#121:お手伝いさん
立ち話も何なので、荷馬車はスタッシュ経由で丸太橋を越えて私の素敵なお店へと移動する。
人が乗っていたほうは手荷物程度しか積んでいなかったらしく、こちらはその場で待機だ。
水路だらけなこの町と馬車の相性は最悪だから、外に厩舎でも建てておかないといけないね。
伝手がなくてゴンドラの用意もまだ先だし、やることは本当に山積みだよ。
そんな予定を脳内メモに刻みながら歩いていると、ヴァレリアがベアトリスさん相手に私のことを嬉々として教えていた。なんだかんだで知り合いもいないこんな廃墟に押しかけたものだから心細かったのだろう。
ただ、教える内容が偏りすぎていて、聞いているだけで頭が痛くなってくるよ。
「女神の化身……ですか」
「そう。立派なお顔立ちも女神像と似てらっしゃるでしょう?」
「言われてみれば似ているような、そうでもないような……」
「どこに目を付けているのですか? しっかり見なさい!」
神の像なんてものは誰にでも受け入れられるような造形だよ。皆から好かれたいなら平均的な容姿にするべきだ。それだけで人間は親しみやすさを覚え、美しいとすら感じ取ってしまう。
だからこそ、確たる物のない宗教はそこを利用しているわけだね。……私はポンコツ女神像を見たことがないけれど。
少し前まで暮らしていたブルックの町にもポンコツ教団の教会堂だか礼拝堂があったものの、私は近付いたことすら一度もない。怪我や病気の治療に冠婚葬祭、あとは恵まれない者への施しと時報の鐘を鳴らすことくらいしか仕事内容も知らないほどだ。
私のヘンテコ魔術があれば怪我も病気も立ち所に治ってしまうし、冒険者として鍛えられていたおかげなのかお母さんは不調知らずで、もう一人いた誰かさんも毎日無駄に元気だった。現在休業中のお店ではよく効く傷薬も取り扱っていたので、世話になる理由がなかったのだ。
それに、ポンコツ信者になるつもりもないから洗礼を受けていない。
魔術は女神が司るとかいう胡散臭い話に肖って、魔術を極めたい人が高いお金を払ってまで水浴びするそうだ。ところが、その水とは教団で最も偉い教皇猊下や、皆が認める聖女様などが唱えたごく普通の水属性魔術だと聞いている。しかも、聖水と呼ばれるそれを浴びたからといって即座に強くなるわけでもなく、それどころか何の変化も訪れない。苦情を入れても信仰心が足りないから祈れとか言われるだけで、寄付の催促までしてくるのだとか。
そういえば、幼少の頃に洗礼を受けたことのあるシャノンは『お婆ちゃんの匂いがした』と言っていた。宗教団体といえどもお金が必要なのは当然だけれど、大金を貰って老婆の聖水をぶっ掛けるだけだなんて、さすがの私にも真似できそうにないや。
というわけで、ポンコツ女神を崇めるぼったくり教団の関係者とは思われたくないね。
「申し訳ございませんが、女神云々のお話は聞き流していただけますと幸いに存じます」
「……わたくしはサラさまの側役にございます」
一時的にとはいえ、自分の主になった者が畏まるな、謙るなと叱られた。
上に立つ者の腰が低ければ、周りからは自分も下に見られるとかそんな理由なのでしょう。しかし、今のところはヴァレリアみたいに変な雰囲気を感じさせなくて、貴族のご令嬢に向かってタメ口を利くのは気が引けてしまう。
「そのとおり。お姉さまは誰にも頭を下げる必要などございません!」
「……ないない」
無闇に謝るつもりはないけれど、それができなければ稼げないし儲からないぞ。ただ食べて寝るだけの生活だけならどうにかなっても、謝るべきところで何もせずふんぞり返っていたら単純に嫌われるよ。伝手、コネ、繋がり、縁など、これらすべてが一瞬にして崩壊する危険性を秘めている。商売なら嫌った相手とも取引はしても、そんな人にうまい話なんて絶対に教えないし、関係そのものが長続きしないでしょう。
そうやって他のことを考えている間も、背後ではヴァレリアによる私の持ち上げ話が続けられている。聞きたくなくても耳に入ってくるのでげんなりした気持ちで歩いていたら、両隣にいるエミリーとシャノンが苦笑を堪えた顔を向けてきた。
「なんかさ、ヴァレリアが元気になったわね」
「あ、もう聞き取れるようになったんだ」
「まだ全部は無理だけど、あの笑顔見てたら楽しそうってのはわかるよ」
感情というものは、聳え立つ言語の壁なんて容易く越えてしまうものだ。話している相手が何を言っているのかわからなくても、喜んでいるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、それとも楽しんでいるのかが伝わるよね。
ただし、悪い人は内に秘める何かを隠して近付いてくるので肝心な時ほど役に立たない。
例えば、大商会に勤める商人なんてポーカーフェイスがとてもお上手だ。これは私も勉強しているのだけれど、その時の感情とまったく違った表情を出すことは非常に難しく、なかなか身につかなくて困っている。
どうしようもない場合は、色褪せた世界の中で感情を吐き出してから戻っているから何とかなっているものの、商談など咄嗟の状況下ではそれが通用しないのよね。本当に一瞬だけ見せた表情の動きで勝敗が決まるようなものだもの。
田舎領都にある大店の店主なんて、もしも私が王城勤めなお貴族様の陰をチラつかせていなかったら間違いなく食い物にしてきたでしょう。今後はそんな彼らと渡り合っていくのだし、感情の抑制は必須技能だよ。こんな短期間でもそれなりに聞き取れるほどの力量を見せてくれる二人を見習わないと。
「それでも、ある程度は意味がわかってるなら十分だよ」
「言葉自体は似てるからコツさえ掴めば楽勝ね。全然違うやつだけ覚えたらいいし」
「わたしはむしろ逆かな。細かい違いに気を取られちゃう」
私みたいなズルをせず、自分なりの勉強法を編み出したようで期待が持てる。この調子でどんどん覚えてくれるなら、迷宮探索の個人依頼を出せそうで楽しみだ。
魔物が多くてあまり開発の手が入っていないエマ王国なら、迷宮の一つや二つくらいあっさりと見つかりそうな気がするものね。自動的に在庫を補充してくれる素材の倉庫みたいなものだから、それさえあれば資金繰りに悩まされなくても済む。何とか手に入れたいものだよ。
歴代でも上位の強さを誇る自分の父親が倒された件などを取り上げて、いかに私の力が優れているのかを背後から聞かされながらも、現在の自宅兼店舗に到着した。
「今はここに住んでますが、えっと、ベアトリス……はどうする?」
「もちろん、こちらでお世話になります」
「それじゃあ、好きな部屋使ってね。一階はお店で二階は倉庫にするから三階で」
「主と同じ階層でよろしいのでしょうか」
「地下は後回しにしたせいで掃除はまだだし、気になるなら他の家でも――」
「では、階段に近い部屋を使わせていただきます。……貴方たち荷物を運びなさい」
振り返って口にしたベアトリスの言葉を聞き、最も後方に控えていた使用人たちが声を揃えて返事を寄越し、荷馬車の積み荷を押さえ付けていた紐を解き始めた。
そして、新品に見える綺麗な木箱を一つずつ運び出しているので、スタッシュを持つ私も手を貸したほうがよいでしょう。
「これ全部は大変そうだから手伝うよ」
「サラさまのお手を煩わせるわけにはまいりません。わたくしはその為の側役でございます」
この程度ならスタッシュですぐなのに、ヴァレリアも口を挟まないから手出し無用なのかな。
貴族のご令嬢が連れてきた使用人の仕事を奪うことにもなるし、余計なお世話だったかも。
その後は、使用人が寝起きするために地下の使用許可を求められたので承諾した。まだ掃除を終えていないから躊躇いはあったものの、建物全体の清掃や炊事に洗濯などの家事全般はすべて彼女たちが請け負ってくれると言う。
であれば、この人たち全員を雇わないといけないの……?
「お姉さま、何を考え込んでいるのですか?」
「ベアトリスも入れて四人増えたから、いくらかかるんだろうと思って……」
「わたくし共でしょうか? ご心配には及びません」
「……どういうこと?」
家の事情で出向してきたことから給料なんかは出さなくていいそうだ。
自分たちが所属する派閥には大臣などの偉い人もいるとかで、何かあれば相談するようにとも言われているらしい。
貴族は自分の都合しか考えないと思っていたけれど、この国は意外といい人が多いのかも。
その割りには、水害があったのに復興の気配は皆無だと村の人たちから聞いている。
人口を考えたら人手不足だったのかな。それでも、お金があるなら人を雇えばいいはずだし謎だよね。何にしろ、今はタダでメイドが手に入ってラッキーだと思っておこう。
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