにクロエちゃん、ベアトリスとそのメイド達も助けてくれるので、私には大した変化が訪れていない。

 強いて言うなら、商店街用に割り当てられたお金の管理だろうか。領主から届けられる町の運営費用なので、好き勝手に使えもしない資金を預かるのは厄介なだけだよね。きっと完全防備なスタッシュを当てにされたのだと思う。楽と言えば楽ではあるけれど、面倒さが上回るよ。


 それでも、僅かながらに役員報酬はつく。さらに、商店街の組合費から手当も出るのだ。

 これは国に汚染された商工ギルドとは別の組織で、新たに作り上げた互助協会。お金の管理は町にとって欠かせない仕事だから仕方ないとしても、自分のお店以外にも別件で事務作業が少し増えてしまった。

 事務作業。もちろん、その一件がすべてではない。今後は住人たちから家賃収入を得るのだ。


 しつこいけれど、この土地は私が貰ったものだ。上物に関しても使用許可がある。そして、現在の住人は半ば強制連行したとも言えるだろう。それもあって、私が成人するまでは家賃を無料にしていた。誘い文句として非常に有用だったね。


 つい先日、私はめでたく成人を迎えたので季節ごとの稼ぎから一部を徴収することになっている。現在の徴収額は商家なら売上総利益、労働者であれば世帯収入の五分5%に設定した。これを安いと見るか、高いと見るか。感覚は人それぞれだろうけれど私としては格安だと思うよ。

 仮に三ヶ月の粗利が三〇〇万円とすれば、家賃という名の土地使用料は一五万円だ。激安でしょう? ひとつひとつの額は小さくとも、これからも増えていく町すべての住人から集まれば……ってね。今のところ、私のお店が傾かない限りはこれを維持する予定だよ。

 そんなわけで、未払いの見回りも兼ねてどんなお店があるのかチェックする仕事があるのさ。




 また迷宮を探す旅に出てもらう前に、エミリーとシャノンを連れて一号店を出る。

 冒険ばかりでは疲れるだろうと思って、ちょっとした息抜きになればと誘ってみたよ。


「ふぅん……。やっぱり、私でも知らないお店とかいくつかあるなぁ」

「あれ? あのおっちゃんも来てたんだ。ほら、つるつる頭の」

「会ってないの? エミリーを追ってきたようなものなのに」

「あんたが迷宮探してこいって言ったんでしょうが!」


 かといって、二人とも装備は充実しているので特に用がない。

 知り合いの鍛冶屋さんなどを誘って来てくれたつるっぱげの武器・防具店の前を通り過ぎようとしたら、シャノンの親衛隊をされているご老人が中から姿を現した。


「おや、お揃いでお出かけかな?」

「こんにちは。私の仕事に付き合ってもらっています」

「あとでサっちゃんにご飯奢ってもらうんだ~」

「そりゃあ楽しそうだ。ワシは外の見回りに行ってくるよ」


 魔物は滅多に近寄らないものの、春になったからか野獣をたまに見かけるようになった。

 そこで、親衛隊の面々には外側の村を囲う壁ができるまで巡回を担当してもらっているのだ。兵士も一応は配備されたけれど、職務怠慢というか、やる気を一切感じられない。


「どこ行っても兵士は同じよねぇ……」

「やる気ない分、この前の町よりはましかも」

「これでも、領主のサリンジャー男爵に何とかしてって言ってはいるんだよ」


 ここの兵士も国王から直々に雇われているという謎理論のせいで、ヴァレリアやベアトリスという貴族の娘が注意しても態度を改めないのだ。

 例えば、通行手形は紛失することが前提で発行を拒むし、私――の執事が領主側と交渉して入都税はタダ同然の値段を勝ち取ったにもかかわらず、勝手に上乗せして徴収する。その割りには揉め事が起こっても当事者同士で解決しろと言うだけだし、野獣が出ても対処をしない。


 ひとまず、態度が悪いのは諦めるにしても仕事だけはしてもらいたい。兵士に頼れない場合は冒険者を呼ぶものだけれど、冒険者ギルドは未だに来ないのだ。領都まで依頼を出し行くしかないところを、親衛隊の面々から出された助け船に甘えているのが現状だよ。

 冒険者ギルドにも一応は声を掛けている。しかし、大した依頼もないからと渋られているのだ。それと比べて、胡散臭い教団は知らせを入れるとすぐに来た。兵士と同時期にやってきた。


 村単位で難民が存在するのだから、今まで施しを与えてきた彼らを労働力と見なして来たのかもしれない。実際は恩があるから多少の手伝いはするようだけれど、身を粉にして働く気はないらしい。どうせ人気集めで利用されただけだろうし、私は彼らに賛同するよ。


 他の住人たちにしても、あの教団を嫌ってはいなくとも崇めてもいないようだ。誰も率先して掃除しなかった礼拝堂は教団自らが手入れしており、今では時報の鐘が鳴るようになったのはありがたいところかな。女神の名においてお布施を求めてくるのは面倒だけれど。


 そんな愚痴を挟みながらも店舗を廻っていく。知らないところは脳内メモにぶち込んだ資料と照らし合わせ、未払いの不正利用者がいないことを確認していった。

 お昼になれば評判の食堂に入り、役員報酬のおかげで少しグレードの高い昼食を摂る。その後も露店で買った軽食を片手に見回っていると、一般的な終業を知らせる夕三つの鐘が鳴った。

 それに伴い、続々と増え続けているゴンドラを利用して、町の端から一号店へと戻る。


「へぇ……会長か。あの時の小娘が偉くなったもんだな。……もう小娘は失礼か」

「いえ、小娘ですよ。中身は大して変わってませんから」


 多くの人が仕事を終えて家路に就く。そんな今だからこそ稼ぎ時なゴンドラの漕ぎ手は見覚えのある青年だ。コロッケを食べて驚いていた人だね。第一村人の彼だよ。

 いわば水上タクシーみたいなもので、その料金は片道一~二エキューとかなり安い。水流の影響で上りと下りは別料金という細かな違いがあるものの、町中の移動でよく利用されている。


 もちろん仕事にも活用されており、各工房には個人よりも優先してゴンドラを購入する権利が与えられていた。木工、石工、鉄工など、どれもこれも重い素材を扱うのだ。個人で楽しむよりも先に欲しくなるでしょう。

 これも各工房や商店の代表、各ギルドの関係者が集まる定例会議で決定されたものだよ。


「それじゃあ、会議に行ってくるね。帰りが遅かったら先にご飯食べてて」

「サラさん、お供いたします」

「待って、サラちゃん。一緒にいこ~」

「わたくしも参ります!」


 お隣で宿屋を営むグレイスさんとクロエちゃんは、私の相談役みたいなもので行動を共にしている。それに続こうとしたヴァレリアは呼ばれていないので、ステイを命じてお留守番だ。




 定例会議は総合ギルド館の裏手にあるやや小さめの建物で行っている。町民館ってやつだね。一号店の裏口から出てすぐなので、遅刻の心配もなくて大変に便利なのだよ。


「会長、お待ち致しておりました」

「こんばんは、みなさん」


 議場の準備は持ち回りで、今日の当番は第一陣でこの町に来てから精力的に仕事をこなし、領都から来る行商人たちとも仲良くなった大きな商会だ。さすがにお金はあるようで、渋めのお茶と甘いお菓子が人数分用意されていた。


「そろそろ始めましょう。本日の議題は、この町をどう発展させるか――ですね」

「では、あたくしの見解から」


 この場の支度をした人が最初の発言権を持つという暗黙の了解が早くも確立されており、お茶で口を湿らせた大店の主人が立ち上がって意見を述べ始めた。

 それからは、私のいる意味がわからないくらいどんどんと話が進んでいく。私も含めて誰もが懸念するのは、人口が少なすぎることだった。


 今は仕事だらけで雇用も多くあるからいいものの、落ち着いてきたら先がない。移住者がいるとはいっても、今はまだ僅かな数でしかない。本格的な誘い込みは秋の嵐が過ぎてからだけれど、まずはここに町があると知ってもらう必要があるだろう。そこで、王都と領都に出店し、町の認知度を上げる方向で話がまとまった。


 共同出資で一つの商会を作り上げ、すべてこの町で入手可能な商品という制限はあるものの、そこでさまざまな物品を扱うのだ。遠方からの物産展を想像するとわかりやすい。あれを長く続けるようなものだね。その期間は秋の嵐が過ぎるころまでを予定しているよ。


 会議は終わりを迎え、私のお店からもコロッケや特製中濃ソースとマヨネーズ、そしてピザを出品することが決まった。この町の住人なら一度は口にしているほどの人気を誇るピザだけれど、冷めたら非常にまずくなることも併せて知られている。それには特殊な魔道具で対策が可能だと誤魔化せば、その懸念は消えて皆が賛同してくれたよ。

 なお、賛否はあれど、サクラを使うことも私たち上層部は知っている。

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