#120:今時のお嬢さま

 工事といっても壁に穴を開けるほどではなく、煙突に繋げる程度だから割と早く終わるはず。施工者によっては魔術を使って作業されるので、今回のように重機を必要としないのだ。

 ただし、完成までが早い代償に手作業でやる工房よりも料金が高く付くけれど……。


 それが原因となって、この文明レベルでは考え難い建築物などを見かけてしまうのよね。

 おかげで私の食い込む余地があるのだとしても、工業系への手出しを躊躇う要因だよ。


 そんな前世とはどこか違う作業の様子を毎日見に行っていると、どんどん形作られていく光景がとても格好良かった。ただ、かまぼこみたいな形をした窯が壁からドーンと突き出ているのはいささか不格好――いや、趣があるね。端の方に設置したくても、壁の向こう側は水路になっているから諦めるしかなかったのだ。


「おぉ、今のすごいですね~」

「そうか? もう一回やるからこっちで見ていいぞ」


 こうして私のことはあまり気にされず、時には間近で見せてくれることもあった。依頼者が作業現場に訪れるのは珍しいことではないので、次の仕事に繋がるかもしれないと思えば無下にもできなかったのでしょう。

 そして、手際よく窯が組み上げられていき、予定期日までに完成をみせた。


「これで仕上がったが、窯全体が乾ききるまで使わないでくれ」

「はい、ありがとうございます。お疲れ様でした」


 使用環境に馴染ませるため――とかいう理由で、火属性や風属性の魔術による強引な乾燥は行われず、自然に時が来るまで控えてくれとのことだった。無理にやればひび割れが走り、場合によっては崩れると注意されたので、私のヘンテコ魔術で加速させるのもやめておいたよ。

 きっと平気だとは思うのだけれど、もしも壊れたら……ね? 無償修理なんて保証もないし。


「あ~あ、終わっちまった」

「もうあの飯食えないのか」

「寝床は最悪だったがな」


 私が親方さんからいくつかの注意事項を聞いていると、近くで撤収作業に取り掛かっている職人さん達が口々に不満を漏らしていた。

 ほとんどがブルックの町にある食堂や露店で仕入れたものだったけれど、口に合ったようで何よりだ。外国の食べ物って受け付けない人もいるから心配だったよ。


 最悪と言う寝床については弁解のしようもない。家具も何もない空間なのだから。

 職人さん達には廃墟みたいな町だと伝えてあったから、自前の野営道具一式を持ってきていたけれど、孤児たち用にまとめ買いして余っていた毛布を念のために置いておいただけだよ。


「おい、聞こえてるぞ……ったく、すまんな。ここが開店したら教えてくれ。食いにくるわ」

「是非いらしてください。その時はサービスしますよ」


 社交辞令だとわかっていても、嬉しい言葉に変わりはないね。

 うまくいけば領都にも支店を出したいし、本当に食べてくれる日がくるといいなぁ。


 帰り支度を調えた職人さん達には、近いうちに橋の工事や水路の拡張も考えている話をしながら町の出入り口まで送り、労りの意味でクッキーの小袋を人数分贈った。疲れた身体には甘くて味の濃いものが嬉しいと思ったので、お砂糖と卵を増量したものだよ。

 それをすぐに食べた人がいるようで、歩き去る後ろ姿から『うんめぇ!』という雄叫びが聞こえてきて笑っちゃった。




 工事を終えた翌日からは、勉学に勤しむ三人の隣でお店の内装についてあれこれ考えていた。

 突き出ている窯が邪魔になって店内で食べるのは難しそうで、二階や三階に席を設けるか、角地であることを利用して青空カフェのようにするかで楽しく悩んでいる。


 そんなある日、また足の速さが売りな孤児が『誰かきた!』と言いに来た。

 以前の誰かさんみたいに騒いではいないそうだけれど、どうやら団体さんが現れたらしい。


「ヴァレリアを連れ戻しにきたのかな?」

「どこにも行きません。わたくしの生涯はお姉さまと共に!」

「でも家出してきたんでしょ。サラから帰るように言われたら?」

「それは……」

「実際、初日はサっちゃんに言われて帰ってたよね」

「あれはお姉さまのご冗談でしたから数に入りません」


 まだヴァレリアの件とは決まっていないし、来客を放置するわけにもいかないでしょう。

 そこで、四人とエクレアで町の出入り口まで向かってみたら、人が乗り込む馬車が二台と、中身が見えない荷馬車も二台いて、それらが水路に架かる丸太橋の前で立ち往生していた。

 片方の馬車は扉が開けられており、そこから外に出た使用人の恰好をした成人女性が、もう一台に乗る誰かと何やら相談中らしい。


 今は孤児たちが通れるように丸太を並べてあるだけだから馬車は無理だろうね。

 何かの弾みでズレないように縄で結んでみたものの、いくらなんでも馬車は難しい。


 勝手に乗り込んで海へ落ち、老害もビックリなクレームを付けられる前に私たちが近付いていく。すると、あちらもその足音に気付いたようで相談が打ち切られ、馬車に乗る誰かと話していた使用人が一人で丸太橋の前に立った。


「この町に何かご用ですか?」

「あなたがサラさまで相違ありませんか」

「ええ、そうですが……」


 そこでまた馬車に戻り、中の人と話している。……ちょっと態度悪くね?

 私の名前を知っていてここに来たのであれば、領都の大店関係者か、領主に縁のある誰かだろうけれど、どちらからも連絡なんて受けていない。これは、やはりヴァレリアを連れ戻しにきたのでは……と思っていたら、馬車の中から使用人たちが次々に降りてきて、最後には今風の流行りを取り入れた恰好の娘が姿を見せた。

 綺麗な容姿をしていても個性はない感じだ。いわゆる量産型だね。


「お初にお目に掛かります。わたくしはベアトリス・リヴァースと申します」

「……商人見習いのサラです」


 また貴族の娘だよ。当主ではないから跪く必要はないけれど、対応次第では面倒ごとに……。

 以前のヴァレリアは単独での押しかけだったから軽くあしらえたのに、今回はお供までいる。

 そのお供にしても女性の使用人ばかりなので、騎士見習いだと言っていたヴァレリアを強制連行するには数が不足しているのではないかな。

 魔術が存在するこの世界では見た目だけで判断しづらくとも、やはり筋肉マッチョなほうが身体強化での向上率も高いのよね。

 ここは下手に口を開かず、話を聞く姿勢に徹しておこう。


「王城より手伝いにまいりました。今後はサラさま付きの側役となります」

「ああ、サリンジャー閣下がおっしゃっていた方ですか。ようこそいらっしゃいました」


 押しかけ令嬢の理由付けではなく、こちらが本物の手伝いとして派遣された人なのか。

 そうだとしても、またもや貴族の令嬢なのだけれど、大臣は私に何か恨みでもあるのかしら。


 ただの平民から指示をされるだなんて、私では想像も付かないような高貴な暮らしを経験されていた方々が受け入れられるとは思えない。もしも唯々諾々と従うのなら、ヴァレリアのように変な人という可能性があるので、それはそれでまた困った事態に陥るわけでして。

 お貴族様の力を利用したいとは思っていても、実際の手伝いは普通の人がよかったなぁ。


 大臣の厚意についケチを付けてしまって黙り込んだ私には目もくれず、馬車が通れるところを探しているのか周囲を見回していた。

 その最中に、ベアトリスさんが私の後方を見て首を傾げている。


「あら? もしや、ヴァレリアさまでは? 修道院に入られたと耳にしておりましたが……」

「ん? ああ、たしか……リヴァース男爵家の長女か次女」

「ヴァレリアは知り合いなの?」


 二人の話を聞くと、家の派閥や歳も違うから親しくはないけれど、面識程度はあるらしい。ここでヴァレリアが偉そうなのは、家の格が上だという理由からなのでしょう。

 伯爵家と男爵家では圧倒的な開きがあるものね。体育会系もびっくりなくらいの縦社会だ。

 その容姿だけで判断すれば、ベアトリスさんよりも年下にしか見えないヴァレリアのほうが偉そうにしているもの。自分の父親を偉そうだからと嫌っていた割りには、ヴァレリアも他人のことを言えない気がする。


「リヴァース家の娘もお姉さまのお手伝いを?」

「ええ。家の意向でして……失礼ですが、お姉さまとは?」


 低級の爵位を授けられるくらいなら平民のほうが気楽なのでは――とひとり怯えていたら、話の矛先が私に向けられていた。


 ついでに修道院のこともつついてみると、私の元に行こうとしたら家族から全力で止められ、言うことを聞かないから修道院へ入れられるところを逃げ出したのだとか。

 私を盲信するようなヴァレリアが修道院って似合っているような、場違いなような……。

 というか、嘘ついてたな、この人。貴族にとって不名誉なことだとか知らないよ。

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